読みもの
2019.11.30
音楽ファンのためのミュージカル教室 第6回

ミュージカル『キャッツ』とアンドルー・ロイド・ウェッバーの多彩な音楽

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第6回は、劇団四季がロングラン上演中のミュージカル『キャッツ』。都会の片隅のゴミ捨て場に暮らすネコたちのキャラクターは、アンドルー・ロイド・ウェッバーの音楽でどのように描かれているのでしょうか。

ナビゲーター
山田治生
ナビゲーター
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

舞台写真:山之上雅信

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ネコたちを描いた詩集を原作に

登場“人物”が全員ネコで、ドラマティックなストーリーもないミュージカルの企画がよく通ったものだと、今でも思う。

自らの創作に対する若きクリエイターたちの確信がなければ、ミュージカル『キャッツ』は生み出されなかったに違いない。作曲のアンドルー・ロイド・ウェッバーは30代前半、演出のトレヴァー・ナンは40歳を超えたばかり、プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュは30代半ばだった。

ロイド・ウェッバーがテキストとして用いたのは、文豪T.S.エリオット(1888~1965)の詩集『ポッサムおじさんの猫とつき合う法』(1939)である。

詩集『キャッツ ─ポッサムおじさんの猫とつき合う法』(T.S.エリオット 著/池田 雅之 翻訳/1995)。原題は『Old Possum's Book of Practical Cats』。あまのじゃく猫におちゃめ猫、猫の魔術師に猫の犯罪王……色とりどりの猫たちがくり広げる、奇想天外な猫詩集。ノーベル賞を受けた詩人エリオットが、1939年、51歳のときに出版。ニコラス・ベントリーのカラー挿絵14枚入り。

1981年にロンドンで初演され、翌年にはブロードウェイでも開幕し、大ヒットした。ブロードウェイの権威あるトニー賞を7部門で受賞。随分前に亡くなっていたT.S.エリオットがミュージカル脚本賞を受賞したのは、ブロードウェイ流のユーモアであったといえるかもしれない。

全国各地で展開する劇団四季の『キャッツ』

そんな『キャッツ』を、劇団四季はいち早く日本に紹介し、1983年、東京・西新宿にテント式仮設劇場「キャッツ・シアター」を建て、ロングランを始める。

以降、36年の間に東京だけでなく、大阪、名古屋、福岡、札幌、横浜など、全国展開。昨年8月、6年ぶりとなる首都圏公演を東京・大井町のキャッツ・シアターで始め、今年3月には通算公演回数1万回を達成し、4月には通算入場者数1千万人を突破した。

この11月に、『キャッツ』を観た。個人的には20数年ぶりの劇団四季の『キャッツ』である。平日の午後公演でほぼ満席であったが、思っていたよりも、観客の年齢層が高かった。昔、『キャッツ』を観て、懐かしくてまた観に来たというような人(あるいはリピーター)が多いように感じた。若い大人が少なく、子どもたちがほとんどいなかったのは、平日午後ゆえであろうか。

東京・大井町のキャッツ・シアター。

都会の片隅のゴミ捨て場に暮らす24匹のネコの物語。年に1度開催されるジェリクル舞踏会にネコたちが集まり、もっとも純粋なジェリクルキャットが選ばれる。※ジェリクルとは、エリオットの造語。劇団四季のWebサイトには「人間に飼い馴らされることを拒否して、逆境に負けずしたたかに生き抜き、自らの人生を謳歌する強靭な思想と無限の個性、行動力を持つ猫」がジェリクルキャッツとある

大枠はそういうストーリーだが、作品のほとんどは、そこに暮らす個性的なネコたちの紹介にあてられる。おばさんネコ、つっぱりネコ、娼婦ネコ、泥棒ネコ、長老ネコ、けんかネコ、役者ネコ、悪ネコ、マジックネコ、などなど。

ロイド・ウェッバーの音楽は、ネコのキャラクターに合わせて、起伏と多彩な変化が付けられて、飽きさせない。1980年代のロック・サウンドは懐かしく、「メモリー」はプッチーニのアリアのように美しい。役者ネコ・ガスのしみじみとした歌は心に沁み、鉄道ネコ・スキンブルシャンクスの歌には客席から手拍子が起こる。

役者ネコ・ガス、鉄道ネコ・スキンブルシャンクスの歌

鉄道ネコ・スキンブルシャンクス。撮影:山之上雅信

ネコたちのダンスも素晴らしい(オリジナルの振付はジリアン・リン、日本版振付は加藤敬二と山田卓)。シャムネコ・タントミールが艶めかしくネコの動きを表現。マジックネコ・ミストフェリーズの片足連続回転は最大の見どころの一つ。現在の劇団四季はバレエ団出身者も多く、ダンスの水準が非常に高い。

異色の存在感を示すのは、娼婦ネコ・グリザベラだ。

エリオットはグリザベラの詩を8行だけ書いたものの、子どもには不適切だと判断して、詩集には入れなかった。ロイド・ウェッバーとナンはこの娼婦ネコに着目し、それをストーリーの中心に据えた。年老いて、周りから蔑まれる娼婦は、過去の美しい思い出に生きるしかない(第1幕の「メモリー」)。

第1幕の「メモリー」(歌:エレイン・ペイジ/1981年ロンドンでのオリジナル公演時の録音)

しかし、夜明け前、グリザベラは明日への希望と生への執着を歌い上げる(第2幕の「メモリー」)。

第2幕の「メモリー」(歌:エレイン・ペイジ)

名曲「メモリー」を歌う、娼婦ネコ・グリザベラ。撮影:下坂敦俊
長老ネコ・オールドデュトロミーとのシーンは見どころのひとつ。撮影:荒井健

そのとき、それまで蔑んでいた周りのネコたちも、彼女の歌に共感し、グリザベラに寄りそう。ここに、歌への共感が生み出す音楽の力を感じずにはいられない。

登場“人物”が全員ネコで、ドラマティックなストーリーもないこのミュージカルが大ヒットしたのは、まさに音楽とダンスの力。その意味で、『キャッツ』は、ミュージカルのなかのミュージカルというべき作品であろう。

この冬には、トム・フーパー監督による映画版『キャッツ』も公開される(日本では1月24日公開予定)。ロイド・ウェッバーは映画版のために新たな曲を書き加えたという。映画版では舞台とはまた違った作品の魅力が発見できるに違いない

多彩なアンドルー・ロイド・ウェッバーの音楽

『キャッツ』の作曲者、アンドルー・ロイド・ウェッバーは、現代を代表するミュージカル作曲家。1948年、ロンドンに生まれた。父親は作曲家のウィリアム・ロイド・ウェッバー、弟はチェリストのジュリアン・ロイド・ウェッバーという音楽一家。幼い頃から作曲を始め、1965年にロンドン王立音楽大学に入学。

1971年、作詞家ティム・ライスと組んだ『ジーザス・クライスト・スーパースター』でブレイク。その後、『エビータ』(1978)、『キャッツ』(1981)、『スターライト・エクスプレス』(1984)、『オペラ座の怪人』(1986)、『アスペクツ・オブ・ラヴ』(1989)、『サンセット大通り』(1993)などのヒット作を次々と発表。1992年にナイトに叙任され、1997年には男爵となった。

その後も、『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド(汚れなき瞳)』(1996)、『ウーマン・イン・ホワイト』(2004)、『オペラ座の怪人』の続編である『ラヴ・ネヴァー・ダイズ』(2010)、『スクール・オブ・ロック』(2015)などの新作を手掛けている。

ロイド・ウェッバーの音楽の魅力は、まず、その旋律の美しさにある。

前述した『キャッツ』の「メモリー」や『エビータ』の「共にいてアルゼンチーナ」の抒情性は、プッチーニのアリアに匹敵するといえるだろう。『オペラ座の怪人』でのクリスティーヌとラウルの愛の二重唱「オール・アイ・アスク・オブ・ユー」や『サンセット大通り』での主人公・大女優ノーマが歌う「ウィズ・ワン・ルック」はとてもオペラティックである。

『エビータ』より「共にいてアルゼンチーナ」

『オペラ座の怪人』より「オール・アイ・アスク・オブ・ユー」

『サンセット大通り』より「ウィズ・ワン・ルック」

そして、ロイド・ウェッバーの音楽は非常に多様である。『ジーザス・クライスト・スーパースター』はロック・ミュージカルの先駆けとなった。『キャッツ』にもロック・スターのようなラム・タム・タガーが登場する。

また、ミュージカルに変拍子や不協和音も積極的に採り入れる。『ジーザス・クライスト・スーパースター』の「ジーザスの神殿」は7拍子(「7」は1週間を象徴する)で書かれ、『オペラ座の怪人』でファントムが作った劇中オペラ《ドン・ファンの勝利》には、現代音楽風の無調性の旋律が現れる。

『ジーザス・クライスト・スーパースター』より「ジーザスの神殿」

『オペラ座の怪人』の劇中オペラ《ドン・ファンの勝利》より

2020年は、日本でも、『キャッツ』のほか、『オペラ座の怪人』、『サンセット大通り』、『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』、『スクール・オブ・ロック』などが上演される。ロイド・ウェッバーの多彩な世界を体験するチャンスが広がっている。

ナビゲーター
山田治生
ナビゲーター
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

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