~衰えさえ自分の芸術的な糧として変容~

プレスラー追っかけ記 No.14<推薦盤:その1>

読みもの
2018.09.03

94歳の伝説的ピアニスト、メナヘム・プレスラー。これは、音楽界の至宝と讃えられる彼の2017年の来日を誰よりも待ちわび、その際の公演に合わせて書籍を訳した瀧川淳さんによる、プレスラー追っかけ記です。
この秋、再び来日をするプレスラーを待ちわびて、CDを聴きながら溢れる想いをしたためた瀧川さんからのオススメ盤を紹介します。

瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
瀧川淳
瀧川淳 翻訳者・熊本大学準教授・音楽教育学者
『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』(ウィリアム・ブラウン著)訳者。 音楽教育学者。音楽授業やレッスンで教師が見せるワザの解明を研究のテーマにしている。東京芸術...

前回(5月下旬投稿:No.13)、新録音『月の光~ドビュッシー、ラヴェル、フォーレ:作品集』をご紹介して以来。随分と久しぶりの更新になってしまいました。

まずは、7月に、数十年に一度という豪雨により被害に遭われた方には、謹んでお見舞いを申し上げます。衣食住の確保、身体の健康、そしてその次に心のケアが必要かと思われます。私自身、音楽教育に従事する者として音楽の果たす役割は大変大きいと痛感しています。プレスラーさんが紡ぎだす慈悲深い神の啓示のような音楽は、きっと皆様の心を癒してくれると信じています。

そこで、今回まず最初にご紹介するのは、モーツァルト作品集です。

90歳でベルリン・フィルにソリストとしてデビューを果たしたことは世界中を驚かせ、これまで知る人ぞ知る存在だったプレスラーさんを世に知らしめましたが、私にとってそれと同じくらいに驚嘆したのが、この時期La Dolce Voltaから発表されたモーツァルト・ソナタ全集プロジェクトです――まさか90歳にしてモーツァルトのピアノ・ソナタ全集に挑むとは!

「ここは魔法です。音で絵を描きなさい」
(『メナヘム・プレスラーのピアノ・レッスン』p.93)
ピアノ・ソナタK.576(左端のCD収録曲)第2楽章17小節目について、プレスラーはレッスンでこう語っている。

現在までに以下の2枚が発表されています。

 

2枚目に収録されたK.475とK.457は昨年の日本公演でも演奏された曲ですが、1枚目のほうが馴染みある曲が聴かれるのではないでしょうか。

比較的遅めのテンポであることが2枚に共通する点です。しかし間延びしているわけではなく、息の長いフレーズが緊張と弛緩を絶妙のバランスによって演奏されますが、これは音を弦楽器のカンタービレのようにつなぐプレスラーの技術ならでは。そして反復されるフレーズやモティーフは一つとして同じ色がなく、それぞれが個性豊かに雄弁に語るのはピアノ・トリオで長年弦楽器と共演してきたプレスラーの感性がなせるワザでしょう。

僕はプレスラーを進化し続けるピアニストだと思っているのですが、1枚目から2枚目を聴き比べると、身体的な衰えを感じさせる一方、その衰えさえ自分の芸術的な糧として変容させる芸術性と深みを聴くことができます。

(つづく)

メナヘム・プレスラー Menahem Pressler

1923年、ドイツ生まれ。ナチスから逃れて家族とともに移住したパレスチナで音楽教育を受け、1946年、ドビュッシー国際コンクールで優勝して本格的なキャリアをスタートさせる。1955年、ダニエル・ギレ(vn.)、バーナード・グリーンハウス(vc.)とともにボザール・トリオを結成。世界中で名声を博しながら半世紀以上にわたって活動を続け2008年、ピリオドを打つ。その後ソリストとして本格的に活動を始め、2014年には90歳でベルリン・フィルとの初共演を果たし、同年末にはジルベスターコンサートにも出演。ドイツ、フランス国家からは、民間人に与えられる最高位の勲章も授与されている。また教育にも熱心で、これまで数百人もの後進を輩出してきた。世界各国でマスタークラスを展開し、またインディアナ大学ジェイコブズ音楽院では1955年から教えており、現在は卓越教授(ディスティングイッシュト・プロフェッサー)の地位を与えられている。

10月13日(土)

メナヘム・プレスラー シューマン・リサイタル with マティアス・ゲルネ

2018年10月13日(土) 19:00 開演 

サントリーホール 大ホール

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