ソルディーノ:弱音器の奥深い世界を弦・金管・鍵盤楽器別に見てみよう!
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
今回ご紹介する言葉は、ソルディーノ。この言葉を、聞いたことのある方もいらっしゃれば、まだ知らない方もいらっしゃるかと思います。
先にざっくりとご説明すると、ソルディーノ(sordino)とはイタリア語で、楽器に取り付ける弱音器のことを指します。
さらにさかのぼると、ソルディーノは、同じくイタリア語のソルド(sordo)という形容詞が名詞化したもので、この形容詞は音が響かない、内にこもったという意味を持ちます。
イタリア語では女性名詞のソルディーナ(sordina)が「弱音器」という意味をもつ本来の形ですが、現在では男性名詞でも女性名詞でも、どちらでも良いそうです(この記事ではソルディーノと統一いたします)。
さぁ、意外と奥の深い「ソルディーノ」の世界を、のぞいてみましょう!
わざわざ弱音器をつけて演奏する意味とは?
そもそも、弱音器をつけて演奏する意味って、なんでしょう……? 弱音器は、弦楽器、金管楽器、鍵盤楽器それぞれにおいて用いられます。ですが、それぞれで少しずつ役割が違うこともあるので、その違いも含めてご説明いたします。
弦楽器のソルディーノ
弦楽器におけるソルディーノは、駒(ブリッジ)と呼ばれる部分に取り付けられます。
駒は、弦で作られる音の振動を表板に伝えるための、重要な役割を担っていますが、ソルディーノを使うことによって、この駒の振動を抑え、音の響きを少なくします。
その結果、音は出るのですが、くぐもったような音が出ます。すなわち、音量だけではなく、音色自体も変わるのです!
弱音器をつけて演奏する箇所は、ほとんどの場合は作曲家によって指定されます。その場合、イタリア語で「コン・ソルディーノ(con sordino)」、その後に外す箇所では「センツァ・ソルディーノ(senza sordino)」と書かれます。
最初に弱音器をつけて演奏することを指定した、初めての作曲家は、ジャン=バティスト・リュリ(1632〜1687)だと言われています。
弦楽器のソルディーノは、室内楽作品やオーケストラ作品においても頻繁に使われ、大勢が弱音器をつけて演奏したときの音色は、甘い優しさに包まれることもあれば、うわずった声で囁かれるようなゾクゾクする気持ち悪さを覚えることもあります。こうして、弱音器をつけることで、グッと音色の幅を広げているのです。
弦楽器のソルディーノを聴いてみよう
1. リュリ:歌劇《アルミード》第2幕より「Puis j’observe ces lieux」
2. ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 作品101〜第2楽章
3.グリーグ:《ペール・ギュント》第1組曲 作品46〜第2曲「オーセの死」
4. バルトーク:《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》〜第1楽章
金管楽器のソルディーノ(ミュート)
金管楽器においても、弱音器は重要な役割を果たし、特にトランペット、トロンボーン、そしてチューバなどで用いられています。こちらも弦楽器と同様、音を抑えることも目的の一つでありながら、音色も大きく変わります。
金管楽器における弱音器は、弦楽器よりも早く用いられていたようで、トランペットに関しては16世紀初期まで遡ります。この時代では、葬儀で音楽を演奏する際に、柔らかい音色を出すために使われていました。
その後も、現在に至るまで弱音器は欠かせない存在となってきましたが、その中で、ストレートミュートやカップミュートなど、さまざまな種類の弱音器が誕生しました。
すべては紹介できませんが、この弱音器はなかなか面白いです。その名も、「ワウワウ・ミュート」!
金管楽器のベルの部分に取り付ける弱音器なのですが、真ん中に穴が空いており、そこを手で塞いだり開けたりすることで、「ワウワウ」と言っているように聴こえるので、この名が付きました!
ワウワウ・ミュートを聴いてみよう
1. ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー
2. デューク・エリントン:East St. Louis Toodle-Oo
3. デューク・エリントン:Creole Love Call
4. ハルゼー・スティーヴンス:トランペット・ソナタ〜第3楽章
鍵盤楽器のソルディーノ
チェンバロのソルディーノを聴いてみよう
1. バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826〜第5曲 ロンドー
2. バッハ:パルティータ第5番 ト長調 BWV829〜第5曲 テンポ・ディ・ミヌエット
最後に、ピアノにおけるソルディーノです。
現代のピアノでは、ソフトペダルと言われる、一番左にあるペダルがソルディーノ(弱音器)の役割を果たしています。こちらも音量が若干小さくなるのに加え、音色も柔らかくなります。
しかし、ピアノにおけるソルディーノには、少し厄介な点があります。
まず、ピアノの鍵盤を押すと、ハンマーが弦を叩きますよね。その鍵盤を離すと音が鳴り止みますが、これは、鍵盤を離すと同時に、ダンパー(フェルト素材)が弦をパッと押さえ、弦の振動を止めるからです。
そして、この弦の振動を止めるダンパーも、なんとイタリア語で「ソルディーノ」と呼ばれます。すなわち、左側のペダルも、弦の振動を止めるフェルトもソルディーノというのです!
このことが原因で、とてもややこしい小話があります。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番《月光》の第1楽章の冒頭、上の段には「Si deve Suonare tutto questo pezzo delicatissimamente e Senza Sordino(曲全体を通してできる限り繊細に、そしてソルディーノなしで)」、下の段には「Semper pianissimo e Senza Sordino(常にピアニッシモ、そしてソルディーノなしで)」との指示が書かれています。
ここで指しているソルディーノ、そのまま捉えるのであれば、弱音器、すなわちソフトペダル(左ペダル)ですが、実は違うのです!
そう、ピアノにおけるもう一つのソルディーノ、すなわちダンパーを指しています。というのも、まだこの頃のピアノには、弱音器がついていないものも多く、ピアノにおけるソルディーノは、一般的にダンパーを指していたようです。
なので、この《月光》の指示を正しく捉えるとすると、ダンパーペダル(右側にあるペダルで、ダンパーをあげっぱなしにする役割を持つ)を曲中ずっと踏み続けることで、弦をすべて響かせ、おぼろげで幻想的な世界を描くことを狙ったことがわかります!
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番《月光》第1楽章、ダンパーペダルを踏み続けている演奏
「弱音器」と聞くと、なんだか、音を小さくする役割だと思い込んでしまいますが、それだけではなく、もっとも大きな狙いは、グッと音色を変えることにあるのです。
音色や表現方法に広い幅を与えたソルディーノの役割と歴史は、このようになかなか深いのです……!
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