読みもの
2022.09.06
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その81

マーチ:17世紀にオスマン帝国がヨーロッパに攻めた際にトルコ行進曲が注目を集めて発展!

楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第81回は「マーチ」。

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。パリ地方音楽院、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽科、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。2018年度ヤマハ音楽奨学支援制...

トルコの軍楽隊メフテルが、演奏しながら行進する様子(1720年頃)

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日本語では、行進曲という訳で親しまれているマーチ。規則正しいテンポとリズムが特徴的ですね!

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マーチは、その日本語訳「行進曲」の通り、行進するための音楽です。すなわち、たくさんの人たちが歩みを揃えて歩くための音楽というわけですが、主にこの曲が使われるのは、兵隊の行進です。

この言葉の語源には大きく分けて2つの説あります。

  1. 中英語(11世紀から16世紀まで話されていた英語)で「国境」を意味するmarchが語源である、という説。やはり、当時の軍や兵隊は国境を超えて敵国へ侵入し、占領を企むものです。このことから、当時の「国境」を意味する言葉がそのままつけられたという説があります。

  2. ラテン語で「足を踏み鳴らす」を意味するmarcareが語源である、という説。こちらも、音楽に合わせて歩調を合わせ、歩くことからこの説であると言われています。この言葉は、マルカートの語源にもなっています。

このように、音楽に合わせて足を踏み鳴らし、国境を越えていくというのは、その国の強大さを象徴するものでもあります。しかし、面白いことに、17~18世紀のヨーロッパでは、マーチを巡って面白い文化交流がありました。

17世紀、オスマン帝国(現在のトルコ)が、ヨーロッパへ攻め込みます。そしてヨーロッパの中でも東に位置するウィーンは、オスマン軍に取り囲まれてしまいます。結局、オスマン軍は負けてヨーロッパを去るのですが、ヨーロッパの人々は、「さまざまなところに領土を広げている、あの強大な国家はどんな文化を持っているんだろう」と、逆にオスマン帝国に興味を持ちはじめます。

そこで18世紀の作曲家が作曲したのが、トルコ風行進曲です! オーケストラのトルコ風行進曲では、それまでオーケストラにはあまり用いられていなかった楽器も使われました。オスマン軍楽隊が用いていた大太鼓やシンバルによって、トルコ風に演出されたのです。ピアノのトルコ風行進曲では、それらの楽器が模倣されています。

モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番 KV331〜第3楽章より
左手の3つの前打音はシンバル、スネアドラムや大太鼓を模倣しており、右手のオクターブは飾り気のないぶっきらぼうなトルコ風行進曲らしいメロディーを演奏します。

トルコ軍楽行進曲「ジェッディン・デデン(先祖も祖父も)」、モーツァルト:ピアノソナタ第11番 イ長調 KV331〜第3楽章「トルコ行進曲」、ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 作品125《合唱付き》〜第4楽章よりトルコ風行進曲

このような背景から、さまざまな国の国歌に行進曲が取り入れられています!

フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」(フランス革命の際の行進曲)、スペイン国歌「国王行進曲」、中華人民共和国国歌「義勇軍行進曲」

しかし、行進曲といっても、ただただ楽しい曲だけではありません。お葬式で、棺を何人かで担いで持って歩く際、葬送行進曲というのが演奏されます。もちろんこれも歩みを揃えるためなのですが、なぜお葬式に行進曲が必要なのでしょうか。

それは、棺を皆で持って歩くことに起因します。歩みがズレて棺を落としてしまったら、それはそれは、もう大変なことです……! なので、葬送行進曲はなくてはならない行進曲なのです。

一番初めの葬送行進曲は、パーセルの「女王メアリーのための葬送音楽」。この曲以降、棺を持って歩く際の音楽として葬送行進曲が書かれるようになりましたが、決して実用的な音楽としてだけではなく、死を象徴する音楽としても書かれるようになりました。

普通の行進曲との違いは、テンポが遅いこと。もちろん頑丈な木でできた重い棺を持って早く歩くことはできませんね……。そして、点のリズムが必ずと言っていいほど使われています。さらには、終盤で低弦にピツィカートを使用することで、棺にふたをした後に、釘を打って別れを告げる様子を表すこともあります。

悲しげで沈痛な音楽も多いですが、ベルリオーズの《葬送と勝利の大交響曲》のように、爆音で死者を讃えるような作品もあります!

ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55《英雄》〜第2楽章
付点のリズムが描かれているのがわかります。コントラバスは、3つの前打音にてスネアドラムを模しています。
マーラー:交響曲第5番 第1楽章終盤(弦部)
楽章の一番最後にヴィオラからコントラバスまでの楽器がスフォルツァートでピツィカートを演奏しますが、これこそ、釘を棺に打ち付けている様子です。

葬送行進曲

1. パーセル:女王メアリーのための葬送音楽
2. ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55《英雄》〜第2楽章
3. ベルリオーズ:《葬送と勝利の大交響曲》作品15〜第1楽章「葬送行進曲」
4. ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 作品35〜第2楽章「葬送行進曲」
5. マーラー:交響曲第5番〜第1楽章(葬送行進曲)

 

このように、行進曲とは軍隊のための音楽から、さまざまな形で生活に結びついた音楽にまで派生したのです。

マーチを聴いてみよう

1. ビーバー:描写的なソナタ〜「マスケット銃士の行進」
2. シューベルト:軍隊行進曲 D. 733〜第1番
3. ヨハン・シュトラウス1世:《ラデツキー行進曲》作品228
4. リンケ:《ベルリンの風》
5. シェーンベルク:ピアノ五重奏のための行進曲《鉄の旅団》
6. 海軍自衛隊儀礼曲《軍艦行進曲》

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。パリ地方音楽院、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽科、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。2018年度ヤマハ音楽奨学支援制...

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