読みもの
2024.07.30
大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その98

ボレロ:スペイン発祥の踊りでラヴェルは工場見学から着想を得た!?

楽譜でよく見かけたり耳にしたりするけど、どんな意味だっけ? そんな楽語を語源や歴史からわかりやすく解説します! 第98回は「ボレロ」。

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

ホセ・カマロン・ボロナト《ボレロ》(1790年)

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「ボレロ」と聞くと、2つのものが頭に浮かぶかもしれません。それは、音楽のボレロと、服のボレロではないでしょうか……?

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この記事では、もちろん音楽のボレロについて解説しますが、実は服のボレロは、音楽のボレロに由来します。というのも、激しめの踊りであるボレロの踊り子が、踊りの邪魔にならないように短めの丈、そして前を閉めない上着を着ていたのですが、それを元に作られた服なので、そのまま踊りの名前がついているのです!

そんな激しい踊りのボレロを解説いたします。

謎多きボレロの歴史

ボレロの語源についてはさまざまな説がありますが、もっとも有力なものが、その踊りの様子から、スペイン語で「飛ぶを意味するvolarが語源であるというものです。ボレロの本来のつづりはboleroですが、voleroと記されることもあったそうです。

リービッヒカード《ボレロを踊る男女のペア》(1889年)

まず、「ボレロ」という名称が初めて登場したのは、1773年だと言われています。

スペインの劇作家ラモン・デ・ラ・クルス(1731〜1794)の喜劇「センスのいい宿屋(La hostería del buen gusto)」の中に、題材として使われています。ほかの有名な踊り、メヌエットアルマンドジーグなどに比べると、歴史がかなり浅いことがわかります!

この喜劇では、ボレロの踊りについての詳細は述べられていないうえに、残念ながら同時代に「ボレロ」と題された音楽作品はほとんど確認されていません。

スペインの歴史家ファン・アントニオ・デ・イーサ・サマコーラ(1756〜1826)によると、ボレロはスペインの舞踊家セバスティアン・ロレンツォ・セレーソ(生没年不明)によって作られたと記されています。

ただ、15世紀以前よりスペインで踊られていた3拍子の踊り、セギディーリャ(Seguidilla)とよく似ていることから、セギディーリャから派生したとも言われています。

とにかくこのように、ボレロの起源については少し謎が多いのです……。

Seguidilla Manchegas

リービッヒカード《セギディーリャを踊るカルメン》(1895年)

セギディーリャとボレロがかなり似ていることからも、この2つが組み合わさった音楽もあり、主にフラメンコで踊られます。これを、セギディーリャス・ボレラス、またはボレラスといいます。

フェルナンド・ソル:セギディーリャス・ボレラス〜Mucha Tierra He Corrido

ボレロの起源について、ある程度わかったところで、どんな踊りでどんな音楽なのかを見ていきましょう!

2拍子? 3拍子? ボレロの特徴

ボレロはあまり速い踊りではなく、複数人で踊られます。そして、伝統的な振り付けの中には、地面を蹴り飛ばしてジャンプし、その間に足を交差させるようなものがあります。おそらく、これがボレロの名前の由来になった、飛ぶ動作なのでしょう。

トゥールーズ・ロートレック《ボレロを踊るマルセル・ランデ》(1895年)

次に音楽の特徴です。ボレロには2拍子と3拍子のものに分かれます。この経緯についてはのちほど説明しますので、まず3拍子のものから解説します!

先ほども書いた通り、3拍子の踊りのセギディーリャとよく似たボレロは、同じく3拍子で演奏されていました。歌詞のない歌によってメロディが歌われる中、終始以下のリズムがカスタネットなどで刻まれます。

ボレロのリズム

これを元に、スペイン情緒に興味を示した作曲家たちがボレロを作曲しました。中でももっとも有名なのが、ラヴェルの作品でしょう!

当初は伝統的なボレロに則り、カスタネットなどの打楽器が入っていましたが、のちに削除され、独創的なものとして書かれました。

その内容は、一定のリズムが最初から最後まで休みなく刻まれ続け、そのリズムに乗って、ずっと同じメロディが繰り返される、という大変シンプルなものです。

同じくストーリーもとてもわかりやすく、居酒屋で一人の女性がボレロのリズムを足で刻みはじめ、それに周りがノってきてみんなも踊りだす、というものです。

ラヴェル:ボレロ

ラヴェル《ボレロ》、スネアドラムのパート譜

ラヴェルは、この執拗なリズムとメロディーの繰り返しの発想は、工場見学から着想を得たと述べています。

私は、機械からたくさんのインスピレーションを得ました。とにかく、さまざまな工場を渡り歩き、巨大な機械がせっせと動き続ける様子を見るのを愛しています。(訳註:ラヴェルはあえて「好き(aimer)」ではなく「愛する(adorer)」という言葉を使っています)

これらは実に荘厳でなんとも見事なものです。この経験は、私が《ボレロ》を書く際のインスピレーションとなりました。ぜひこのボレロは、巨大な工場を背景にして演奏してほしいですね。(中略)

ヴァイオリン、ホルン、トロンボーンをはじめ、多くの楽器が、機械のような音を作り出すというのは一つの芸術だと強く思います。しかし逆に言えば、コンサートの舞台に機械が置かれるようなことがあったとしても、その機械は音楽的な音を出さなければ、それは芸術でなくなってしまいます。今のところ、私はそれをどのようにしたらいいか、まだわかりません。

1932年2月24日のインタビュー“Factory Gives Composer Inspiration”より

ラヴェル《ボレロ》の1928年初演時のプロダクションの写真
©︎Rue des Archives, Lebrecht

それに対して、実は2拍子のボレロも存在するのです!

メキシコやキューバなどのラテンアメリカで演奏されるものなのですが、1810年ごろにスペインからボレロが伝承され、何らかの形で2拍子の音楽になったそうです。詳しい理由は明らかにされていませんが、曲の雰囲気はどちらかというとハバネラに近く、主に次のリズムが使われていることが多いです。

2拍子のボレロ

ボレロとマンボがくっついて、ボレロ・マンボというジャンルもあります。

ラテン・アメリカの2拍子のボレロ

1. Me Dices Que Te Vas
2. Texas Bolero
3. Luna Orgullosa
4. Mambolero(ボレロ・マンボ)

こうしてボレロは、紆余曲折については明らかになっていないこともありますが、同じリズムをずっと刻み続けるという大きな特徴から、シンプルで馴染まれやすい曲として広まりました!

ボレロを聴いてみよう

1. オーベール:《スペインのヴァンドーム》〜ボレロ
2. ウェーバー:歌劇《プレチオーザ》〜序曲
3. ショパン:「ボレロ」作品19
4. ヴェルディ:歌劇《シチリア島の夕べの祈り》〜ボレロ
5. サンサーンス:「不幸な人」
6. 坂本龍一:「Blu」

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

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