
絵画と楽器、2つの「ダ・ヴィンチ」の値段

レオナルド・ダ・ヴィンチの名がついた絵画は510億円、同じ名を冠したヴァイオリンは20億円。この2つの「ダ・ヴィンチ」を手がかりに、芸術品につけられる値段のヒミツに迫ります。

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
芸術に値段をつけるのは、実に難しい。まず、美術品について考える。
レオナルド・ダ・ヴィンチの油彩画としてのオークション出品が大きな話題になった《サルバトール・ムンディ》は、2017年にニューヨークのクリスティーズで落札された時に約4億5000万ドル、当時の日本円に換算して約510億円の値をつけた。それを聞いて「高すぎる」という感想をもった人もいれば、「有名な作家の絵だから、それくらいは当然だろうね」と思った人もいるだろう。

12年で3万8000倍の価格を記録
どちらの考えも、間違っているわけではない。美術品の値段に正価というものはなく、実際の売買事例があって初めて「この絵はこの値段だ」という明確な主張ができるからだ。しかし、同じ作品が次の機会にオークションなどの売買の場に出れば、たいていは異なる値段がつくだろう。
ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》は2005年に米国の小さなオークションで落札されたとき、わずか1175ドル(約12万円)だった。なぜか? ダ・ヴィンチの作品とは認められていなかったからだ。その後修復を経て見た目がきれいになり、幾人かの専門家の確認を経てダ・ヴィンチの作品としてオークションに出た結果、3万8000倍もの価格を記録したのだ。とはいえ、わずか12年の間に作品の芸術性が進化したわけではない。ものすごくおかしな話だなと筆者は思う。一方で、美術品の価格形成には、芸術性以外の要素が大きく関わっていることがよくわかる。
その後、この絵がダ・ヴィンチの作品かどうかに疑問が再び呈されたことがあり、サウジアラビアの王室が落札したという情報はあるものの、現在の所在や所有者は不明である。もし、この作品がふたたびダ・ヴィンチの弟子筋の作品であるということになれば、再度市場に出た場合の取引価格は大きく下がるだろう。作品の芸術性は変わらないのに、である。それゆえ、新たな鑑定でダ・ヴィンチの真作であることが保証されない限りは、この絵が表舞台に出てくる可能性は極めて低い。
ものの値段が変動するのは日々のスーパーで見る肉や野菜、あるいは量販店で売っている家電製品でもよくあることだが、美術品は少々特殊だ。それは、美術品が原則一点ものであることに由来する。ほかでは手に入らないから、ある作品をほしいと思う人が複数いて競り合えば、いくらでも値段が上がりうるからだ。
「ダ・ヴィンチ」と呼ばれるヴァイオリンの名器
音楽分野では、ヴァイオリンなどの楽器がオークションで高値をつけられることがよく知られている。2022年6月にニューヨークで開かれた弦楽器専門の競売会社タリシオのオークションで、約1500万ドル(約20億円)で落札されたストラディヴァリウスは、その名も「ダ・ヴィンチ」。出品者は、オールド弦楽器販売の専門店、日本ヴァイオリンだった。

そもそもこの楽器がなぜ「ダ・ヴィンチ」という名前で呼ばれているのかだろうか? タリシオのサイトに書かれた解説では、数あるストラディヴァリウスのなかでも、この楽器は技術的にもっとも洗練された出来を見せた1710年代の作で、形も音もニスの塗りの状態も素晴らしいゆえ、イタリア・ルネサンスの最高峰の画家の名前をつけたのではないかと推測されている。同じ時期に製作された別のストラディヴァリウスには、レオナルド・ダ・ヴィンチに比肩する同時代イタリアの画家・彫刻家「ミケランジェロ」の名を冠したものもある。
400年以上変わらないヴァイオリンの造形
ただし、ヴァイオリンにはいわゆる美術品との決定的な違いがある。どの楽器も形がほぼ同じである点だ。ヴァイオリンの姿形は洗練された造形美の極致にあると筆者は認識しているが、外観と構造は16世紀半ば頃確立して以来、現在までほとんど変わっていない。胴体がくびれを持ち、真横から見ると絶妙な膨らみがある。弦を巻く部分は、古代ギリシャの建築様式にもとづく渦巻き状の造形が基本だ。
16世紀の終わり頃、イタリアの画家カラヴァッジョが描いた油彩画は、現代の楽器と見紛うようなヴァイオリンが姿をあらわにしている。筆者が初めてその絵のうちの一枚と向き合ったときには、「おお、400年以上前から自分たちが使っているのと同じ形の楽器を使っていたのか!」と、一種の感慨を覚えた。
ここでは、《リュートを弾く若者》という作品を紹介する。手前の台の上に描かれたヴァイオリンを見れば、現代の楽器の造形がほとんど変わっていないことが確認できるだろう。

ヴァイオリンの「顔」とは?
これが美術品であれば、形が変わらないのはマイナスの要素である。美術品は、常に新しい作風を切り開くことに評価の重点があるからだ。ということは、ヴァイオリンなどの楽器の場合は評価のポイントは形ではないということになる。では、何がポイントになるか? 常識的に考えれば音だろう。楽器だから当然のことである。
それにしても、形がほぼ同一であるヴァイオリンのなかで、なぜ特定の1台が20億円もの値がつけられ、他がそうではないのか。音がいいのは言わずもがな。だが、その判断基準は、単なる「音色のよしあし」という指標に留まらない。
以前、ベテランの楽器商から「ヴァイオリンは顔で判断する」と聞いたことがある。現代の楽器でも見比べれば1台1台、色や木目、ニスの塗り、ボディの膨らみ、f字孔の形などが違う。さらに、製作後150年を超える楽器は、ニスに深みが出るという。確かに「顔」はある。楽器には、いい音を出す「顔」がある、ということにつながる。ストラディヴァリウスの「顔」を見抜く力が楽器商には求められる、ということになろうか。
魂の震えに対する正当な対価
2つの「ダ・ヴィンチ」を巡る物語は、重要な示唆を与えてくれる。
一点ものであるがゆえに、作家の「名前」というラベルによって510億円もの値がつけられた絵画。そして、400年変わらぬ様式を守り続け、「完成された形」の中にも個別の「顔」を持つヴァイオリン。一方は人間が本能的に求める創造美の表出であり、もう一方は不変の工芸美の象徴である。
誰が描いたのか? 誰が作ったのか? 2つの「ダ・ヴィンチ」に共通する絵画と楽器の値段の根源は、そこに帰結する。しかし、美術品にしろ楽器にしろ、人々は日常の経済原理では測りきれない「何か」を見出そうとする。いい美術品もいい楽器も、鑑賞する人の魂に震えをもたらす。それゆえ、芸術に値段をつけるという行為に、正解はないのだ。
2つの「ダ・ヴィンチ」は世に問いかける。
「価格とは、単なる数字に過ぎないのか、それとも魂の震えに対する正当な対価なのか」と。
ラクガキスト小川敦生のラクガキ

画家であり音楽家でもあったレオナルド・ダ・ヴィンチは、リラ・ダ・ブラッチョという擦弦楽器の名手だったそうです。フィレンツェを出てミラノの領主のところに自分を売り込みに行ったときには、演奏家であることをアピールしたというのです。そこで、楽器と一体化したレオナルドを描いてみました。Gyoemonは筆者の雅号です。
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