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2026.10.02
10月28日(水)・30日(金)に大阪・京都へ

エリック・ルーが名匠ズヴェーデン&エバーグリーン響と紡ぐ、チャイコフスキーの深淵

平岡拓也
平岡拓也 音楽ジャーナリスト

1996年生まれ。慶應義塾大学文学部でドイツ語圏の文学・音楽を学ぶ。『音楽の友』『MOSTLY CLASSIC』などの音楽誌、複数のWEBメディア、在京オーケストラの...

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エリック・ルー。彼がワルシャワで開かれた第19回ショパン国際ピアノ・コンクールで第1位を獲得してから、1年が過ぎようとしている。

そのルーが10月28日・30日に、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン率いる台湾のエバーグリーン交響楽団(ESO)と共演し、大阪・京都でチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲 第1番」を弾く。

華やかな身振りで圧倒するのではなく、一音一音の行方を見つめ、沈黙まで音楽に変えてゆくピアニスト。17歳で第4位となった2015年大会から10年を経て、リーズ国際ピアノ・コンクール優勝などの実績を重ね、すでに国際的なキャリアを築いていた彼は、ワルシャワへ戻って、ついに頂点へ立った。

エリック・ルー(ピアノ)
1997年アメリカのマサチューセッツ州生まれ。ダン・タイ・ソンらに師事し、第19回ショパン国際ピアノ・コンクール(2025)で優勝。
2018年にはリーズ国際ピアノコンクールでも優勝した。思慮に富んだ、詩情あふれる力強い演奏により、すでに世界の音楽シーンでも際立ったアーティストの一人として定評を得ている。シカゴ響、ボストン響、ロンドン響、フィンランド放送響などのオーケストラや、ムーティ、ルイージ、ガードナー、ダウスゴーらの指揮者と共演し、アムステルダムのコンセルトヘボウ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス、シャンゼリゼ劇場などでリサイタルを行っている。ロンドンのウィグモアホールでは7年連続でリサイタルを開き、BBCプロムスやラ・ロック・ダンテロン音楽祭などにも出演。ワーナー・クラシックスと専属契約を結び、シューベルトのソナタ集や最新盤の即興曲集はBBCミュージック・マガジンの器楽部門推薦盤に選ばれるなど高い評価を得ており、国際的な賞も多数受賞している。

内省と熱狂をどう描くのか ~エリック・ルー

ルーの美質は、繊細な音色と力強い高揚を矛盾なく両立させるところにある。

2025年のワルシャワの舞台でも、細やかな音色の陰影と、持続する緊張のなかに抑制された美を響かせる演奏が際立った。優勝後、ファビオ・ルイージ指揮・NHK交響楽団と共演したショパンの「ピアノ協奏曲 第2番」も、芯の通った美音と端正な構築を示す、いわば「渋い」秀演だった。

そうした内省的な表現が、ロシア・ロマン派を代表するチャイコフスキーの大協奏曲で、どこまで外へ開かれるのか。

耳なじみのある壮麗な和音で幕を開けるこの協奏曲だが、真価は豪快さだけにとどまらない。

有名な序奏の主題は二度と戻らず、音楽はウクライナ民謡に由来する主題へと進む。ピアノも常に主役でいるのではなく、ときに伴奏へ回り、木管と親密な言葉を交わし、やがて大管弦楽とともに巨大な頂点を築く。

ルーが内省と熱狂の振幅をどう描き、指揮者とオーケストラがその呼吸にどう応えるか。ここに今回の大きな聴きどころがある。コンクールで彼を知った人にとっても、新たな横顔に出会える公演となりそうだ。

台湾から世界へ ~エバーグリーン・グループの理念の先へ

今回ルーが共演するのは、台湾のエバーグリーン交響楽団。

その名から、緑のロゴとラインが印象的なエバー航空の機体を思い浮かべる人もいるだろう。オーケストラと航空会社は同じエバーグリーン・グループに属し、エバーグリーン響は創業者・張栄発が設立した基金会のもと、2002年に発足した。

世界的にも珍しい、民間財団が運営するプロ・オーケストラであり、草創期から《雨夜花》《望春風》などの台湾民謡を管弦楽で演奏してきた。その響きは、エバー航空が台湾へ到着する際の機内音楽にも用いられてきた。

同社の便を利用した人なら、知らず知らずのうちにエバーグリーン響の演奏に触れているかもしれない。台湾に根差しながら世界へ向かうという理念を、まさに音で体現してきた楽団なのだ。

エバーグリーン交響楽団(ESO)
2002年、財団法人張栄発基金会によって設立されたエバーグリーン交響楽団(ESO)は、台湾で唯一の民間財団所属のプロフェッショナル・オーケストラである。「台湾に根差し、世界を志向する」という明確なビジョンのもと、優れた音楽人材の育成と、質の高いクラシック音楽の普及を使命としている。これまでにパヴァロッティ、ドミンゴ、カレラスの「世界三大テノール」をはじめ、アンドレア・ボチェッリ、ルネ・フレミング、ラン・ラン、チョーリャン・リン(林昭亮)など、世界的な巨匠たちと数多くの共演を重ねている。2025年1月からは世界的指揮者ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンをアーティスト・イン・レジデンスに招聘し、2026年7月に東京・新潟公演を果たす。2026年以降もさらなる国際的展開を見据え、その活動の幅を広げ続けている。

筆者は今年3月、台北でエバーグリーン響のベートーヴェン《第九》を、7月には東京でマーラーの《子供の不思議な角笛》と交響曲第1番《巨人》を聴いた。

耳を捉えたのは、艶と厚みのある弦、各声部が明晰に噛み合う合奏力、そして、頂点へ向けてエネルギーを幾重にも積み上げる推進力だった。大編成が力を解放しても響きは鈍重にならず、音楽は筋肉質な輪郭を保って前進する。

一方、7月のマーラーでは、弦の上に独奏楽器が鮮やかに浮かび、精度の奥から、奏者たちの自発的な歌が聴こえてきた。

今年7月には東京と新潟でマーラーを聴かせたズヴェーデン&エバーグリーン響

エバーグリーン響を「アジアの宝石」に ~ズヴェーデンの音楽づくり

エバーグリーン響に変化をもたらしているのが、2025年からアーティスト・イン・レジデンスを務めるヤープ・ヴァン・ズヴェーデンである。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターから指揮者へ転じ、ダラス響、香港フィル、ニューヨーク・フィルを率いてきた。現在はソウル・フィルとフランス放送フィルの音楽監督を務めている。

ズヴェーデンの音楽づくりは精密で、ストイックだ。

速いテンポでも細部を曖昧にせず、リズムに強い芯を通し、声部の陰影を浮かび上がらせる。しかし、整然としているだけではなく、力強いグルーヴと、クライマックスへ向かって蓄積される熱を備えている。優れたヴァイオリン奏者としてオーケストラの内側を知る彼だけに、協奏曲でも独奏者を支えるだけでなく、ときに刺激し、ときにすっと引く立体的な対話が期待できる。

3月、台北で本人に取材した際、彼はエバーグリーン響を「アジアの宝石」に育てたいと語った。7月の東京・新潟公演からわずか3か月。今回の再来日公演は、その共同作業の現在地を確かめる絶好の機会である。

ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン(指揮)
1960年アムステルダム生まれ。19歳でロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の史上最年少コンサートマスターに就任。1996年に指揮者へ転身し、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者(2005-2013/現在は名誉首席指揮者)、ダラス交響楽団音楽監督(2008-2018)、ニューヨーク・フィルハーモニック第26代音楽監督(2018-2024)を歴任した。現在、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督として2022年にデヴィッド・ゲフィン・ホールの歴史的な改修と再オープンを主導したほか、香港フィルハーモニー管弦楽団を国際的な地位へと押し上げ、ダラス交響楽団を全米屈指のアンサンブルへと成長させた。2024年からはソウル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任し、2025年からは台湾のエバーグリーン交響楽団のアーティスト・イン・レジデンス、そして2026年秋にはフランス放送フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督への就任が決定している。オーケストラに対して明確な「ビジョンを聴き」、それを具現化する「マスター・ビルダー(名建築家)」と評される指揮者である。その卓越した芸術性は、彼が率いてきた数々の楽団を輝かしい成功へと導いてきた。

三者を味わうにふさわしい一夜

プログラムは、ラヴェル《ラ・ヴァルス》、チャイコフスキーのピアノ協奏曲、ショスタコーヴィチの交響曲第5番。この3曲は、エバーグリーン響とヴァン・ズヴェーデンの異なる表情を引き出す。

《ラ・ヴァルス》では、霧の中から姿を現す舞踏の色彩と、崩壊へ突き進む加速。チャイコフスキーでは、独奏者ルーとの緊密な対話。そして、ショスタコーヴィチでは、悲嘆、諧謔、行進、祈りがせめぎ合う巨大な構造を統御し、その多面性を描き分ける力が問われる。三者の持ち味を一夜でたっぷりと味わえる選曲だ。

精密な造形と強烈な推進力を併せ持つズヴェーデン、変貌のただ中にあるエバーグリーン響、そして、音の奥深くへ耳を澄ますエリック・ルー。

三者の個性が出会うとき、名曲の「煌めきの奥」から何が現れるのか。10月28日(水)は大阪・ザ・シンフォニーホール、30日(金)は京都コンサートホールで、その瞬間を確かめたい。

公演情報
ESOエバーグリーン交響楽団 × エリック・ルー

大阪公演: 2026年10月28日(水)19:00開演/ザ・シンフォニーホール

京都公演: 2026年10月30日(金)19:00開演/京都コンサートホール 大ホール

出演: エバーグリーン交響楽団、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン(指揮)、エリック・ルー(ピアノ)

プログラム:

ラヴェル:ラ・ヴァルス
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品47

主催: テンポプリモ&IDAGIO.i
問い合わせ: 大阪アーティスト協会 Tel. 06-6135-0503

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平岡拓也
平岡拓也 音楽ジャーナリスト

1996年生まれ。慶應義塾大学文学部でドイツ語圏の文学・音楽を学ぶ。『音楽の友』『MOSTLY CLASSIC』などの音楽誌、複数のWEBメディア、在京オーケストラの...

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