インタビュー
2020.12.11
室田尚子の「音楽家の“タネ”」第3回

上原彩子——素晴らしい先生との出会いと自立、そして3児の母でピアニストの活動とは

音楽家の子ども時代から将来の「音楽のタネ」を見つける連載「室田尚子の“音楽家のタネ”」。
第3回のゲストは、2022年にデビュー20周年を迎えるピアニストの上原彩子さんです。2002年に第12回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門で、女性として、また日本人として史上初の第1位を獲得。以後、世界的に活躍する上原さんは、私生活では3人のお嬢さんを育てる母親でもあります。
音楽家として、母として、輝き続ける上原彩子さんを育てた「タネ」とは?

取材・文
室田尚子
取材・文
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

写真:各務あゆみ

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上原彩子(うえはら・あやこ)
3歳児のコースからヤマハ音楽教室に、1990年よりヤマハマスタークラスに在籍。ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、江口文子、浦壁信二各氏に師事。第3回エトリンゲン国際青少年ピアノコンクールA部門第1位を始め多くのコンクールで入賞を果たす。2002年6月には、第12回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門において、女性としてまた、日本人として史上初めての第1位を獲得。東京藝術大学音楽学部早期教育リサーチセンター准教授。

第一歩は、素晴らしい先生との出会い

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日本の音楽大学には通っていない上原さんは、日本人ピアニストの中では、特別なルートを歩んできたといえるかもしれません。

初めてピアノを習い始めたのは3歳になる少し前。お母さまに連れられて、当時住んでいた岐阜県で、ヤマハ音楽振興会が主催する「3歳児ランド」という音楽教室に通い始めます。

上原 床にカーペットが敷いてあって、そこに座って先生が語る紙芝居を見たり、歌を歌ったり。大きなヒヨコの人形があって、とにかくすごく楽しかった。

その後はヤマハのシステムに従って「幼児科」に進んで鍵盤の練習が始まるんですが、この幼児科の先生がとても熱心な方で、クラスのコンサートではエレクトーンのアンサンブルを演奏したりしました。『威風堂々』を弾いたのを覚えています。

レッスンのときの先生は厳しかったけれど、同時に、子どもへの接し方や話し方がとてもお上手で、私も自然に音楽に親しんでいけました。神戸在住の先生とは今でも交流が続いて、私が関西方面でコンサートを開くときなどには駆けつけてくださいます。

小学校4年生からは、ヤマハの「マスタークラス」のオーディションに合格し、岐阜から東京へ新幹線に乗って通うように。そこで、モスクワ音楽院の教授として知られるヴェラ・ゴルノスタエヴァ先生に出会います。

上原 ゴルノスタエヴァ先生は、日本に来られると1ヶ月ぐらい滞在されるので、その間は学校を休んでレッスンに通いました。先生から教えられた中でいちばん大切だと感じているのは、「ピアノは打楽器だけれど、ちゃんと音を歌わせなければいけない」ということです。

今、私は東京藝術大学の早期教育リサーチセンターで中学生の指導にあたっていますが、中学生は大人の弾き方を学ぶ時期。弾くことに一生懸命になってしまいがちな子どもたちに、この先生の言葉をわかってもらうにはどうしたらいいか、考えながら教えています。

コロナ禍で家のピアノの響きの中で練習する時間が長くなりましたが、力強く乗り越えてもらえたらと思います。

熱心な母親からの自立

一方、上原さんをピアノへの道に誘ったお母さまは、短大のピアノ科を卒業後、結婚するまでヤマハ音楽教室でピアノを教えていたという経歴の持ち主。幼児科の頃からレッスンの課題曲を予習させるなど、かなり厳しく練習をみていたそうです。

上原 練習の時間が決められていて、友だちと遊ぶ約束をしてきても「練習が終わるまではだめ」と言われて、泣きべそをかきながら練習しました。

そんなふうなので家での練習は好きではありませんでしたが、レッスン自体は楽しかったので、ピアノをやめたいと思ったことはなかったです。

ご自身が習っていたピアノの先生は「エネルギッシュで華やか」だったと振り返る。

上原 東京のマスタークラスに行くことが決まった時点で、母は私をピアニストにしたいという強い覚悟を持っていたと思います。ただ、だからといって必ずなれる訳ではないということもわかっているわけです。早い時期から母が肝を据えてくれたことで、私も変なプレッシャーを感じずに、のびのびとピアノに打ち込めたのかなと思います。小学6年生で自分にはピアノしかないと思い、ピアニストになろうと決心しました。

ヤマハの方針で、マスタークラスのレッスンに親は同伴できず、上原さんは「ちょっと遠くまで足を延ばす、お泊まり付きの遠足のような気分」で通っていたそうです。

それもあって、お母さまもレッスンの内容に口を出すことはなくなり、小学生であっても何でも自分で決めて自分でやる、という習慣がついたという上原さん。「ピアノをやっていたことで、逆に早く自立ができた」という言葉に、親子の理想的な「離れ方」をみる思いがしました。

肩の力の抜けたお母さん

上原さんの3人のお嬢さんのうち、現在、ピアノを習っているのは下の2人。「まったく手のかからない赤ん坊だった」という次女は、歌を歌うのが好きだったのでヤマハ音楽教室の幼児クラスに。逆に「とても手のかかる子だった」三女にはピアノを習わせるつもりはなかったそうですが、小学校に入る前ぐらいに自分から「私もやりたい」と言い出したので、近所にいるピアノの先生を探して通うことに。

上原 三女は始める前に「ピアニストになってもいい」と言っていたんですが、最初にレッスンに行ったあとで「やっぱり無理」と宣言して、現実を知ったようです(笑)。それでも今ピアノを続けているのは、「お母さんがピアニストだから、私ももうちょっとやってなきゃいけない気がするから」だと言っています(笑)

「子どもを産むまでピアノしかやってこなかったから、料理するのも子育ても、楽しくて仕方ないんです」と話す。子どもたちのピアノの練習時間が長くなり、「私も弾きたいんだけどなぁ」と思うときもあるそう。

三女の発表会では、親子連弾のプログラムが組まれていて、去年と今年は上原さん、スタインウェイの調律師である夫、三女の3人で6手の演奏を披露したそうです。「とても楽しかったです」と笑う上原さんは、いい意味で「肩の力の抜けたお母さん」という感じがします。

子育てに頑張りすぎて行き詰まってしまうお母さんの話をよく聞きますが(かくいう私も、子どもが小さい頃はかなりヤラレていました)、その力の抜け加減はどこからくるのでしょうか。

上原 やはりピアノは私にとって大変なものですから、家族といるときぐらいはのんびりしたいんです。それに子どもだって、保育園や学校でそれなりに頑張っているはずなので、家に帰ってきたときぐらいは頑張らなくていいよね、と思っています。うちは夫ものんびりしているので、そういう雰囲気ができているのかもしれません。

デビュー20周年に向けて

今年から、上原さんはデビュー20周年に向けて3カ年計画のリサイタル・シリーズをスタートさせています。上原さんが幼い頃から弾き続けてきたロシアの作曲家に別の作曲家を組み合わせるという企画で、第1回はチャイコフスキーとモーツァルトでした。

来年1月13日に東京オペラシティコンサートホールで開催される第2回は、ショパンとラフマニノフ。リサイタルに込めた思いも伺いました。

上原 ショパンとラフマニノフは、共にピアノという楽器を極めた2人ですが、活躍した時代における楽器の違いというものが、その作品に反映されています。この2人を並べて弾くことで、ある意味ピアノという楽器の発展を感じていただけるのではないかと思っています。

「コンサートでの曲の組み合わせや調性の流れで、自分のカラーを出していきたい」と語る。

上原 また、作品に現れている音のとらえ方が、彼らの声の違いのように聴こえるのも面白いところ。私としては、ラフマニノフは絶対バスの厚みのある声で、ショパンは柔らかい声だなあと思うのですが、お客様はどうお感じになるのかが楽しみです。

プログラムは、ショパンの「24のプレリュード」作品28で始まり、最後はラフマニノフの「ショパンの主題による変奏曲」作品22という、かなり珍しい曲で締められます。

上原 ショパンのプレリュードは、明るい春のような香りの中から始まり、最後はどん底まで落ちていきます。最後のラフマニノフの曲は、逆にどん底から始まって歓喜に行き着くのです。そういう全体の流れの面白さも、ぜひ聴いていただきたいです。

今回のインタビューから、「上原彩子」という音楽家を育んできたのは確かに生まれ育った家庭や先生にありますが、その後の音楽的円熟の背景には、彼女自身が築いてきた家庭の存在が大きいと感じました。厳しく、しなやかに、そして、時にはのんびりと。

お話を伺ううちにすっかり「親戚のおばちゃん」の気分になってしまったのは、上原さんが語る家庭の様子がとても暖かく、居心地が良さそうだったから。上原家で育っていく3人のお嬢さんの行く末も、密かに応援していきたいと思います。

公演情報
2022年デビュー20周年に向けて Vol. 2 上原彩子 ピアノ・リサイタル

公演終了

鍵盤の音楽史に永遠にその名を刻む2人のピアニスト・作曲家へのオマージュ
ショパン & ラフマニノフの世界

日時: 2021年1月13日(水)19:00開演
会場: 東京オペラシティコンサートホール
出演: 上原彩子(ピアノ)

曲目:

ショパン:24のプレリュード Op. 28
ショパン:プレリュード 嬰ハ短調 Op. 45
ラフマニノフ:プレリュード 嬰へ短調 Op. 23-1
ラフマニノフ:プレリュード 変ホ長調 Op. 23-6
ラフマニノフ:ショパンの主題による変奏曲 ハ短調 Op. 22

取材・文
室田尚子
取材・文
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

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