インタビュー
2025.03.26

グラスハーピスト 大橋エリに訊く~モーツァルトの超レア曲を収録したアルバムをリリース

誰もが一度はコップの縁を濡れた指で擦って音を出してみた経験がおありだろう。これをグラスハープといい、大橋エリは世界でも数少ないこの楽器のスペシャリストだ。ネットの動画でその演奏の様子を見ることができるが、これが凄い! 大小さまざまなワイングラスで信じがたいほど美しい音色とハーモニーを奏でる。まるで魔法。そんな大橋エリさんがこのたび、グラス楽器のためのオリジナル作品を含むモーツァルト・アルバムをリリースする。

取材・文
那須田務
取材・文
那須田務 音楽評論家 

ドイツ・ケルン音楽大学を経てケルン大学で音楽学科修士修了(M.A)。専門はピアノ曲やオーケストラ等クラシック全般だが、とくにバッハを始めとするバロック音楽、古楽演奏の...

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グラスハープの歴史は古い。大橋さんによれば土器を擦って音を出す楽器は古代に遡り、バロック時代にはアイルランドでコンサートが行なわれた記録があるという。18世紀中頃にはベンジャミン・フランクリンが、グラスを音階状に並べた楽器グラスハーモニカを考案したところ大流行。作曲家たちも注目して、モーツァルト《グラスハーモニカのためのアダージョとロンド》K.617などが生まれた。ところが、この楽器は弾き手や聴き手の神経に触るということで、いつしか演奏されなくなった。

「グラスハーモニカは発音の仕組みは同じですが、グラスが重なっている分、ちょっと籠った音で、一定のスピードでグラスを回転させるのでどこか機械的な感じになります。グラスハープはすべて人の力で奏で、とくに高音などは天から降ってくるような不思議な音色で天使の歌声ともいわれるなど、独特な魅力があります」

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大橋さんがこの楽器を知ったのは、国立音楽大学打楽器科の学生時代。「大学の楽器資料館に所蔵されていますが、自分では触れられません。大学卒業後、単身赴任の父に聴かせて驚かせようと披露したところ、ひどい演奏しかできず悔しい思いをしました。以来、長いあいだ手掛けていたのですが、ほかの活動の合間なので時間がかかる。そのうちに、これほど素晴らしい音が知られていないのはほんとうに残念に思い、本格的に取り組むようになりました」

大橋エリ

国内で唯一メジャーデビューしているグラスハーピスト

日本グラスハープ協会会長


国立音楽大学卒業後、2015年キングレコードよりデビューしボーダレスなジャンルで国内外で活動する。
「ムジカピッコリーノ」 「天才てれびくん」スーパーハイビジョン映画「gift」他多数出演。「光る君へ」「虎に翼」「なつぞら」をはじめとする録音に参加。
繊細で卓越した演奏に定評があり、モーツァルト最晩年幻の名作K.617の復元に努める。

「グラスはやはりワイングラスがいいですね。ステム(脚)がある分、響きが抑えられない。素材や厚みなどで音の高低や音色が異なります。低い音は大きく膨らんだボルドー用のワイングラス、高音はリキュールグラスなど。値段の高い、高品質のグラスほどいい音がしますので、そこも大変です! なかでもリーデルがいいですね。リーデルさんにいつかコンサート活動を協賛してもらえると嬉しいな(笑)。

10本の指を水に濡らし、円を描きながら擦るのですが、水の量、触り方、角度など、わずかなことで音色も音程も変わってきます。グラスの配置も演目に合わせて変えます。こうした演奏法を自分で研究していくのですが、毎回試行錯誤。大変な分、楽しみでもあります」

演奏中にグラスを倒してしまうことはないかと心配してしまうが、「グラスは固定されているので大丈夫」とのこと。大橋さんが知る限り、グラスハーピストが世界中に数人しかいないのは、あまりにも大変すぎるからなのかもしれない。

さて、今回のモーツァルト・アルバムの目玉は、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロとのK.617。ブルーノ・ホフマンが1960年にグラスハープで演奏したディスクに次ぐ録音である。多重録音では1980年代に高橋美智子が初リリースしている。K.617で、すばらしいアンサンブルの仲間と出逢えたからと「トルコ行進曲」「きらきら星変奏曲」「恋とはどんなものかしら」などでも本盤ならではの編成で共演している。

「トルコ行進曲」などのピアノ曲では50個近いグラスが必要になる。編曲を含めて演奏できるようになるまでに何日もかかる。楽譜を見ると途方に暮れるが、出来ないと思ったらそれで終わり。「毎回チャレンジですが達成感がありますし、すばらしい可能性を秘めた楽器なので、これからも現代の作曲家のオリジナル作品や環境音楽など、さまざまな音楽を奏でていきたいです」

モーツァルトの超レア曲とグラスハープの魅力に触れる好個の一枚となることだろう。また、自身の初リサイタルとなる4月1日の日本モーツァルト協会主催のコンサートでもアルバムの演目が披露される。同協会でもグラスハープによるK.617は初めてとのこと。こちらも注目だ。

CD情報
Rarity-glassharp mozart-

【収録曲】

1. トルコ行進曲 Türkischer Marsch (グラスハープ、チェロ)

2. きらきら星変奏曲 K.265 Zwölf Variationen in C über “Ah, vous dirai-je Maman” K.265 (グラスハープ、チェロ)

3. 恋とはどんなものかしら Voi che sapete (グラスハープ、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロ)

4. 自動オルガンのためのアンダンテ K.616  Andante in F für eine Orgelwalze K.616 (グラスハープ、フルート、オーボエ、ヴィオラ)

グラスハーモニカのためのアダージョとロンド K.617  Adagio und Rondo in C für Glasharmonika K.617

5. アダージョ Adagio 6. ロンド Rondo (グラスハープ、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロ)

7. グラスハーモニカのためのアダージョ K.356  Adagio in C für Glasharmonika K.356 (グラスハープソロ)

8. アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618  Ave Verum Corpus K.618 (グラスハープ多重録音)

取材・文
那須田務
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那須田務 音楽評論家 

ドイツ・ケルン音楽大学を経てケルン大学で音楽学科修士修了(M.A)。専門はピアノ曲やオーケストラ等クラシック全般だが、とくにバッハを始めとするバロック音楽、古楽演奏の...

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