渋谷慶一郎——新国立劇場とドバイ万博、2つのアンドロイド・オペラの新しさとは
音楽家の子ども時代から将来の「音楽のタネ」を見つける「室田尚子の“音楽家のタネ”」。8人目のご登場は、作曲家の渋谷慶一郎さんです。
渋谷さんは、今年の夏、新国立劇場で大成功させた「子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ《Super Angelsスーパー・エンジェル》」や、12月11日にドバイ万博「ジャパンデー」で上演される予定だった(※感染症対策のため中止)新作のアンドロイド・オペラ《MIRROR》などの作品で、現在、世界的にもっとも注目を浴びる日本人作曲家の一人です。
渋谷さんに、前後編2回にわたってお話を伺い、世界的作曲家を育てた“タネ”を探っていきます。前編はアンドロイド・オペラをはじめとする現在のお仕事について。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
《Super Angelsスーパー・エンジェル》が残した課題
アンドロイド〈オルタ3〉とオペラ歌手、大人の合唱、視覚・聴覚の障がいをもつ子どもたちも参加する〈ホワイトハンドコーラスNIPPON〉、さらにはダンスに映像とさまざまなファクターを結びつけたオペラ《Super Angelsスーパー・エンジェル》は、当初の予定から1年延期された2021年8月に、新国立劇場オペラパレスで初演を迎えました。
新国立劇場《Super Angelsスーパー・エンジェル》PR映像
感想をうかがうと、真っ先に出てきた言葉は「よくできたな」でした。
渋谷 コロナ禍で1年延期になったとはいえ、世の中の状況はあまり変わらない中でこの作品が上演できたのは、奇跡的だったと思います。一方で、課題も残りました。
僕自身のプロジェクトであれば、僕が全部考えますが、今回のように大規模なコラボレーションの場合は、僕の役割は作曲の比重がほとんどです。もちろんアンドロイドと人間のオペラを作るうえで作品のフレームは僕が考えましたが、むしろ解釈、演出は大胆に変えていくことも可能だと思います。
一例として渋谷さんから名前が上がったのが、イタリア人の演出家、ロメオ・カステルッチ。カステルッチといえば、2014年ドイツのルール・トリエンナーレで40台の農骨粉砕機を舞台に登場させて、肉骨粉を撒く《春の祭典》で話題になった人です。
《春の祭典》の演出について語るロメオ・カステルッチ
Videointerview mit/with Romeo Castellucci über Le Sacre du Printemps und Neither bei der Ruhrtriennale 2014_engl UT from Ruhrtriennale on Vimeo.
渋谷 以前、パリで一度会ったことがあるのですが、カステルッチみたいな才能のある演出家と仕事をしてみたいという希望は持っています。オペラの面白さは、僕にとってはさまざまなコラボレーションを可能にする箱であることだから。
「オペラ」という枠組みを使いながら、渋谷慶一郎という作曲家は常にその枠組みを疑ってかかるような内容を提示します。それは時に、観ているものに居心地の悪さを感じさせ、あるいは「オペラ」それ自体の意味を問い直すような作業を求めてきます。音楽の中心にアンドロイドの歌声が置かれた《Super Angelsスーパー・エンジェル》も、まさにそのような作品でした。
渋谷 僕にとって、オペラにおいてナラティブ(物語)を追うことは、それほど重要なことではありません。むしろ瞬間、瞬間に何をどう感じるのか、ということのほうを重視しているので、“アンドロイドがどんなテクストを歌ったら、いちばん人間にとって違和感があるのか”ということをやりたい。
その点では、オルタのこの顔や口からこの言葉が出てくる、ということが、もっと視覚的にはっきりとわかるようにするべきだったという反省はあります。これは僕が演出に完全には入っていなかったからなのですが、僕自身が最初に発表したアンドロイド・オペラの『Scary Beauty』では、舞台上には必ず巨大なスクリーンがあって、オルタの顔はアップで映し出されています。次に上演の機会があれば、スクリーン上でオルタの顔や歌っている口が見えるのは必須だと思います。
《Super Angelsスーパー・エンジェル》は11月26日から新国立劇場のウェブサイト上で配信が始まっています。渋谷さんが考える新しいオペラをぜひ体験してみてください。
高野山声明とのコラボで生まれた「調和する新しさ」
さて、渋谷さんによる次なるアンドロイド・オペラの新作は、12月11日にドバイ万博で発表される予定でした。タイトルは《MIRROR(ミラー)》。会場のアルワスル・プラザは数千人入る万博の中心会場で、「ジャパンデー」のメインアクトになるはずでしたが、残念ながら感染症対策の影響で中止に。
「ジャパンデー」メインアクトは、正々堂々のコンペで決まったそうで、「コンペに勝ったんですよ」と笑う渋谷さん。
渋谷 《MIRROR》では、アンドロイドと1200年の歴史を持つ高野山の仏教声明、そして現地UAE(アラブ首長国連邦)のNSOシンフォニー・オーケストラが共演する予定でした。アンドロイドとオーケストラに声明? って言われたら、「モーツァルトの《レクイエム》の合唱部分がお坊さんの声明になる、と思ってください」って返していて、みんな余計に混乱しちゃうんですけど(笑)。
モーツァルト《レクイエム》
実は、渋谷さんと高野山の僧侶の方たちとの交流は4年前にさかのぼります。高野山にある三宝院というお寺で行なわれている、声明の会に誘われたのがきっかけでした。
高野山 三宝院
渋谷 事前の打ち合わせはせずに即興で合わせるということで、何を準備すればいいのかもわからないので、とりあえず庭にピアノを用意してもらって。声明が始まると、その響きに合わせてピアノをどんどんつけていったんですね。
声明には「転調」という概念はないんですけれど、ピアノ的には「転調した」って感じる箇所が出てくるので、その変化にも対応したら、終わってから声明の人たちに「ピアノでついて来られるのはすごい」と言われました。
それで僕自身、このコラボレーションには非常に可能性を感じて、もう少しいろいろやってみませんかと提案をしたんです。
こうして生まれたのが、2019年オーストリアのリンツで開催された「アルスエレクトロニカ・フェステイバル2019」で上演された《Heavy Requiem(ヘビーレクイエム)》でした。このとき共演した藤原栄善さんは、今回のドバイ万博に参加する5人の僧侶のひとり。渋谷さんによれば「天才的に歌がうまい」そうです。
渋谷さんの電子音楽と藤原栄善さんによる南山進流声明とのコラボレーション《Heavy Requiem》(2019年9月、オーストリア・リンツのセント・フロリアン教会にて)
渋谷 声明は「調和」が前提なんです。調和している響きというのが彼ら自身の中にあるので、調和しない音楽という概念がない。
僕は現代音楽や電子音楽をやってきて、「非調和という新しさ」を追求してきましたが、今、声明とのコラボレーションによって「調和する新しさ」という新しい局面が人生に訪れています。
ドバイ万博での《MIRROR》の上演では、これまでのアンドロイド・オペラのスタイルと違い、舞台中央にオルタ3を置き、サイドに渋谷さんのピアノ、それを取り囲むように声明の僧侶、さらにその外側にオーケストラという配置を予定していました。
渋谷さんによれば「より儀式的・祝祭的なスタイル」とのこと。さらにテクストは、「1200年の歴史ある声明と最近できたばかりのアンドロイド、その境界とは何なのか」というものだそう。渋谷慶一郎のアンドロイド・オペラに、新たな1ページを刻むものになりそうです。
※12月11日(土)のドバイ万博「ジャパンデー」での渋谷慶一郎さんの最新作アンドロイド・オペラ《MIRROR》の上演は、感染症対策の影響により中止となりましたが、渋谷さんは上演の可能性を探っているそうです
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