プレイリスト
2021.01.10
おはようバッハ—教会暦で聴く今日の1曲—第33回

「私のイエスを離さない」BWV124——顕現節第1日曜日

音楽の父ヨハン・ゼバスティアン・バッハが生涯に約200曲残したカンタータ。教会の礼拝で、特定の日を祝うために作曲されました。
「おはようバッハ—教会暦で聴く今日の1曲—」では、キリスト教会暦で掲載日に初演された作品を、その日がもつ意味や曲のもととなった聖書の聖句とあわせて那須田務さんが紹介します。

那須田務
那須田務 音楽評論家 

ドイツ・ケルン音楽大学を経てケルン大学で音楽学科修士修了(M.A)。専門はピアノ曲やオーケストラ等クラシック全般だが、とくにバッハを始めとするバロック音楽、古楽演奏の...

ルネサンス期ドイツの画家アルブレヒト・デューラー作『学者たちの中のキリスト』(一部)。

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おはようございます。本日は顕現節(公現後)第1日曜。1725年のこの日(1月8日)にライプツィヒの教会で初演されたカンタータ「わたしのイエスを離さない」をお届けします。

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その日に朗読された聖書は「ルカによる福音書」第2章第41~52節。イエスが12歳のときのエピソードです。

毎年春になるとユダヤ教徒たちは、エルサレム神殿に詣でるなどして過越祭を祝います。過越祭とはユダヤ教三大祭りのひとつで、イスラエルの民がエジプトから神によって救い出されたことを祝う春のお祭り。イスラエル人はその時期になるとエルサレムの神殿に詣でるのです。

イエスが12歳の春のこと。神殿に詣でたマリアとヨゼフは帰路、イエスがいないことに気づき、探したところ、エルサレムの神殿で学者たちを相手に議論をしていた。両親が叱ると、イエスはどうして私を探したのですか、私が父の家にいるという、そんな当たり前のことを知らなかったのですかと答えたというお話です。

02:41さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。 02:42イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。 02:43祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。 02:44イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、 02:45見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。02:46三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。 02:47聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。 02:48両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」 02:49すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」 02:50しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。 02:51それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。 02:52イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

新共同訳聖書より「ルカによる福音書」2章41〜52節

ゴシック期イタリアの画家シモーネ・マルティーニ作『神殿で見出された少年イエス』。

バッハのカンタータは、どんな時にもイエスを離さないという、マリアやイエスを慕う万人に共通の想いを歌うカイマンのコラールに基づくコラール・カンタータです。編成はソプラノ、アルト、テノール、バスの独唱と合唱、ホルン、オーボエ・ダモーレ、弦楽、通奏低音。

1曲目、冒頭合唱は「私のイエスを離さない。私のためにご自身をお与えになったのだから。私の義務は彼に張り付いていること。あのお方は私の命の光だから」と表題のコラールの第1節を歌います。

続いてテノール(レチタティーヴォとアリア)が「この心臓に一滴の血が流れている限り、ただイエスだけがわたしの命、私のすべて。私にこれほどまでに偉大なことをしてくださった。だから私は身体と命を捧げる以外にすることはありません」とイエスへの想いを語り、「たとえ死の一撃が感覚を鈍らせ、四肢を揺さぶろうとも、私のイエスを離さないという確信が慰めとなる」と歌います。アリアでは弦楽の刻みが「私」への恐ろしい打撃を思わせます。

今度はバス(レチタティーヴォ)が、「この世ではまだイエスに逢えない、でもこの人生を終えるときに、私は永遠にイエスを抱く」と述べると、ソプラノとアルト(二重唱アリア)が「急いでこの世から離れよう。天国で救い主を見るという、真の喜びを見出すのだから」と喜びに満ちた歌を歌います。

最後は冒頭のコラールの終節を歌って曲を閉じます。「あなた方、虚栄に満ちた空しきものどもよ、ただひたすら前に進め。イエスよ、あなたは私のもの、私はあなたのもの。私の命をあなたに委ねます。私が墓の中に横たえられるまで」。

那須田務
那須田務 音楽評論家 

ドイツ・ケルン音楽大学を経てケルン大学で音楽学科修士修了(M.A)。専門はピアノ曲やオーケストラ等クラシック全般だが、とくにバッハを始めとするバロック音楽、古楽演奏の...

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