レポート
2020.06.15
6月28日(日)まで練馬区立美術館にて

「ショパン—200年の肖像」美術と音楽、歴史から人間ショパンを紐解く!

“ピアノの詩人”と呼ばれた、ポーランド出身の作曲家フリデリク・ショパン(1810-1849)。その音楽の誕生から約200年もの間のあらゆる側面を紹介した「ショパン—200年の肖像」展を、音楽ライターの室田尚子さんがレポート!

室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

メイン写真:「第1楽章 わたしたちのショパン」展示風景

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ポーランドの英雄をテーマ別に展示

新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が延期になっていた練馬区立美術館の「ショパン—200年の肖像」62日にスタートしたこの展覧会に足を運ぶことができました。

場所は西武池袋線の中村橋駅をおりてすぐ。美術館の前は「練馬区立美術の森緑地」と名づけられた芝生の広場で、たくさんの動物たちの彫刻の間で子どもたちが遊んでいます。コロナで長い“巣ごもり”をしていた身には、青空とアートと子どもの声がなんだかすごく新鮮に思えます。そんな素敵な空間を抜けていよいよ美術館へ。

練馬区立美術の森緑地を抜けて、左手の階段をのぼって練馬区立美術館へ。

この展覧会は、2019年に日本とポーランドが国交樹立100周年を迎えたことを記念して企画されたもの。ショパンに関するあらゆる資料を一手に扱う「国立フリデリク・ショパン研究所」所属のフリデリク・ショパン博物館の所蔵品を中心に、ワルシャワ国立博物館、オランダ・ドルトレヒト美術館、また国内外の美術館や所蔵家から集められた絵画、ポスター、自筆譜、書籍、彫刻などが、テーマ別に「5つの楽章」に分けて展示されています。

練馬区立美術館の学芸員、小野寛子さんによると、ポーランドではショパンは「国を代表する英雄」と捉えられているそうで、そのため、現在に至るまでショパンをテーマにした数多くの芸術作品が生み出されている、ということです。

ショパンがインスピレーション源となった美術

第1楽章「わたしたちのショパン」は、そんな後世の画家によるショパンの肖像画やカリカチュア、彼の作品をテーマにした版画連作などを展示。

まず目を惹くのは、ヴワディスワフ・ヤールによる《ショパン。ヤールの14のオリジナル・エッチング》。ポロネーズ、ノクターン、ワルツ、即興曲などのおなじみの作品が、画家の想像力によって版画に表現されています。「なるほど」と大いに頷けるものもあれば、「この曲をそう見るのか」というものもあり、なんとなく、日本におけるマンガやライトノベルの二次創作を彷彿とさせるような……。

そう思っているうちに目に入ったのが、一つのテーブルで共に創作をするショパンとサンドを想像で描くマヤ・ベレゾフスカ(1898-1978)の《ショパンとジョルジュ・サンド》。これぞまさに”二次創作”! ふたりの私生活に無限の妄想が広がりそうです。

ショパンの演奏風景やジョルジュ・サンドとの関係を描いた現代作品を多数展示。写真上はアルヴィーン・フロイント=ベリアーニ(活動時期1922-1936)の《4人の人物に囲まれてピアノを弾くフリデリク・ショパン》、写真下はアントニ・ウニェホフスキ(1903-1976)の《ジョルジュ・サンドのサロンでのフリデリク・ショパン演奏会》。

他にも、各地のショパン音楽祭のポスター(ポーランドはグラフィック・アートの非常に盛んな国だそうです)のファッショナブルさには度肝を抜かれます。また、「日本におけるショパン受容」のコーナーでは、明治初期「音楽取調掛」の時代からショパンが日本人によって演奏されていることを知り、日本でなぜこれほどショパンが愛されるようになったのか、その秘密の一端に触れた気がしました。

この第1楽章は、展覧会全体の白眉といってもよく、わたしたち日本人の知らない「ショパン像」を知ることができる貴重な作品が数多く展示されています。

ショパン音楽祭のポスターの展示風景。
ショパン国際ピアノコンクールの歴代のポスターも展示されている。

当時の空気感を捉える

第2楽章「ショパンを育んだ都市ワルシャワ」は、ショパンの時代のワルシャワがどんな姿だったかを知ることができます。第3楽章は、ショパンが活躍したパリに焦点を当てた「華開くパリのショパン」で、同時代のパリで交友を持ったドラクロワをはじめとする芸術家たちの肖像や、当時の代表的な美術作品、そして、音楽ファンにとっては書籍などでおなじみのオペラ歌手やピアニスト・作曲家たちの肖像画が展示されています。

ショパンがパリで活動した時期は、ちょうどフランスの「七月王政」時代にぴったりと重なっています。それは、フランスにおけるロマン主義のもっとも熱い時期であり、その中心にショパンがいたということを、この第3楽章では感じることができました。

自筆譜の痕跡や左手像から想像する

クラシック・ファン垂涎の展示は、第4楽章「真実のショパン—楽譜、手紙—」第5楽章「ショパン国際ピアノコンクール」でしょうか。

特に第4楽章で展示されたショパンの《エチュード》へ長調作品10-8の製版用自筆譜は、これまで門外不出だったもの。

《「エチュードへ長調 作品10-8」自筆譜(製版用)》フリデリク・ショパン 1833年以前 インク・紙
国立フリデリク・ショパン研究所附属フリデリク・ショパン博物館蔵 photo:The Fryderyk Chopin Institute

ショパンはピアノを弾きながらアイデアをスケッチに書き留めると、下書きはせずにいきなり製版用の譜面を書いたそうで、この自筆譜には彼が一度書いた和音を書き直したり、ペダルを付け加えたりした跡をはっきりと確認することができます。それにしても、下書きがないとは思えないほど几帳面で美しい自筆譜に、ショパンという人の天才と性格を思わずにはいられません。

意外に小さいショパンの左手像(亡くなったときに型を取ったという、「デスマスク」ならぬ「デス手」!)の、第2関節から先がとても長い指を見ていると、エチュードやノクターンのメロディがどこからか聞こえてきそう……。

ちなみに、この左手像やデスマスクは、ショパンとサンドを悩ませたサンドの娘、ソランジュの夫クレザンジュ作。この辺りの人間関係のゴタゴタを頭に入れてからこれらの彫像を見ると、趣もひとしおかも!?

ジョルジュ・サンドの娘、ソランジュの夫であるクレザンジュによるショパンの左手像。
デスマスクとともに置いてあるのは、ショパンが使っていた呼び鈴。

展覧会のメインはここで終了ですが、番外編として、人気漫画『ピアノの森』に関する展示もあります。館内には常にショパンの楽曲が流れていて、とてもゆったりとした雰囲気の中展示を楽しむことができるこの「ショパン——200年の肖像」。美術ファンも音楽ファンも(そして漫画ファンも)楽しめる、とても充実した展覧会でした。

室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

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