楽聖の故郷で作られるベートーヴェンビール
京都産業大学外国語学部助教。専門は18世紀の文学と美学。「近代ドイツにおける芸術鑑賞の誕生」をテーマに研究し、ドイツ・カッセル大学で博士号(哲学)を取得。ドイツ音楽と...
ベートーヴェンは、ワインやビールをよく飲んでいた。1821年に彼を訪ねた英国のジョン・ラッセル卿は、次のように語っている。
ベートーヴェンは、酒場に行くことを日課にしていた。隅っこで、おしゃべりや騒がしい集会から離れて、彼は夕べのひと時を過ごしていた。ワインとビールを飲み、チーズと薫製ニシンを食べながら、新聞を読み耽っていた。
ジョン・ラッセル『ドイツ・オーストリア南部紀行―1820、1821、1822、1825年』310ページより
晩年のベートーヴェンは、毎日のように酒場を訪れていたという。夕べの1杯は、彼にとって、大切な安らぎの時間だったのだろう。
生誕地ボンには、ベートーヴェンの名を冠した醸造所がある。エンナート醸造所は、1997年から「ベートーヴェン醸造所」を名乗っており、ラベルには彼の肖像が描かれている。早速、2種類ほど取り寄せてみた。
1本目は、「郷土を愛する者(Lokalpatriot)」というビール。淡色のエールビールという点では、近郊の街ケルンのケルシュビールと似ている。しかし、醸造師はこれに「ボン独自のものを!」という強い願いを込めたようで、ラベルに「ケルン産ではない、ボン産である」と表記されている。たしかに、レモンスカッシュのように鮮烈な味は、すっきりとした味わいのケルシュと一線を画すものだ。
2020年は、ベートーヴェンの生誕250周年。2種類目のビールは、この記念すべき年のために作られた。ラベルの説明によれば、スタイルは「偉大なる自由」、味は「味覚のシンフォニー」。代表作のあの曲を思わせるキャッチコピーは、まさに、ベートーヴェンの功績を讃えるためのビールである。
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱付き》
これらのビールからは、ベートーヴェンが郷土の誇りとして愛され続けていることが伝わってくる。彼自身も郷土愛を抱いていたようで、幼なじみのヴェーゲラーに1通の手紙を送っている。
私の祖国。生を受けた美しい地域のことは、あなた方のもとを後にしたあの時のように、今でもはっきりと思い浮かべることができます。あなた方に再会し、父なるライン川に挨拶ができるなら、それは私にとって人生でもっとも幸せな出来事となるでしょう。
フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラー宛て、1801年6月29日、ウィーンより
22歳でウィーンへ旅立ったあとも、ベートーヴェンは故郷での生活やライン川の情景を懐かしく思い返していたようだ。まさに楽聖のルーツといえるボン。この街で作られたビールで、生誕250周年を祝いたい。
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly