読みもの
2023.04.01
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

アヴデーエワの音楽によるメッセージ/フォークトの遺作/《トゥーランドット》注目盤

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

ウクライナで起きている戦争への音楽のメッセージ

「復活の力」

ユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ)

収録曲
シュピルマン: マズルカ
シュピルマン:組曲《機械の生活》
ショスタコーヴィチ: ピアノ・ソナタ第1番Op.12
ヴァインベルク: ピアノ・ソナタ第4番ロ短調Op.56
プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ第8番変ロ長調Op.84
[キングインターナショナル KKPT-2001]

2010年第16回ショパン国際コンクール優勝者で、モスクワ生まれのユリアンナ・アヴデーエワの最新アルバムは、ウクライナで起きている戦争に対する彼女なりの思いを、音楽という形でメッセージしようとしているかのようだ。

映画『戦場のピアニスト』のモデルともなり、第二次大戦中にホロコーストの体験をしたヴヮディスワフ・シュピルマンの作品を起点に、ショスタコーヴィチ、ヴァインベルク、プロコフィエフと20世紀ロシアの作曲家たちのピアノ・ソナタが続く。そのいずれもが恐怖、絶望、不安、克服といった要素を秘めた作品ばかりである。

特にショスタコーヴィチ初期の「ソナタ第1番」は、その前衛的・破壊的な作風に驚かされる。プロコフィエフの「ソナタ第8番」は3曲ある「戦争ソナタ」のうち最大の作品だが、いま改めて最も真剣に耳を傾けるべき作品だろう。

思いのこもった演奏ともども、アヴデーエワ自身による楽曲解説も読みごたえがある。「ピアノは持ち主の最も身近な友で、心の奥底の感情と秘密の番人になると私は信じます」という言葉が印象に残る。

DISC 2

演奏家が人生のすべてを集約させた遺作

「シューベルト:ピアノ三重奏曲集、アルペジオーネ・ソナタ、ノットゥルノ、ロンド」

クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)/ターニャ・テツラフ(チェロ)/ラルス・フォークト(ピアノ)

収録曲
ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 D 898 Op.99
ノットゥルノ D 897 Op.148
ロンド D 895 - ヴァイオリンとピアノのために
ピアノ三重奏曲 第2番 変ホ長調 D 929 Op.100
アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D 821 - チェロとピアノによる
[ナクソス・ジャパン NYCX-10376]

シューベルトの音楽を愛する人にとって、どうしても避けて通ることのできない重要な作品として、「ピアノ三重奏曲第1番」と「第2番」を忘れてはならない。どちらも1827年、晩年の名作である。

この2枚組が特別なのは、2022年9月4日に病没した名ピアニスト、ラルス・フォークトの遺作となっていることである。本作のライナーノートには、レコーディングを振り返るターニャ・テツラフとクリスティアン・テツラフの兄妹による対談が収められている。そこに紹介されているが、フォークトは「今、私もこの奇跡の中にひたっている。すべてのことが――すくなくとも私の人生において――このピアノ三重奏曲変ホ長調(第2番)に向かって発展してきたのだと思える」「これを成し遂げたから、この三重奏曲を録音したから、もう逝くことができる」と述べたのだという。

そう、これは演奏家が人生のすべてを集約させたと言っても過言ではないくらいに、密度の濃い音楽である。聴き始めたら最後、一気に引き込まれる素晴らしい演奏だ。歌に満ちた長調ののどかな楽曲の向こうにある恐ろしい苦しみにまで想像力を働かせるということ、室内楽にこんなにも豊かな抑揚のある深い世界が広がっているということが、1人でも多くの聴き手に伝わっていくことを願わずにはいられない。

DISC 3

スーパー・テノール、カウフマンによる〈誰も寝てはならぬ〉の名唱

「プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》全曲」

ソンドラ・ラドヴァノフスキ(ソプラノ)(トゥーランドット姫)
エルモネラ・ヤオ(ソプラノ)(リュウ)
ヨナス・カウフマン(テノール)(無名の王子【王子カラフ】)
マイケル・スパイアーズ(テノール)(皇帝アルトウム)
サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
指揮:アントニオ・パッパーノ


収録曲
歌劇《トゥーランドット》(全曲)
[ワーナーミュージック・ジャパン WPCS-13842/3]

来年2024年は作曲家ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)の没後100年。早くも決定的な注目盤が登場した。最晩年に未完のまま残されたオペラ《トゥーランドット》は、当時の最も優れた作曲家の一人だったフランコ・アルファーノによる補筆完成版が知られているが、初演指揮者トスカニーニはそれを不服として約100小節にわたるカットをおこなった。渋々それに従ったアルファーノだが、今回世界初レコーディングされたのは、そのカット前のオリジナル版による全曲盤である。

ラストシーン近く、カラフの熱い愛によって、氷の心をもつ残虐なトゥーランドット姫の心が溶けていくプロセスを丁寧に描いているのが特徴で、これはこれとして非常に説得力のある補筆版となっている。

主役カラフを歌うスーパー・テノール、ヨナス・カウフマンの歌唱は比類ない力強さで、名アリア〈誰も寝てはならぬ〉の迫力には誰もが圧倒されることだろう。現代屈指のオペラ指揮者でもあるパッパーノによる長文解説も、愛情と洞察に満ちた読み物となっている。コロナ禍で取り組まれた苦難の末のレコーディングであることも感慨深い。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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