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2024.01.06
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

幻の国産古楽器「ミニピアノ」で聴く小品たち。レトロな音色で幻想的な世界に遊ぶ

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。1月は、フォルテピアノ奏者・川口成彦による幻の楽器「ミニピアノ」の録音、室内楽における活躍ぶりから目が離せない﨑谷直人が沼沢淑音と組んだブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲、エマーソン弦楽四重奏団が47年間の演奏活動にピリオドを打ったラスト・アルバムが選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

選曲から録音、アートワークまで通ずる必然性

「おはよう ミニピアノとの出会い」

川口成彦(ミニピアノ)

収録曲
ハイドン: アレグレット Hob. XVII:10
シューマン: 冬の時 I op.68-38
スクリャービン: 前奏曲 op.74-4
ヤナーチェク: 彼女らは燕のように喋り立てた
マグダウエル: 野薔薇に寄せて op.51-1
グリエール: 夜 op.43-5、マズルカ op.43-3、ロンド op.43-6、涙
バルトーク: アンダンテ Sz 38-3、バグパイプ Sz 105-6
ハイドン: アダージョ (『パルティータ Hob.XVI:6』より)
ロドリーゴ: ロス・レィエスのマリア、金髪の妖精の歌
グラナドス: パストラル
スクリャービン: 前奏曲 op.11-15
ショパン: マズルカ op.7-4、春
イベール: 陽気なぶどう作り、そりに乗ってひとまわり、星たちの子守唄
D. スカルラッティ: ソナタ K. 330
アルカン: 前奏曲 op.31-1、前奏曲 op.31-17
シベリウス: ポプラ op.75-3
ニールセン: 操り人形 op.11-4
シューマン: シェヘラザード op.68-32、ロンド op.68-22
ダンディ: シューマニアーナ op.30-3
プーランク: スタッカート FP65-6
アルカン: 子守唄 op.31-21、小さな歌 op.63-42、レガーティッシモ op.63-3
J. S. バッハ: ラルゴ (『協奏曲 BWV 973』より)
山田耕筰: おはよう

使用楽器:
ピアネット(大正12年頃) 49鍵、ミニピアノ(昭和5年頃) 40鍵、ミニピアノ(昭和23年頃) 40鍵、マスコットピアノ(平成7年頃) 49鍵
[ナクソス・ジャパン MUSIS04]

幻想的でレトロな音色に一気に魅せられた。

このレコーディングで使われたのは、大正末から昭和前半にかけて日本独自に作られた4種の「ミニピアノ」。いわゆるトイピアノとは違い、独自のメカニックによる本格的な構造を持つために、製作に手間がかかり、販売数も思うように伸びず、わずかな生産のみで歴史から消えていった、ガラパゴス島の絶滅種のような珍しい国産鍵盤古楽器である。

このアルバムは、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位(2018年)受賞を機に、フォルテピアノ演奏家として活躍する川口成彦が自主レーベル「MUSIS」からリリースしたもの。響きの豊かさや楽器の発するノイズを鮮明に捉えて非日常性を醸し出した録音のセンス、個性的な楽器の写真を盛り込んだ紙ジャケットのアートワーク、すべてが「CDでなければならない」必然性を感じさせる。

選曲と構成も凝っている。ハイドン、シューマン、スクリャービン、ヤナーチェク、グリエール、バルトーク、ロドリーゴ、グラナドス、ショパン、シベリウス、ニールセン、アルカン、山田耕筰らの珍しい小品が並ぶ。曲ごとの変化を表情豊かに描き出す演奏も素晴らしく、光と影のようにうつろいゆく世界を感じさせる。

DISC 2

弱音の美しさと濃さ。聴き手を音楽の内側へいざなう

「ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全3曲」

﨑谷直人(ヴァイオリン)
沼沢淑音(ピアノ)

収録曲
ブラームス
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 Op.78 《雨の歌》
ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100
ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.108
[フォンテック FOCD9893]

徹底的に考え抜かれた、一音たりともおろそかにしない、何と内面的なブラームスだろう。

神奈川フィルのソロ・コンサートマスターを2014年より8年間つとめ、現在は全国のオーケストラに客演コンマスとして出演するヴァイオリニスト﨑谷直人。その室内楽における活躍ぶりは、常に高いクオリティで目を見張らされるものがある。彼が第1ヴァイオリンをつとめるウェールズ弦楽四重奏団のベートーヴェンは、新作がリリースされるのがいつも待ち遠しい。2024年にはサントリーホールのチェンバーミュージック・ガーデンで全曲演奏会が披露されることになっているのは、その評価の表れだ。

今回のブラームスも、期待通りの、いや期待をはるかに上回る素晴らしさである。とくに弱音の美しさ、濃さ。いたずらに朗々と歌い上げる外面性ではなく、常に音楽の内側へと聴き手をいざなってくれるような、誠実さがここには感じられる。

ピアノの沼沢淑音(よしと)は、モスクワ音楽院出身でヴィルサラーゼらに学び、名だたる国際コンクールでも上位入賞を果たしてきた名手。このブラームスでは、﨑谷との解釈の方向性が深いところで一致し、繊細でしっとりとした自然な演奏が印象的。今後は二人のデュオがどのように展開していくのかも楽しみだ。

DISC 3

喪失や悲しみが深く心に届くアルバム

「INFINITE VOYAGE - 終わりなき航海」

エマーソン弦楽四重奏団
バーバラ・ハンニガン(ソプラノ)
ベルトラン・シャマユ(ピアノ)

収録曲
パウル・ヒンデミット:メランコリー Op.13
アルバン・ベルク:弦楽四重奏曲 Op.3
エルネスト・ショーソン:終わりなき歌 Op.37
アルノルト・シェーンベルク:弦楽四重奏曲 第2番 嬰へ短調 Op.10
[ナクソス・ジャパン NYCX-10442]

47年間にわたる演奏活動を終えて、2023年10月で解散したエマーソン弦楽四重奏団のラスト・アルバムは、ヒンデミット、ベルク、ショーソン、シェーンベルクの作品を組み合わせ、現代作品の演奏において比類ない活躍を続けるソプラノ、バーバラ・ハンニガンらが3作で参加した充実の内容となっている。

冒頭のヒンデミット《メランコリー》(モルゲンシュテルン詩)は、第一次大戦に従軍して戦死した友人に捧げられた美しい作品。そこからベルクの「弦楽四重奏曲」の濃密な響きへのつながりは、強い必然性を感じさせる。ショーソン《終わりなき歌》(クロス詩)は事故死を遂げた作曲家の生前最後の作品で、ピアノのベルトラン・シャマユも参加。恋人を失った女性の自殺への思いが歌われる。最後を飾るシェーンベルク「弦楽四重奏曲第2番」(ゲオルゲ詩)は、この流れで聴くと、後半の2つの楽章でソプラノが入ってくる特異な編成が自然なものと感じられてくる。緊密で彫りの深い合奏、そしてハンニガンの情感あふれる歌は素晴らしい。

全体のトーンは、戦争や突然の事故、愛の喪失、悲しみと死、といった要素によって貫かれており、無調か調性音楽かという議論など忘れてしまうくらいに、これは心に深く届く体験たりうる、そして何度もじっくりと繰り返し聴きたくなるアルバムである。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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