【林田直樹の今月のおすすめアルバム|最終回】夜の静けさに寄り添うフィリップ・グラスのピアノ作品集
林田直樹さんが、今月ぜひ聴いておきたいおすすめアルバムをナビゲート。 今月は、83歳のグラスが自宅で録音した静かなソロ・ピアノ、フォルテピアノでメンデルスゾーン姉弟の魅力を掘り起こすパシチェンコの1枚、そしてルイージとN響が初めて取り組んだブルックナー8番(初稿)のアルバムが選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
Recommend 1
フィリップ・グラス、孤高のピアノ作品集
フィリップ・グラス:ソロ
収録曲
フィリップ・グラス:
1. Opening (5:57)
2. Mad Rush (16:35)
3. Metamorphosis I (7:25)
4. Metamorphosis II (7:31)
5. Metamorphosis III (6:17)
6. Metamorphosis V (5:29)
7. Truman Sleeps (4:39)
音楽配信サービス、および輸入盤のみのリリース(2024年)だったため、まだ多くのファンが気づかないままとなっている、アメリカの人気作曲家フィリップ・グラスの最新アルバム。
これは、当時83歳のグラスがコロナ禍のロックダウンの際に自宅に引きこもり、お気に入りのボールドウィンのグランドピアノを弾いたもの。収録曲の多くは名盤「ソロ・ピアノ」(ソニーより1989年リリース)と重複しているが、今回の演奏は、よりゆったりとした印象を与える。
ラスト曲の「トゥルーマン・スリープス」は映画「トゥルーマン・ショー」(ピーター・ウィアー監督/1998年公開)からのもので、そのメロディは一度聴いたら忘れられないほど叙情的で美しい。
これらのピアノ曲は、現代人の誰しもが体験しうる、病んで引きこもっている精神状態を、限りない優しさで慰撫してくれる。眠れない夜のための音楽としても最適である。
Recommend 2
パシチェンコが奏でるメンデルスゾーン姉弟の無言歌
誰の無言歌? フェリックス・&ファニー・メンデルスゾーン作品集
収録曲
フェリックス・メンデルスゾーン[1809-1847]:
狩りの歌~無言歌集 第1巻 Op.19b-3
不安~無言歌集 第1巻 Op.19b-5
瞑想~無言歌集 第2巻 Op.30-1
安らぎもなく~無言歌集 第2巻 Op.30-2
慰め~無言歌集 第2巻 Op.30-3
さすらい人~無言歌集 第2巻 Op.30-4
ヴェネツィアの舟歌 第2~無言歌集 第2巻 Op.30-6
ファニー・メンデルスゾーン[1805-1847]:
アンダンテ~ピアノのための4つの歌 Op.2-1
ミルズ荘~ピアノのための4つの歌 Op.2-3
フェリックス・メンデルスゾーン:
失われた幸福~無言歌集 第3巻 Op.38-2
ゴンドラの歌(舟歌)
情熱~無言歌集 第3巻 Op.38-5
葬送行進曲~無言歌集 第5巻 Op.62-3
ヴェネツィアの舟歌 第3~無言歌集 第5巻 Op.62-5
春の歌~無言歌集 第5巻 Op.62-6
ファニー・メンデルスゾーン:
アレグロ・ヴィヴァーチェ~ピアノのための4つの歌 Op.6-2
おお、青春の夢よ、黄金の星よ~ピアノのための4つの歌 Op.6-3
ローマのサルタレッロ(タランテッラ)~ピアノのための4つの歌 Op.6-4
フェリックス・メンデルスゾーン:
失われた幻影~無言歌集 第6巻 Op.67-2
羊飼いの嘆き~無言歌集 第6巻 Op.67-5
紡ぎ歌~無言歌集 第6巻 Op.67-4
ファニー・メンデルスゾーン:
アレグロ・モデラート~ピアノのための4つの歌 Op.8-1
アンダンテ・コン・エスプレッシオーネ~ピアノのための4つの歌 Op.8-2
レーナウの歌~ピアノのための4つの歌 Op.8-3
さすらいの歌~ピアノのための4つの歌 Op.8-4
フェリックス・メンデルスゾーン:
家もなく~無言歌集 第8巻 Op.102-1
タランテッラ~無言歌集 第8巻 Op.102-3
ヴェネツィアの舟歌 第1~無言歌集 第1巻 Op.19b-6
飛翔~無言歌集 第4巻 Op.53-6
ファニー・メンデルスゾーン:
夜想曲 ト短調
[ナクソス・ジャパン NYCX-10514]
名門アルファ・レーベルの看板アーティストのひとり、オルガ・パシチェンコ(来日公演は終わったばかり)は、オランダを拠点としつつ、オルガン、チェンバロ、フォルテピアノ、モダンピアノによって、バッハからリゲティに至るまで幅広いレパートリーを持つ鍵盤楽器奏者。師匠のアレクセイ・リュビモフも認める実力者である。
アルバムのタイトルの原題は「Guess who?」(だーれだ?)。メンデルスゾーン姉弟の無言歌を中心とした小品を巧みに選曲・構成した内容で、弟フェリックスのみならず、姉ファニーがどれほど作曲家として優れていたかも実感させてくれる。もちろん「紡ぎ歌」「狩人の歌」「瞑想」「春の歌」、3つの「ヴェネツィアの舟歌」などの人気曲もたっぷり盛り込まれている。
二人が存命中に製造されたコンラート・グラーフ1836年製フォルテピアノの響きは、淡く明るいパステル画のよう。パシチェンコの演奏は軽やかなタッチと柔軟なリズムが特徴で、ここぞというときの甘くロマンティックな旋律の歌わせ方も素晴らしく、最上のピアノ・アルバムとして楽しめる。
Recommend 3
ブルックナー交響曲第8番初稿、ルイージ×N響の熱演
ブルックナー:交響曲第8番(初稿/1887年)
NHK交響楽団
収録曲
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調WAB108
(初稿/1887年)
[オクタヴィアレコード Exton OVCL-00868]
いよいよ、首席指揮者ファビオ・ルイージとN響によるレコーディングが、オクタヴィアレコードからリリースされ始める。本アルバムはその第一弾。
ドイツ・オーストリア音楽を得意とするN響の歴史において、ブルックナー8番の初稿を演奏したのは今回(2024年9月定期公演)が初めて。これまでサヴァリッシュ、マタチッチ、ヴァントといった巨匠たちとN響が演奏してきた従来のブルックナー8番とは著しく異なる音楽がここにはある。
来るべきところでティンパニの強打が来ない不思議なフェイント感。意外なところで急に盛り上がる驚き。まるで必要な数をカウントしているかのようなしつこい念押し。あっけないまでの率直な終わり方。いつもながら、この初稿を聴いていると、第8交響曲という高い山を別の斜面から登攀しているような気持ちになる。
ルイージの指揮は、情熱的でありながら明晰でもある。第3楽章の弦の歌い方は内声がくっきりと浮き出ているし、第4楽章の金管群の引き締まったリズムなど、とても説得力がある。初稿の魅力へのルイージの信念を伝える熱い演奏だ。
ブルックナーが同じ交響曲を何度も改訂し、少しずつ異なる姿を作り上げていった過程。それぞれの版のよさがあるという事実。これは単にブルックナー・オタクだけの問題ではない。ある芸術作品の「真正な姿」とは何か? というテーマを投げかけてくる。
今後のルイージとN響のさらなるリリースも楽しみである。
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