読みもの
2020.09.25
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第28話

ベートーヴェンの日記に“こうべを垂れる稲穂”の格言? インドからの影響とは

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

メイン写真:カリーブルスト 撮影:筆者

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稲刈りのシーズン。つやつやの新米が食卓にのぼる日が楽しみな今日このごろ。

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田んぼは一面、黄金色。小さかった苗が、太陽を浴び、雨風や外敵をしのいで育ち、たっぷりと実りをつけて穂先を揺らす。

その姿を見ると、「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」という格言が思い浮かびます。

以前、『ベートーヴェンの日記』(岩波書店)を読んでいたら、これとそっくりの記述が出てきました。

木々はたわわに実った果実によって頭を垂れる。雲は恵みとなる雨に満たされると、低くたれこめる。人類に幸をもたらす者も、己の富を誇りはしない

——メイナード・ソロモン 編、青木やよひ 訳、久松重光 訳『ベートーヴェンの日記』(2001年/岩波書店)より

これはベートーヴェン自身の言葉ではなく、彼がインドの戯曲から引用して書き写した一節だそうです。

当時のドイツの知識人の間では、インド学が教養として流行していました。イギリスのインド支配が進むなか、インドの文献が次々と翻訳されたことで文学や思想がヨーロッパに紹介され、ゲーテやショーペンハウアー、ニーチェらも影響を受けたことが知られています。

ベートーヴェンもまた、そうしたインドの思想から刺激をうけました。彼が42歳となった1812年から6年間つけていた日記には、聖典「リグ・ヴェーダ」や「バガヴァッド・ギーター」からの引用、さらにはインド音階のメモまで記されているのでした。

ところで、ドイツでカレー粉が一般に広まったのは、20世紀になってから。

真偽のほどは定かでないながら、「イギリス軍の食品を運搬していた飛行機が、ミスしてナチの部隊にカレーパウダーが入った荷物を落としてしまって、それからナチがカレーパウダーをポテトチップスにかけて食べはじめたのがきっかけ」という説があるそうです[水野仁輔著『幻の黒船カレーを追え』(小学館)より]。

そして戦後、いまではドイツの国民食となっているカリーヴルスト(ソーセージにケチャップとカレー粉をかけたもの)が生まれた、とのこと。

そのため、もちろん、ベートーヴェンはインドカレーを食べたことがなかったはず。好奇心旺盛な彼のこと、複雑なスパイスのハーモニーに出会っていたらきっとはまっていただろうにと、勝手に想像しています。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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