三島由紀夫・原作のオペラ「金閣寺」を宮本亜門オリジナルで演出!
三島由紀夫の原作を、黛敏郎がオペラにした「金閣寺」。三島を敬愛し、過去に演劇でも取り上げた題材を、宮本亜門さん独自のオペラとしてどう演出したのか、林田直樹が深掘りします。
この日本オペラの代表作をドイツ語上演したフランス公演が2018年3月に終わり、2019年2月の日本公演を控えたタイミングでの対談は、必読です!
黛敏郎の「金閣寺」に歩み寄る
林田 この3月、4月には、二期会とフランス国立ラン歌劇場との共同制作で、黛敏郎のオペラ「金閣寺」を亜門さんの新演出で、ストラスブールとミュールーズの2都市で、フランス初演されましたね。
以前、亜門さんはNYのリンカーンセンターで「金閣寺」の芝居バージョンを演出されたこともありました。昔から三島由紀夫へのこだわりもあったと思うのですが、今回、黛敏郎のオペラ版は、亜門さんにとってはどうでしたか?
亜門 大変、楽しく演出させてもらいました。「金閣寺」にはいろいろあって、原作以外に、市川雷蔵がやったときの映画版(市川崑監督「炎上」/1958年)、それからカラー版の映画「金閣寺」(高林陽一監督/1976年)もあったり、映画化もいくつかあるんですが、どれもまったく違う視点なんですね。
原作はもともと長編私小説で、主人公の溝口が、自分の内面をメインに語るように作られています。そこにいろんな和尚だとか人物が出てくるものの、要するに彼の内面の葛藤ばかりなんです。そうなると結局、読む人や、映画化する、舞台化する人たちによって、まったく違う視点で見ることができてしまう。言い換えればそれだけ、ある意味許容範囲が広く、イマジネーションが広がりやすい作品なんです。
だから、クリエーターが興味のあるところに作品を近づけることができる。なので、黛さんの「金閣寺」は、実にお経が多い。お経が主役と言っても過言ではない。
林田 ああ、そうですね。
亜門 それも巨大な力をもったお経。これは僕の芝居版には一切出てこないものだったんです。それに、コーラスたちが、能楽の謡いや、ギリシャ劇のコロスと同じような役割で、あるときは金閣のこと、あるときは溝口の内面などを説明をしながら、舞台上にずっと存在しているんです。
林田 語り部みたいな?
亜門 そう。だから今回の演出は、これまでのいろいろなオペラ「金閣寺」の演出の中でも、もっともコーラスを主役にしていると言えるでしょう。とにかくコーラスが忙しいくらいに歌い、動く。袖では歌わせず、舞台上で歌わせたかった。
これは至難の業だけどやってみようと。それが今回自分が一番最初に決めた条件ですね。なぜなら、それこそ黛敏郎さんが一番表現したかったことだと思ったからです。
林田 なるほど。
亜門 最後の放火をするときに出てくるお経は、もとの小説にはまったく登場しなかったものを、黛さんが入れたんです。宗派が違うのに。
林田 宗派が違うのに?
亜門 ええ。それは「涅槃交響曲」から持ってきた。黛さんはその前に「涅槃交響曲」を作曲していたこともあって、お経が世界に誇る音楽だと思われていたんでしょう。そこにピタッと「金閣寺」がはまって、オペラ化を構想したのだと思います。
林田 まさに黛版の「金閣寺」ですね。
亜門 その通りです。僕も芝居化する際に、小説にこだわって創りすぎたので、今回はあえて、黛版の「金閣寺」をどうするかっていうことにギアチェンジしない限り、これは演出できないなと思いました。
林田 三島の原作はさておき、黛に歩み寄ったわけですね。
亜門 おかげで、大変勉強になりました。お経が溝口にとって、真実に見える瞬間もあれば、嘘に見える瞬間もある、という演出でやろうと思ったわけです。
林田 和尚が欺瞞に満ちた存在だったというのが原作に出てきますよね。黛にとって、お経とは魅力的でもあり、悪魔的でもあるようなものだったんでしょうか。
亜門 特に最後に挿入されたお経は、見事としか言いようのないカタルシスに満ちています。拍子の変化もとても難しくて、歌うほうも指揮をするほうも必死でした。それくらい難曲ではあるものの、あれを聴いていると、もう、聴く者も、歌う者の、異様な高揚感というか、次元を越えていくトリップ感があるんです。
日本の作曲家の作品を、フランスでドイツ語上演する
林田 これまで亜門さんは(現代音楽をリードする中国の作曲家)タン・ドゥンの《TEA》をアメリカのサンタフェ・オペラでやったり、モーツァルトの《魔笛》はオーストリアのリンツ州立歌劇場でやったりされたじゃないですか。でも今回はフランスで、日本の作曲家の作品をドイツ語で上演するというケースだったわけですよね。
亜門 フランス人は変わった表現に対してさほど抵抗がない、むしろ、美しくもあるが、かつ考えさせてくれという、今までにない感性に惚れるのではと思いました。そういう何とも言えないフランスらしい面白さを演出していて感じました。ドイツだと全部血だらけで生臭くやるとか、全て剥き出して素っ裸になって粉が吹いているような、大胆で極限を超えるものや、哲学的ゆえに難解なのが好きな方が多いですが、それとはまた少し違う感じを受けました。
林田 (笑)
亜門 国によって全部違うじゃないですか、オペラの面白みが。だからあえて、日本人の演出家だからという枠を全部外させてもらおうと思って。一緒にいたスタッフも誰一人日本人はいないし、ユダヤ人だったり、ポーランド人だったり、全部がバラバラで。
だから、まるで僕は日本人だからこれがわかっているみたいな態度は通じませんし、むしろ彼らと一緒に作り上げ、フランス版の新たなオペラ「金閣寺」を創りました。
もともとはベルリン・ドイツ・オペラのために作られたものだったわけです。ある意味ドイツ・オペラらしい感覚は強い。もともとざらついた凄みみたいなものが力強く押し寄せてくる。これでもかというくらいに。
しかし、三島自身を考えたときに、彼が一番好きだったのはフランス文学です。ラディゲとかサドとか。あの三島の美意識——醜悪なものと、高貴で聖なるものの対比の感覚というのは、とてもフランス人に合うんじゃないかと。
林田 確かに近いですね。
亜門 僕が三島のなかに共鳴するのはそこなんですよね。そういう感覚を、自分なりに入れ込んじゃおうと思ったんです。それをどういうふうにフランス人が見てくれるか。音はすごくドイツ的なんだけれども、色使いだとか、バランスだとか、その中に出てくるあるカラフル感も含めてなんだけど、ただただ無機質なドイツ系にはしなかったんです。
黛のお経の音楽と三島の執着
亜門 実は主人公の溝口も、一人だけではなくて、分身を置いたんです。言葉をしゃべらない、歌わない役者を。つまり、主役は二人いるんです。
林田 それはオペラにはなくて、今回のプロダクション用に?
亜門 そんなの知ったら黛さんも驚かれるだろうな(笑)。僕にとってはチャレンジングでしたが、これは元のオペラが、やや説明過多なんです。お経以外は、説明が多い。
林田 つまり、黛さんはお経が一番やりたかった?
亜門 あとは説明しないと、話の展開が不思議なところも多く、小説を読んでない人から見るとわかりにくい点もあるからでしょう。初めてだと観客も流れを追いかけるだけで必死になり、その細かい心情まで掴みづらい。
だから説明を説明っぽくせずに、このお経が単なるお経ではなく、きちんと、すべてがストーリーリンクしているというふうにやりたかった。ああでもないこうでもないと悩みながら、原作にはないようなシーンも入れて。
林田 亜門さんは昔から仏教美術がお好きだったじゃないですか。亜門さんなりの仏教の世界に対する思いがあったと思うんですけど。そこに黛さんが新しい刺激をもたらしたということは?
亜門 仏教の言う悟りへの道という点で、溝口は、執着を捨てるべきだとわかっていても、ますます彼は執着してしまう男だという点が再認識できたのは面白かったかな。仏教がずっと言っているのは、中道になれと。つまり執着をするな、平常心を保てと。
ところが三島は執着で生きた男です。三島はこんな作品を作りながら、俺は執着で生きるぞと言ってると僕は思うんです。溝口はそれだから火をつけるんですよね。あの人は中道にむしろ背を向けた。
林田 執着しまくって、金閣に火をつけてしまうと。
亜門 溝口と対峙する役として柏木がいるのですが、まずは認識を軸として考えろ、そうすれば中道へと近づくと、言われれば言われるほど、溝口は返って「嘘くさい。悟るものか!」と思うところが面白いですね。三島の「金閣寺」を読んでみると、三島さんは自分の将来の生き方をここで明確に決めていったんじゃないかという気がするぐらいです。三島さんは基本的に仏教を信じていない。執着を取り除くことをしようとは、彼自身していないですね。
林田 黛さんにとってのお経って、平常心になりなさいじゃなくて、もっと煩悩しろの音楽という感じがしますよね。破壊力があるし。
亜門 だから宗派も何も関係なく、最後にあのお経を入れたんじゃないでしょうか。このオペラ、穏やかなシーンがないんですよ。お願いだから少しは呼吸させてよっていうくらいに(笑)。と思うと、米兵が来るときだけ、バーンスタインの「オン・ザ・タウン」のようなリズムがあるけれど、あとは……ないです。
林田 その世界に覚悟して没入するしかないオペラだということですね。
亜門 そうですね。だけど没入しすぎると単なる興奮で終わってしまい、興奮ゆえに金閣寺を燃やしたことになる。そういう意味では、溝口が歌手と役者と二人いることによって、表現に客観性が出るようにしました。
林田 反応はどうでした?
亜門 内面のことを語っているオペラと思ってくれたのがよかった。回想で始まるということで、いびつな世界なんだけれども、夢の中にもっていった。メイクも不思議だったり、色で人間を分けたりと。彼らは、日本の瞑想だとか、静けさもあったというんです。音は激しいんだけど。それを聞いて嬉しかったですね。
亜門さんと初めてお会いしたのは、いまから28年前のことになる。以来、仕事やプライヴェートで、さまざまな局面でご一緒させていただいてきた。今回、対談取材という形で改めてゆっくりお話をうかがうことができ、とても楽しかった。
いまのミュージカルやオペラの制作現場のエピソードや問題点、指揮者とのデリケートな関係、フランスで上演されたばかりの黛敏郎「金閣寺」、原作の三島由紀夫のことなど、どれも興味深い話ばかり。繊細で誠実で、曇りのないエネルギーをたくさんいただいた。それは芸術にはなくてはならないものでもある。
近年は海外でのオペラ演出の機会が増えている亜門さん。来年2月の二期会での黛敏郎「金閣寺」の上演はもちろんのこと、今後どんな新しくワクワクするような国際的なコラボレーションが展開されていくのか、ますます目が離せない。
——林田直樹
2018年3~4月のフランス国立ラン歌劇場・ストラスブール/ミュルーズ公演についての動画。指揮はポール・ダニエル、管弦楽はストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団、出演はSimon Bailey、Paul Kaufmann、志村文彦、嘉目真木子ほか
フランス公演にも出演した嘉目真木子のインタビュー動画
指揮: マキシム・パスカル
原作: 三島由紀夫
台本: クラウス・H・ヘンネブルク
作曲: 黛敏郎
演出: 宮本亜門
日程: 2019年2月22日(金)、23日(土)、24日(日) 3回公演、ダブルキャスト
会場: 東京文化会館 大ホール
出演: 溝口…宮本益光、道宣和尚…志村文彦、女…嘉目真木子
舞合唱…二期会合唱団、管弦楽…東京交響楽団 ほか
問い合わせ: 東京二期会チケットセンター Tel.03-3796-1831
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