ベートーヴェンとヴィーナー・ノイシュタット拘留事件
年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第21回は、先週に引き続き高級避暑地バーデンでのエピソードを紹介します。散歩をささやかな楽しみとしていたベートーヴェンでしたが、24キロ歩いたのち、不幸な出来事に見舞われます。
神戸市外国語大学教授。オーストリア、ウィーン社会文化史を研究、著書に『ウィーン–ブルジョアの時代から世紀末へ』(講談社)、『啓蒙都市ウィーン』(山川出版社)、『ハプス...
気分転換の散歩で遠くまで行きすぎたベートーヴェンの行く末
1822年、ベートーヴェンはバーデン滞在中にふたたび逮捕の憂き目をみている。このころには完全に聴力を失い、人付き合いを避けていたベートーヴェンは、バーデン近郊の平原を数時間から半日にわたって散策するのをささやかな楽しみにしていた。
この日は午前中にバーデンを発って約24キロを歩き、夕刻近くには隣町ヴィーナー・ノイシュタットにたどり着いた。健脚を自負したベートーヴェンも、これほどの距離を歩き切ったあと、さすがに疲労困憊したようだ。
ところが、市門付近の民家の塀に身をもたせて休んでいたところ、あろうことか家の住人によって不審者として通報されたのである。
当時の一般的なマナーでは、男性は外出時に帽子をかぶるのが常識とされていた。ベートーヴェンが服装に無頓着だったことは周知の通りだが、着古した上着にシャツの胸元を乱し、しかも無帽だったことが、人びとを警戒させたと伝えられている。
ベートーヴェンが警察で身元を尋ねられて名乗ったところ、首都ウィーンで著名な大作曲家がこのように物乞い同然の身なりをしているわけがないとして、だれひとり信用する者はなかった。
翌日、当地の音楽監督アントン・ヘルツォークが噂を聞きつけて警察署に出向き、紛れもないベートーヴェン本人が不当な罪に問われて拘留されたことに激昂し、即時に釈放させたという。ヘルツォークはベートーヴェンに対して厚い敬意を払い、その日は彼を自宅に泊めて歓待した。
さらにその翌日、ことの顛末を知ったヴィーナー・ノイシュタット市長が謝罪に訪れ、ベートーヴェンは市長が仕立てた立派な馬車に乗って意気揚々とバーデンに帰来したのであった。
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