インタビュー
2026.05.31

「映画が流れるたび、音楽が生まれる」“映画狂”ピアニスト、ドゥルセの即興演奏

映画を観ながら、その場で音楽を生み出す……ラ・フォル・ジュルネ TOKYOに出演したフランスのピアニスト、ジャン=バティスト・ドゥルセは、小津安二郎や黒澤明、アニエス・ヴァルダらの映画に寄せた即興演奏で聴衆を魅了した。
2019年ロン=ティボー国際コンクール第4位の実力派で、“映画狂(シネフィル)”としても知られるドゥルセ。譜面に縛られない自由な演奏は、どのように生まれるのか。映画への偏愛から、幼少期の即興教育、舞台上で起きる「一期一会」の音楽まで語ってもらった。

取材・文
小田島久恵
取材・文
小田島久恵 音楽ライター

岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...

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今年も5月3日から5月5日に有楽町の東京国際フォーラムでラ・フォル・ジュルネTOKYOが開催され、ピアニストのジャン=バティスト・ドゥルセが来日した。

2024年に小津安二郎の無声映画とともに鮮やかな即興を奏で、今回も映画に寄せるユニークな即興演奏と、即興ではないフォーレとショパン、グラナドスとトゥリーナの室内楽を聴かせた。2019年のロン=ティボー国際音楽コンクール第4位(および聴衆賞)で、国際的な評価はすでに得ているものの、日本での知名度はまだそれほど高くない。ドゥルセの魔法の指から零れ落ちるピアノの奇跡の、その秘密にインタビューで迫った。

映画愛から生まれる即興演奏

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——2024年のラ・フォル・ジュルネで、ドゥルセさんの小津安二郎映画に寄せた即興演奏を聴いて、これは素晴らしい! と大変驚きました。今回は映像ではなくスチール写真からイメージした、溝口健二監督の『楊貴妃』、アニエス・ヴァルダ監督の『幸福』、黒澤明監督の『白痴』など9つの映画に寄せた即興を聴かせてくださいました。本当にその場に降りてくるインスピレーションで弾いているように見えました。

ドゥルセ ベルイマン監督の『ファニーとアレクサンデル』ではコラールを入れようと事前に考えていましたが、それ以外は本当に自由に弾かせていただきました。黒澤さんの『白痴』では、自分でも何をやるのかわからない状態で……『楊貴妃』『白痴』『裸の島』は3本とも日本映画なのですが、だからといって似たテイストにはしたくなかったんです。演奏中はリラックスしていて、即興なので譜面もミスタッチもありませんから、自由に演奏させていただきました。

ジャン=バティスト・ドゥルセ
1992年生まれ。即興の名手、映画評論家でもある。2019年、ロン=ティボー国際コンクール第4位。クララ・ハスキル国際コンクールで新曲賞を受賞。マケラの指揮でパリやプロムスにて演奏。パリ国立音楽院でデゼールにピアノと室内楽を、エスケシュとジジェルに即興演奏を師事し、バシキーロフ、ベロフの薫陶も受けた。

——前回の小津の無声映画もかなりマニアックでしたが、今回も独特のセレクションです。どのように題材にする映画を選ぶのですか?

ドゥルセ 私は映画狂(シネフィル)と呼べるほどの映画好きで、有名な映画も好きですが、マイナーな作品にも目がないのです。今回は最新のCDに収録したものも演奏しましたが、CDを制作するときも、弾いたあとに「やっぱりこっちかな」と別の映画について録音してみたくなったり、選曲には大変迷いました。

——前回の小津の無声映画は本当にマニアックで『突貫小僧』も『和風喧嘩友達』も初めて観る聴衆がほとんどだったと思います。

ドゥルセ あの作品を選んだのはシンプルな理由で、ラ・フォル・ジュルネの場合、時間の制限もありますので、映画としてあまり長くないことが条件でした。そのうえで、無声映画で探すとあまり選択肢がなく、限られた中から選ぶことになったのです。もちろん小津さんは大好きで、『東京物語』なども昔から知っていましたが、長編映画だったので取り上げられなかったのです。

——それにしても1992年生まれのフランスのピアニストが、小津の作品にオマージュを奉げているのは不思議な気分になります(笑)。

ドゥルセ 小津さんの映画で驚くべきことは、「これ以上日本的にするのは無理」というほど日本的でありながら、国境を越えていく感性があることです。1本の木を撮る。それは日本的でありながら、どの国の人も共感できる絵なんです。そういえば、小津さんはこの場所(東京国際フォーラム)のすぐ裏でも映画を撮っていたんですよ。

——そうだったんですね!

ドゥルセ すっかり変わってしまいましたね(笑)。

ドゥルセの最新アルバム『 A Film by』

即興の先生はお父さん

——ところで、ドゥルセさんはパリ音楽院で即興演奏を学ばれたとプロフィールにありますが、即興の授業とはどのようなものなのですか?

ドゥルセ 音楽院には14歳で入学しましたが、実は幼い頃からピアノ教師であった父から即興を学んでいました。即興演奏のクラスの教授が師事欄に書かれていると思いますが、入学試験で既に即興はできていないといけませんし、即興に関しては父が真の教師といっていいでしょう。例えばベートーヴェンのソナタも、ベートーヴェンの交響曲や他の作品の文体を真似たりして、早い時期から楽しんで弾いていたんです。

——そういう創造性は素晴らしいです。日本ではあまりない教育かもしれません。

ドゥルセ 父のおかげだと思います。小さい子どもは親に「やってごらん」と言われたことをやりますから。パリ音楽院では通常のルートとは逆の学び方をしたのです。即興のあとにエクリチュール(音楽理論)、最後にピアノという順番です。

——今回、即興ではないショパンの『即興曲集』とフォーレの『ヴァルス=カプリス集』も演奏されましたが、譜面をなぞっているのではなく、今まさにピアニストの指から音楽が生まれているような感覚がありました。

ドゥルセ ありがとうございます。嬉しい言葉です。私が思うに、音楽の務めとは楽譜に厳密であること、楽譜と真剣に向き合ったあとに楽譜を忘れること……演奏の際には、その舞台で何が起こるのか、そこに生まれるものを弾きたいと思います。ただ同時に、楽譜を裏切ることはしたくないとも思っています。

——一期一会の聴衆に対する愛情が大きいということだと思います。

月に30本の映画を鑑賞した時期も! 映画は多様な彩りのひとつ

——ところで、1年にどれくらい映画を観られるのですか?

ドゥルセ 今はなかなか時間が取れなくなっていますが、若い頃は映画館で月に30本は観ていました。今は飛行機の中で映画を観て、忙しくて映画館へ行けなくなったぶんを取り戻しています(笑)。

——本当に映画が好きなんですね! ピアノに限らず楽器を学ぶ人で、音楽以外のことにあまり関心がない人もいるように思います。

ドゥルセ ピアノや他の楽器を演奏する際、その楽器が主体ではあるけれど、割合としては50%にも満たないのです。というのは、私たちは楽器を取り巻くさまざまなもの、多彩な環境の中で生きていて、その中に楽器があるんです。その多様な彩りのひとつが、私にとっての映画なんですね。

——なるほど。映画評論なども読みますか?

ドゥルセ 私自身が10年ほど映画批評を書いていることもあって、CDのライナーノーツは「カイエ・デュ・シネマ」の編集長が書いてくれたんですよ。自分でも映画を撮れていないことが悔しくてなりません。将来そのチャンスが来るかもしれませんが……映画に即興音楽をつけることが、今の私にとっての映画的創造なのかもしれません。

——なるほど。ドゥルセさんは国際コンクールで頭角を顕し、パリ管弦楽団でクラウス・マケラと共演するなど世界的に高い評価を得ていますが、幻想の世界に漂う詩人のような雰囲気もあって、あまり現実の世界には興味がない方にも見えます。

ドゥルセ いえ、現実も愛していますよ(笑)。確かに今の現実は野蛮なところがあって、憂うべきことが多いですが……でも、そういう時代にこそ音楽が人間を救ってくれるし、映画もそうでしょう。

——ゴダールやタルコフスキーの映画に寄せたドゥルセさんの即興も聴きたいですね。

ドゥルセ ゴダールは『Vivre sa vie(女と男のいる舗道)』を採り上げたことがあります。ゴダールは独特の編集をするので、難しい監督ではあります。彼はすべてのものを批評的に観察していた人物でしたし。

タルコフスキーは……(『ノスタルジア』をリクエストすると)いつか弾いてみたいですね(笑)。すでにオリジナルの音楽と一体化した映画なので難しさはありますが、またここに戻ってくることがあったら、ゴダールとタルコフスキーは候補に入れておきますよ。

オフショット:実はティーカップ収集もお好きというドゥルセさん。日本のほたる茶碗に興味津々
取材・文
小田島久恵
取材・文
小田島久恵 音楽ライター

岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...

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