作曲家・坂東祐大がドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の音楽で仕掛けた実験とは
6月15日(火)に最終回を迎える連続ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)。精巧秀逸な物語の世界観を編み出す音楽を作っているのは、作曲家の坂東祐大さん。現代音楽のフィールドを主軸とする一方、映画・ドラマの劇伴を手掛けたり、ポップスの世界で米津玄師や宇多田ヒカルの作品を編曲するなど、注目を集めている。
『大豆田とわ子と三人の元夫』の音楽へのこだわり、劇伴を手がける心意気、またクラシック業界にいるから実現できる創作活動やスタンスとは? 坂東さんに聞いた。
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
豪華すぎるアーティストたちを起用して、音楽に変化球を
作曲家/音楽家。1991年生まれ。大阪府出身。
東京芸術大学附属音楽高等学校、東京芸術大学作曲科を卒業。同修士課程作曲専攻修了。
多様なスタイルを横断した文脈操作や、空間と時間による刺激の可能性、感情の作られ方などをテーマに、幅広い創作活動を行う。
2016年、Ensemble FOVE を創立。代表として気鋭のメンバーとともに様々な新しいアートプロジェクトを展開。
映画『来る』、TV アニメーションシリーズ 『ユーリ!!! on ice』(松司馬 拓名義)、ドラマ『美食探偵 明智五郎』(日本テレビ系)、また2021年7月16日公開の細田守監督『竜とそばかすの姫』の音楽も担当。『井上陽水トリビュート』で宇多田ヒカルの「少年時代」、米津玄師の『海の幽霊』『馬と鹿』などの編曲も手掛けた。
©Shinryo Saeki
——『大豆田とわ子と三人の元夫』毎週楽しく観ています。音楽そのものがドラマの世界観を作っていますね。制作にあたり心がけたことを教えてください。
坂東:ありがとうございます。まず、この物語はロマンチックコメディです。そして物語の中に、「
後は、脚本の坂元裕二さんから大豆田とわ子(松たか子)や3人の元夫のキャラクターが書かれた、10ページくらいの履歴書をもらったんですよ。キャラクターはもちろん、物語のコンセプトも記されていたので、ここから多くのインスピレーションを受けて作りました。
——坂元さんが「オーケストラの音楽が欲しい」とおっしゃったとか。理由はご存知ですか?
坂東:直接理由を伺ってはいませんが、一度、チラッと坂元さんが「とわ子はプリンセスだ」とおっしゃったんです。ここからは僕の憶測ですが、プリンセスを取り上げるならばオーケストラがぴったりだったのかな、と。
僕も物語を読んで思うのですが、この窮屈な社会にも関わらず、とわ子は社員一人ひとりやものづくりを大切にする素敵な社長であり、「現代型のプリンセス」そのもの。そうした間接的な坂元さんのメッセージも素晴らしいと思います。
——今回、ドラマの劇伴では前代未聞ではないかと思うほど、ミュージシャンが豪華に揃っています。
坂東:光栄なことに、たくさんの素晴らしい音楽家に参加していただけました。
まずは、僕にとっては身内同然の「Ensemble FOVE」。安心して無茶なスコアをお願いできました(笑)。フルートもクラリネットもサックスもファゴットも弦楽器も……本当に難しい。しかも楽譜はギリギリまで推敲しますし……(汗)これが初共演だったら本当に怒られていたと思います。
——グラミー賞にノミネートされたニューヨークの歌手、グレッチェン・パーラトさんが挿入歌を担当されていて、話題を呼んでいますね。
坂東:僕が元々彼女のファンで。確かな歌唱力、品のある歌声――ぜひ松さんのオーラのようになってほしいと思いオファーしたら、驚くことにOKをいただけました。
国内ドラマで「歌モノの劇伴」って少ないですよね。ヴォーカルはオープニングかエンディングのみ、という印象で。でも海外では、ドラマに洋楽をおしゃれに挿入歌として取り込んだりすることが多いんですよ。
僕自身、最初は楽器のみのインストだけで考えていましたが、制作中にエンディング曲はヒップホップになりそうだと聞いて、「それなら僕も変化球を投げたい」と思い、チャレンジしました。
この『All The Same』の原詞は光栄なことに坂元さんに書いていただいて、LEO今井さんが英詞をご依頼させていただきました。LEO今井さんには別の挿入歌として、元夫の未練を表す楽曲『Attachments』の作詞・歌唱をお願いしました。
おもな参加アーティスト
音楽に「実験」を仕掛け、映像に重ねる作業まで携わる
——坂東さんは普段、現代音楽を手がける中でさまざまな「実験」をされているかと思います。今回の劇伴制作で「実験」はありましたか?
坂東:実験かどうかはわかりませんが、音楽で「ドヤ顔せずに攻める」ことを心がけました。例えば、テレビCMのように短い時間でインパクトを残して、「この曲イケてるでしょ」と言っているような音楽だと、個人的には長時間のドラマにしっくりこなくて。
それはそれでカッコいいのですが、ドラマでもそうだと観ている方の頭に物語が入っていきにくい。ただし、印象に残らない音楽を作りたいわけでは決してなく……という状況の中で、どんなことができるのか。いろんな試行錯誤がありました。
その結果、クラシックはもちろんのこと、劇伴には珍しい歌モノを入れたり、古楽作品の編曲からモダン・ジャズ、フリー・ジャズ、ヒップホップまで、さまざまなスタイルの作品を取り入れました。
またフリー・ジャズのレコーディングでは、演奏してくれたBanksia Trioに、僕から大まかな流れだけ伝えておいて、その場でセッションをしてもらいました。そして出来上がった音楽から編集しMixしたのち、僕が映像につけていく。
今回は作曲だけでなく、映像に音楽を当てはめていく工程もさせていただいているんです。
——ドラマ制作の現場では、作曲家自身が音楽を映像に当てはめていくのはレアケースですよね。
坂東:はい。ドラマでは、シーンごとに音楽を作っていく映画とは違って、あらかじめ作った音楽を編集で映像に当てはめる、というスタイル。しかし『とわ子』では映画の作り方に近くて、脚本を読んでシーンごとに音楽を作ったり、作曲者である僕自身が映像に重ねていく、という作業も行いました。
これがかなり難しくて、坂元さんの脚本は基本的に会話劇なので、音楽自体はあまり必要なかったりするんです。でも、音楽がまったくないと視聴者を置いてきぼりにしてしまう。常にそのせめぎ合いで、坂元さんから毎話出される難問に立ち向かう感覚を味わっています(笑)。
——たくさん楽曲を書いたかと思いますが、中でも印象深いものを教えてください。
坂東:どれも印象深いですが、特筆するならば2つあります。
一つ目は、『かごめのお気に入り』。第6話でかごめ(市川実日子)が亡くなったあとに流れていて、かごめが好きだった曲として書き下ろしたものです。彼女は暗い音楽が嫌いで、この音楽も短調なのに明るい。
——あのシーン、すごく衝撃的でした。慣れ親しんでいたキャラクターが突然亡くなり、心の整理がついていないままお葬式……。悲しいはずなのに、なぜかポップな音楽が流れていて、すごく印象に残っています。
坂東:衝撃ですよね。こういうふうにして人生は通り過ぎていくんだ、と思いますね。
坂東:もう一つは、第3話で流れた『鹿太郎のワルツ』。
——なるほど。本当に素敵でした。
坂東:この楽曲には、鹿太郎(角田晃広)ととわ子との馴れ初めシーンで流れる「回想編」と、その後とわ子の職場で2人が踊る「オフィス編」があります。「回想編」は鹿太郎の不器用な人柄を上野耕平くんのサックスで、「オフィス編」は鈴木舞さんのヴァイオリンソロ、内門卓也さんのピアノとEnsemble FOVEによる弦楽オーケストラで仕立てました。
個人的には前々から東京03の角田さんのファンだったので、自分の音楽に合わせて松さんと踊ると知ったときは歓喜しました。このシーンの話をいただいたとき、「はい!作ります!」という感じでした。
——坂東さんは、以前『美食探偵 明智五郎』(日本テレビ系)の音楽も担当されていましたね。非常にクラシカルな作風に圧倒されました。劇伴制作において、坂東さんご自身がクラシック業界にいるからこそできていることはありますか?
坂東:うーん。「クラシックだから」というのは、意識している部分もありますし、意識しすぎるとまったく筆が進まなくなるというのも事実だったりして(笑)。ただ、映像としてだけでなく、音楽作品としてきちんと残るものにしたいとは思っています。
クラシックといえば、その分野を軸としているEnsemble FOVEの力は非常に大きかったです。本当に凄腕のメンバーで、クリエイティブでのびのびとしたレコーディングでした。いつかその模様をぜひ映像で記録していただけないかな、なんて思ったりしています(笑)。
——その「のびのび」を作るために、具体的にどんなことをするのでしょうか。
坂東:僕の場合、レコーディングの際に演奏家に抽象的な注文を投げかけるきらいがあるんです。
例えば第1話。とわ子が、俳優の斎藤工さん演じる男性と恋に落ちそうな場面があります。そのシーンのキュンとときめく音楽を録音するとき、「斎藤工さんにときめく感じでお願いします!」なんて投げかけると、本当に斎藤さんを想像してときめいているような音を紡いでくれて(笑)。
さまざまな領域とつながれば豊かなカルチャーに
——クラシックといえば、伊福部昭や武満徹、黛敏郎など、クラシックの作曲家がドラマや映画の劇伴を書くことはよくありましたよね。
坂東:そうですね。80年代ごろまではクラシックの作曲家も劇伴をよく書いていたはずが、今では少なくなりました。
その理由として、テクノロジーによる音楽の制作環境の変化や、クラシックジャンルに存在する閉鎖感など、さまざまな理由があると思います。
その中でも、個人的にもっとも技術的にネックだと思うのは、自動演奏ツールであるシーケンサー(DAW)について。
クラシックの作曲家の多くは、作品を作るときに「楽譜」を書きますよね。でも、その作業と同時に、シーケンサー(DAW)もシームレスに使うのは、実は難しいことではないかと思うのです。
クラシックやその延長にある現代音楽において、「いかに緻密な楽譜で音楽を作曲するか」が評価対象となることは事実です。でも、映像制作の環境で音楽が「楽譜のみ」で完結することは100%ありません。なぜなら、映像作品の完成形を見据えたデモ音源のやりとりなどが、現場で必要だからです。
僕としては、「音楽のみ」で孤立していて良いことがあるとはあまり思いません。
なぜなら、今では作曲家の市民権は弱まる一方。「コンサート」だけで成功する、という作曲家のモデルが成立するのか、正直僕にはあまりピンとこないんです。
——その中で坂東さんは、劇伴はもちろんポップス業界にも携わりながら、さまざまな活動を行なっていますね。「クラシック音楽に還元したい」という思いを持っていらっしゃるとお伺いしました。
坂東:そうですね。今まで、クラシックの世界でたくさん豊かな経験をさせていただきました。なので、緩やかにではありますが、その先にあるクラシック音楽を見据えていきたいと思っています。
武満徹も現代音楽の作曲家ですが、劇伴などいろんなことをやっていたし、クラシック外の世界から彼を知った人も多い。こうした他ジャンルとのつながりがあることで、クラシック音楽がカルチャーとして豊かになると思います。
特に映画やドラマは、どんな人でもフラットに触れられる良い窓口。「これは芸術音楽だから」「あっちはエンターテイメントだから」と分けずに、あくまで作品として向き合いつつ、「この先にはまだまだおもしろい世界が広がっているんだよ」と誘っていきたいです。
今回の『大豆田とわ子と三人の元夫』でも、エンディングがヒップホップですよね。そこから「ヒップホップっていいね」と感じる人が増えていくと思うんです。ここから豊かな広がりを見せるはずなので、文化としてすごく素敵なことだと思います。
——確かにクラシックの業界の中でも、「あっち側」と「こっち側」という認識が未だにある気がしています。
坂東:「エンターテイメントは大衆に媚びるもの」という考えが根強くあるのも否めません。どんなジャンルのアーティストも独自の美学を磨いているはずで、むしろ媚びたらおしまいの世界。クラシック側の人間で「自分たちは至高の芸術をやっている。向こうは商業だ」と言っている人ほど、あまりに実態が見えてないのではないかと思います。むしろ、クラシックの顔をして媚びている作品もたくさんありますし。
それよりもジャンルの垣根を越えて、さまざまなクリエイターにリスペクトをもって、
——ありがとうございます。いよいよ終わりに近づいてきましたが、『大豆田とわ子と三人の元夫』、楽しみにしています。
放送:
カンテレ・フジテレビ系にて、毎週火曜21:00〜
※6月15日放送の最終回は21:30~
出演:
松たか子、岡田将生、角田晃広(東京03)、松田龍平、市川実日子、高橋メアリージュン、弓削智久、平埜生成、穂志もえか、楽駆、豊嶋花、石橋静河、石橋菜津美、瀧内公美、近藤芳正、岩松了ほか
脚本:坂元裕二
演出:中江和仁、池田千尋、瀧悠輔
プロデュース:佐野亜裕美
音楽:坂東祐大
制作協力:カズモ
制作著作:カンテレ
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