
楽器は上達より「楽しい」で続ける! 〜脳科学者・瀧靖之さんインタビュー後編

楽器を再開しても、「思うように弾けない」「練習が続かない」と落ち込んでしまうことはありませんか。でも瀧靖之先生によると「大人の楽器演奏で大切なのは、上達ではなく楽しむこと」と前向きな答えが……! 後編では、脳科学から見た上達のしくみや、習慣化のコツ、挫折しないための考え方など、今日から実践できるヒントをご紹介します。

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...
脳にとって大切なのはとにかく楽しむこと
——やはり楽器は上達するかどうかがモチベーションに関わると思います。思うように演奏力が伸びなくてつらいというのは、脳にとって逆効果になってしまうのでしょうか?
瀧 本質的には、脳科学という観点では、上手か下手かは関係ありません。重要なのは、楽しいかどうか。本質的に大事なのは、上達を目指すのではなく、楽しむことです。楽しいという「主観的幸福感」が脳の健康維持に非常に重要だと言われているので、徹底して楽しむことが、まずひとつめのポイントだと思います。

東北大学加齢医学研究所スマート・エイジングセンター センター長
東北大学加齢医学研究所教授
東北大学発スタートアップ 株式会社CogSmart代表取締役
医師 医学博士
東北大学加齢医学研究所及び東北メディカル・メガバンク機構で脳の MRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIは、これまでにのべ約16万人に上る。
「脳の発達と加齢に関する脳画像研究」「睡眠と海馬の関係に関する研究」「肥満と脳萎縮の関係に関する研究」など多くの論文を発表している。
著書は、「生涯健康脳(ソレイユ出版)」「賢い子に育てる究極のコツ(文響社)」「回想脳(青春出版社)」「脳医学の先生、頭が良くなる科学的な方法を教えて下さい」(日経BP)」、「本当はすごい早生まれ」(飛鳥新社)、を始め多数、特に「生涯健康脳」「賢い子に育てる究極のコツ」は共に10万部を突破するベストセラーとなり、海外でも複数カ国語で翻訳本が出版されている 。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、NHK「NHKスペシャル」、NHK「クローズアップ現代」、NHK「あさイチ」、「チコちゃんに叱られる!」、Eテレ「バリューの真実」、TBS「駆け込みドクター!」、日本テレビ「DayDay」、「カズレーザーと学ぶ。」など、メディア出演も多数。
——やはり楽器は上達するかどうかがついてまわると思います。思うように伸びなくてつらいというのは逆効果になってしまうのでしょうか?
瀧 本質的には、脳科学という観点では、上手か下手かは関係ありません。重要なのは、楽しいかどうか。本質的に大事なのは、上達を目指すのではなく、楽しむことです。楽しいという「主観的幸福感」が脳の健康維持に非常に重要だと言われているので、徹底して楽しむことが、まずひとつめのポイントだと思います。
——楽しみたいけど先生に注意されたり、思ったようにできなかったりして、葛藤もあると思いますが、どう乗り越えたらよいですか?
瀧 大人だから楽しむのが最優先だというマインドセットを作ることですね。もうひとつお伝えしたいのは、学業でも仕事でもスポーツでも楽器演奏でも、上達は一直線ではないということです。やればやるほど右肩上がりに伸びていけば楽なのですが、実際にはそうはいきません。
能力は階段を上るように伸びていきます。一生懸命続けていると、あるときふっと上達を実感できるタイミングが訪れますが、そのあとはまた伸び悩む「踊り場」のような時期があり、ときには少し後退したように感じることもあります。そうした停滞と成長を繰り返しながら、少しずつレベルが上がっていくのです。
ただ、努力を続けていれば、必ずまた伸びるタイミングはやってきます。脳には「可塑性(かそせい)」といって変化し続ける力があるため、練習を積み重ねれば、いつか必ず上達すると考えられています。
ですから、「なかなか上達しない」と焦る必要はありません。楽しみながら、気長に続けることが何より大切だと思います。
——いつかは必ず上達する! と脳の機能を信じていいんですね(笑)。
瀧 そうですね。それは学術的にも正しいことです。
もうひとつ大切なのは、「大人は楽しむことを最優先にしていい」ということです。子どもの頃は練習曲も弾く必要がありますし、大人になっても練習曲を弾けばもちろん上達します。でも、全部を練習曲に費やす必要はありません。
クラシックでもポップスでもジャンルは関係なく、自分の好きな曲を弾くことが大切です。好きな旋律を自分で奏でるだけで幸せな気持ちになりますから、まずは音楽を徹底して楽しんでほしいですね。
——子どもの頃、「練習曲で怒られた」という思い出はいったん忘れて再開したほうがよさそうですね(笑)。
ポイントはスモールステップ&すでにある習慣とセットにすること
——忙しい方も多いと思いますが、どれくらいの時間、どれくらいの頻度で練習すると効果が期待できますか。
瀧 これは難しい質問ですが、まず言えるのは「やらないより少しでもやるほうが圧倒的によい」ということです。毎日でなくても、週1回でも弾くことには意味があります。
一方で、どれくらいの時間やればよいかというより、「どうやって続けるか」のほうが大事だと思っています。
私たちには現状維持バイアスがありますから、「今日から毎日1時間練習しよう」と思っても、なかなか続きません。新しい習慣を生活の中に取り入れるには、個人差はありますが、おおよそ2か月程度かかると言われています。
そこで大切なのが「スモールステップ」です。極限まで細かく分けて実行していく方法です。例えば最初の1週間は、ピアノの前に座るだけでもいい。あるいは楽譜を開くだけ、1小節だけ弾くだけでもいいんです。初めから2時間練習しようとしても、多くの場合は三日坊主になります。3分でも5分でもいいので毎日続ける。そして1週間ほど経ったら2小節、4小節と少しずつ増やしたり、練習時間を5分、10分と伸ばしたりしていきます。
そうやって積み重ねていくと、2か月ほどで「やらないほうが気持ち悪い」「今日はやっていないから落ち着かない」と感じるようになる。それが習慣化です。だから、時間よりも、まず習慣を作ることが何より大切だと思います。
——もっと長期間かかるかと思いましたが、2か月くらいで習慣になるんですね。
瀧 もちろん個人差はありますが、60日程度で習慣化しやすいと言われています。
もう一つ大切なのは、すでに身についている習慣と結び付けることです。例えば、ご飯を食べる、歯を磨く、着替えるなど、毎日必ずやることがありますよね。私は「ご飯を食べたら筋トレ」と決めています。
子どもの勉強でも「夕飯を食べたら勉強」のように、既存の習慣とセットにすると続きやすいんです。「歯を磨いたらピアノ」「着替えたらピアノ」というように、すでに習慣になっている行動のあとに間髪入れずにやる、さらにスモールステップで始めると習慣化しやすくなります。
そうなれば、「何分練習するか」を意識しなくても、自然と続けられるようになります。一度この方法を身につけると、例えば英会話を始める場合でも同じように続けられるようになります。
——私はコツコツ続けるのが苦手なのですが……(笑)。
瀧 多くの方がそうですよ。コツコツが得意な人なんて、実はあまりいません。だからこそ脳のしくみを使うんです。
「歯を磨いたら無条件でピアノ」のように、考える時間を与えないことが大切です。「面倒だな」と考える前に始めてしまう。嫌だと思う隙を与えないことですね。そうしているうちに、それが当たり前になります。
私も意志が強いわけでも努力家でもありません。脳のクセをうまく利用しているだけなんです。
マイナスの感情で練習をすると効果が出にくい
——逆に、おすすめしない練習の仕方はありますか。
瀧 やはり感情です。楽しい、ワクワクするという感情は非常に重要です。感情と記憶は脳の中で密接に結び付いています。楽しさや興味を伴う学習は、
逆に嫌々やると学習効率が低下しやすくなります。受験勉強でも嫌々やると成績が伸びにくいのと同じです。
だから、上手かどうかよりも「楽しめるかどうか」が大切なんです。楽しむという感情が一番の武器になります。好きな曲を楽しみながら弾く。それが一番だと思います。
——一人で練習していて気持ちが沈んできたら、誰かと一緒に演奏してみるのは効果がありますか?
瀧 私たちの研究室でも、勤務時間外に時々みんなでセッションをするんですよ。私はドラムで、ギターやベース、クラリネットなど、それぞれ好きな楽器を持ち寄って、スピッツやglobeのような少し懐かしい曲を演奏しています。
セッションは上手い下手ではなく、みんなで合わせて楽しむだけなんです。そうすると、本当に楽しい。だから、みんなで一曲演奏するような機会を持つのも、とてもよい刺激になります。

夢は大きく、目標は小さく
——上達を実感することも励みになると思いますが、成長を感じやすくする方法はあるのでしょうか。
瀧 上達というのは一直線ではありません。ある日ふと、「指が勝手に動く」「手足が自然に動く」と感じる瞬間があります。努力すれば必ず変化は出ます。ですから、小さな変化にも目を向けながら、何よりポジティブに楽しむことが一番だと思います。
——先生ご自身は今後の目標はありますか?
瀧 ちょっと壮大な夢過ぎますが、ピアノではショパンの《バラード第1番》を最後まで弾けるようになりたいですね。ドラムでは、もっとスキルを上げて、どんな曲でもかっこよく叩けるようになりたいと思っています。
——目標を立てることも大切でしょうか?
瀧 もちろんです。目標があると、自分の成長も実感しやすくなります。ただ、大きな夢を持つことは大切ですが、そこへ向かう途中には小さな目標を置くことも重要です。
ダイエットでも、最初から20キロ減を目指すより、まず5キロ減を目標にしたほうが成功しやすいですよね。ピアノも同じです。
ショパンを弾きたいという夢は持ちながら、まずはやさしくアレンジされた楽譜から始める。そうやって少しずつ難易度を上げていくことが、一番よい方法だと思います。
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