イベント
2026.09.07
10月16日(金)全国公開

戦争孤児のリアルを描いた西川美和監督・映画『わたしの知らない子どもたち』~原摩利彦の音楽、東北ユースオーケストラの演奏を用いて

音楽家の父のもとで普通の暮らしをし、戦争によって「少年として」生き延びた少女と、かつて教師として軍国主義教育に加担していた女性の過酷な運命を描いたのは、気鋭の西川美和監督。広島出身でいつか題材として扱わなければと考えながら躊躇ってもいたという戦争の惨禍を、原摩利彦の音楽とともに、どのように伝えたのか。

室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

「わたし」の知らない戦争孤児たちの物語

『ゆれる』(2006年)、『すばらしき世界』(2021年)などで国際的にも高い評価を得ている、西川美和監督の最新作『わたしの知らない子どもたち』は、第二次世界大戦後の日本に12万人も存在したといわれる戦争孤児をテーマにしている。

映画『わたしの知らない子どもたち』【10月16日公開】本予告映像

私自身、ドキュメンタリー映像や写真などを通してその存在は知ってはいたものの、具体的に彼らがどんな生き方をし、どのように大人になっていったのかについての知識はまったくなかった。

ちなみに、我が両親はどちらも戦争体験者だが、幸いにも家族に戦死者はおらず、戦後も(貧しいながらも)家族そろって生活ができていたので、彼らが話す戦争体験談の中にも、そうした子どもたちのことは出てきたことがない。その意味でこの映画は、まさに「わたしの知らない子どもたち」について知ることができた、という点で非常に興味深いものだった。

映画は、主人公の琴子(小八重葵美)が集団疎開先の小学校の体育館に置かれた、1台のアプライト・ピアノを弾くシーンから始まる。

琴子の父(竹野内豊)はオーケストラのヴァイオリン奏者で、琴子自身も幼い頃からピアノを習ってきた。同じく東京の小学校から疎開してきた友だちのゆき(武内ひなた)と一緒に、そーっと体育館に入ってくると、おもむろに弾き始めるのはドビュッシー《子供の領分》の〈ゴリウォーグのケークウォーク〉だ。

ドビュッシー:ピアノのための組曲《子供の領分》第6曲〈ゴリウォーグのケークウォーク〉

軽快なリズムにのって繰り出される、弾むようなメロディは、琴子たちの明るさを表しているように思えるのだが、突然、琴子は何者かに髪の毛を掴まれて引きずり倒される。やってきたのは疎開先に住む子どもたちで、彼らは闖入者(ちんにゅうしゃ)である琴子たちを「東京モンが!」と罵倒して去っていく。この明から暗への一瞬の転換は、実に見事だ。

引率者である曽根先生(二階堂ふみ)に「敵性音楽を演奏してはいけない」とたしなめられると、琴子は「ドビュッシーはフランスの作曲家です」と抗弁するのだが、ここからは琴子が育った環境、最近の言葉でいうところの「教育資源の豊かさ」が感じられる。

曽根文美子(二階堂ふみ) ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

終戦になり、琴子は東京に戻ってくるが、すでに両親は亡くなっており、焼け野原のなか、ひとりぼっちで生きていかなければならなくなるところからストーリーは動き始める。

自宅のあった場所で見つかったピアノに触れる、主人公の琴子(小八重葵美) ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

昼間はガード下で靴磨きをして小銭を稼ぎ、夜は駅の地下道で眠る生活を始める琴子。少女であることが危険につながる現実を知った彼女は、髪を切って「吉田茂男」と名乗り、同じような境遇にある将吉(羽山由一郎)たちと行動を共にすることに。

それは、闇市を束ねるヤクザ(岡田准一)の下で、怪しげな新聞売りや盗みをする生活だったが、彼女にとっては大切な居場所となっていく。

闇市で多くの時間を過ごす少年たちに混ざる琴子(中央)
孤児たちに仕事を与える菊沢徹(岡田准一) ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

音楽のエネルギーが作品へ昇華していく

冒頭のシーンのほかにも、音楽が重要な役割を果たしているシーンがある。

ひとつは、子どもたちが送られた東京湾に浮かぶ矯正施設「水上寮」の場面。女性警官がやってきてアコーディオンを教えるのだが、琴子は見事に弾き語りをしてみせるのだ。浮浪児暮らしの中ですっかり音楽と縁遠くなってしまったものの、彼女の中にある音楽の火は消えてはいなかったということを感じさせる。

後になって、琴子の仲間のひとりであるアオモリ(岩田龍門)がこの演奏を「すばらしかった」と語るシーンがあるのだが、アオモリのような音楽的教養のない子どもたちにさえ伝わる「音楽の力」というものを、このシーンは見事に描いている。

西川監督は本作について「戦争によって、子どもから芸術や文化が奪われてしまう。その問題を描くと同時に、映画を通して音楽や文化の素晴らしさを伝えたいと思った」と語っており、「音楽」は、本作における、もうひとつの重要なテーマとなっていることがわかる。

琴子がたどり着いた物語の結末では、ある人がショパンの「ワルツ第10番」ロ短調 Op.69-2弾く。実はこの曲は、物語の冒頭、琴子が集団疎開をしたいと父に頼むシーンで、蓄音機から流れていた曲なのだ。

音楽に導かれるようにそっとピアノに近寄り、琴子がメロディを弾き始めるシーンは実に感動的だ。

ショパン:「ワルツ第10番」ロ短調 Op.69-2

音楽を担当した原 摩利彦は、エンディングで流れる主題曲《太陽と子どもたち》の演奏に、東北ユースオーケストラを用いた。東北ユースオーケストラは、坂本龍一が中心となって2014年に設立されたオーケストラで、メンバーは東日本大震災の被災三県(岩手・宮城・福島)の子どもたちが中心。

「“ドソミソドソミソ”という、ピアノ教育の象徴のような音型をもとにした」(原)という主題曲は、透徹した悲しみの底から、未来への希望が静かに湧き起こってくるような美しい音楽で、まさに物語を支えるものになっていると感じた。

世の中の悪意やさまざまな恐怖の中に放り出された孤独な子どもが、ギリギリの場所で生きているうちに、自分自身をも失いかけてしまう。戦争孤児が直面したリアルと完全に同じではないものの、震災を経験した子どもたちの中にも同じような体験があったのではないか。あるいは、現代のトー横キッズと呼ばれる少年少女たちの状況にも似ているかもしれない。

いつの時代も、真っ先に犠牲者になるのは弱いもの、子どもたちだ。社会の底に落ち込んでしまった琴子を救い出したのが「音楽」だった、という筋立てからは、改めて「音楽の力」を感じさせると同時に、音楽に関わる者として、その「力」を現代社会にどう活かしていけばいいのかという課題を突きつけられた気もした。

東北ユースオーケストラのリハーサル取材時、西川美和監督(左)、音楽・原摩利彦さんへのインタビューが行なわれた  ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
西川美和監督、音楽・原摩利彦さんのインタビューより

映画『国宝』(2025年)で数々の音楽賞を受賞した原摩利彦さん。自身が作曲したエンディング曲《太陽と子どもたち》のリハーサルが東北ユースオーケストラと行われた日に、西川監督とともにインタビューが行われた。

 

本編の音楽は、日本・イタリア共同制作としてローマで収録された。イタリアには、同じように第二次世界大戦を経験して敗戦し、子どもが疎開したり、都市が爆撃を受けて孤児がいたり、また『靴みがき』(1946年)という有名な戦後の映画もあるなどの地盤がある。

 

原さん自身は、自作を収録するときには、演奏家たちと話し合いながら時間をかけて音色をつくっていくとのことだが、「イタリアの現地の指揮者も、譜面に書いてある音符以上の音色や質感を追求していた。僕たちとは違った方法だけれど、音色に対する感覚には近いものがあった」ことが驚きだったそうだ。

 

エンディングに関して、東北ユースオーケストラが演奏することになったのは、原さんが西川監督に提案したことから。

 

「僕は音楽を独学しました。独学の強みというのは、何かを自分でつかみとる力だと思うのです。東北ユースオーケストラは、いわゆるプロフェッショナルな交響楽団ではないですが、同じく、音楽から何かをつかもうという気持ちがきっと強いと思います。僕はそこに共感して、一緒につくっています。

映画の最後には、現実との間にある何かがほしくて、震災後に音楽をやりたいという気持ちから坂本龍一さんのもとに集まり、楽器を修復するところから始めた彼らの思いを併せるということで、彼ら彼女らの力を借りました」(原さん)

 

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

 

脚本ができたときに、メインテーマの最初の部分が作曲され、西川監督に共有されていたそう。

「音楽に厳しさや切なさだけでなく、圧倒的な美しさと前向きな瑞々しさがある。私もこのエンディングテーマに向かって作っていかなければいけない、という思いを大切にしながら撮影・編集しました」(西川監督)

 

映像ができたあと、西川監督が原さんの仕事場がある京都に行き、シーンの解釈など、ひざを突き合わせて話し合いながら、1曲1曲丁寧につくっていったという。

 

「本作には、主人公が音楽を奏でるという、クラシック音楽が強いインパクトをもったシーンがあるのですが、それとは別に映画音楽が存在しなければならない。今回ほど事前にどういう音楽がよいのか想像できなかった作品はないんです。

言葉や映像で伝えられる情報は多いんですけれども、それだけでは伝わらない、より深いところを音楽でさらに伝えてもらう。余計なことをせず、古くさくも紋切り型にもならず、少しモダンな部分も入れつつということで、本当にどの曲も素晴らしい劇伴にしていただいたと思います」(西川監督)

 

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

 

(取材・文=編集部)

公開情報
映画『わたしの知らない子どもたち』

10月16日(金)全国公開

出演: 小八重葵美 二階堂ふみ

坂東龍汰 櫻井海音 花瀬琴音 

羽山由一郎 小林丞之介 岩田龍門 渋谷そらじ 武内ひなた

北村有起哉 吉田 羊 竹野内 豊

岡田准一 / 田中裕子 役所広司

監督: 西川美和

音楽: 原 摩利彦

プロデューサー: 小出大樹、伊藤太一

製作・配給: K2 Pictures

共同製作: AOI Pro.

企画: 分福

制作プロダクション:  AOI Pro.

コピーライト: ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

室田尚子
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ