吉田兄弟「津軽三味線の光になりたい」伝統の世界でオリジナリティを切り拓く!
音楽家の子ども時代から将来の「音楽のタネ」を見つける「室田尚子の“音楽家のタネ”」。第5回は、2019年にデビュー20周年を迎えた津軽三味線のデュオ、吉田兄弟。吉田良一郎さん、健一さんのお二人に、伝統音楽の習い事ならではの話やジャンルを超えたコラボレーション、兄弟のカラーの違いなどについて伺いました。
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
今回のゲストは、津軽三味線の第一人者として、またさまざまなアーティストとのコラボなどジャンルを超えて活躍する吉田兄弟です。兄の良一郎さんと弟の健一さんとは2歳違い。デビュー22年目を迎えるおふたりですが、最近放映されたアニメ『ましろのおと』(原作は羅川真里茂が「月間少年マガジン」に連載した少年マンガ)では津軽三味線監修に加え、エンディングテーマ「この夢が醒める
アニメ『ましろのおと』PV/エンディングテーマ:加藤ミリヤ 『この夢が醒めるまで feat.吉田兄弟』
アニメ『ましろのおと』配信情報はこちら
兄弟として、ずっと津軽三味線を演奏してきたおふたりの“タネ”は、北海道登別市で育った子ども時代にありました。
津軽三味線に魅せられた父の情熱
良一郎 5歳のとき、幼稚園の友だちがエレクトーンを習っているのをみて、僕も何か習い事がしたいと両親に頼んだんです。そうしたら、父が「三味線をやれ」と。実は父は、若い頃に青森の民謡一座の公演をみて津軽三味線に魅せられてしまい、自分もプロになりたいと思ったそうなんですが、周囲に反対されて断念。そのときの情熱がずっと心の中にあったんですね。
近所にいた三味線の先生のところに通い始め、半年で初舞台。このときは富山民謡の「こきりこ節」を弾きました。
健一 僕は、兄の送り迎えをする父についていくうちに、自然に一緒に習うことになりました。
良一郎 ところが小学校2、3年生の頃に、発表会などで周りに同世代がいないことに気づくんです。おじいちゃん、おばあちゃんばっかりなんですね。しかも友だちに「三味線を習っているんだ」というと「なにそれ、じじくさい」とか言われて。これは年配の人がする楽器なんだと思い、中学に上がるタイミングで辞めたいと思うようになりました。
健一 津軽三味線というのは、子ども用の楽器もないですし、他の三味線より大きいので、体がある程度発達しないと持つこともできないんです。やっと構えることができるようになり、父としては、さあこれから津軽三味線をやらせるぞ! と張り切っていたはずなんですが、僕らはその頃に辞めたいという思いが高まってしまった。父は厳しかったので、毎日練習はしていたのですが。
良一郎 それで、まず母に相談したんです。でも、母からは「自分たちでお父さんに言いなさい」と言われてしまいました。そもそも母は、父の方針に一切口を挟まないタイプ。事あるごとに、母には台所で話を聞いてもらっていて、そのバランスの中で僕らは育っていたんですね。
健一 結局父には言い出せず、辞めるタイミングを失いました(笑)。
タイミングを失ったばかりか、逆に津軽三味線の家元・佐々木孝のところに通うことになります。本来、名取(家元の弟子で、流儀名の何字かを与えられ弟子をとることを許された人のこと)の先生を飛ばしていきなり家元に習う、というのはあり得ないことだそうですが、ここでも父が再三再四通って頼み込み、ついに家元から「一度聞かせてみなさい」と言ってもらえたのだそう。そして、その1回のチャンスを見事にものにしたのです。お父さんの情熱がここでも大きな力となりました。
良一郎 この家元との出会いが僕らの人生を変えました。家元が弾く津軽三味線のかっこよさに惹かれたんですね。津軽三味線には楽譜はなくて、師匠が弾いてくれたものを録音して、それを何度も何度も聴いてさらって覚えていく。そして翌月の稽古で披露するんですが、そもそも家元自体がアドリブで弾いているので、次のときには演奏が変わっていたりするんですよね。それで直されてまた覚え直して……というのを合計4年間続けました。
健一 他の大人のお弟子さんたちは、1回の稽古が10分、20分だったりするんですが、僕たちだけ2時間も3時間もみてくれて。何しろ子どもですから、スポンジ状態で何もかも吸収してしまう。それが家元に面白がってもらえたんだと思います。
「津軽三味線で生きていく」と決意し、兄弟が別の道を模索
家元に習い初めて1年後、初めての津軽三味線全国大会に団体戦で出場。翌年、個人戦に出場し、健一さんがいきなり特別賞を受賞します。良一郎さんは「ここで火がつき」猛練習。それから兄弟でそれぞれが大会で賞を取り、周囲から大きな注目を浴びるようになります。
良一郎 兄弟がライバル視され、どっちが賞を取るのか、どっちがより多く拍手をもらうのかという状況になり、それがすごく面白くなってきました。そのうちに地元の新聞やテレビなどに取り上げられるようになり、「吉田兄弟」として宴会などに呼ばれて演奏するようになりました。
健一 だから、よく「いつから吉田兄弟を始めたんですか」と聞かれるんですが、「兄弟で呼ばれるから兄弟で演奏しに行っていた」としか言いようがないんですよね。自分たちで「吉田兄弟」という芸名を決めたわけでもないんです。とにかく毎週末、北海道のどこかの温泉地で演奏しているような中学時代でした。そんな中で次第に「津軽三味線で生きていく」という決意を固め、兄が高2、僕が中3のときに師匠の元を離れました。
津軽三味線というと有名な「津軽じょんがら節」。巧みな技で聴衆を惹きつけ、次第にヒートアップしていくような熱気が魅力ですが、実はあの三味線だけで演奏する部分は前奏で、その後に歌が続きます。ですから、津軽三味線の世界では「曲弾き」だけをやっている奏者は、一段低くみられる傾向があるそう。そして、歌を知らないと曲弾きも上手くならないという面があるそうです。
良一郎さんは、その歌の伴奏(歌付け)を極めようと、高校卒業後に東京に向かいます。
良一郎 ずっと北海道中で演奏していましたから、次に自分の力を試すなら東京かなと思っていました。そこで先輩に紹介された東京の民謡酒場「追分」に住み込みで働き始めました。民謡酒場は歌がメイン。出身地もさまざまなお客さんも歌うので、全国各地の民謡を覚えなければならない。まさに伴奏を体に覚え込ませました。
健一 兄が東京に行ったあと、僕は北海道で「1人の演奏者」としてやっていく道を模索していました。そんななか、三味線以外の楽器とのセッションをやろうと思いつきます。そこでバイトをしながら、自分で企画して、打楽器など他の楽器と一緒にコンサートを開きました。パーカッションとセッションするとお客さんのノリが全然違うということにも気づき、じゃあオリジナル曲を作ろうと思ったんです。こうして、じょんがら節をベースにした「モダン」や、よされ節をベースにした「いぶき」が生まれました。
良一郎 どっぷりと民謡につかった僕と、バンド・セッションにつかった弟、というふうに兄弟のカラーがはっきりと分かれた時期です。
「津軽じょんがら節」を弾き続けながらオリジナルの魅力に
こうして別々の土地で活動しながら「吉田兄弟」としての仕事は続けていたふたりですが、ついに1999年11月にアルバム『いぶき』でデビュー。その後、現在までにベスト盤を含む15枚のアルバムをリリース。良一郎さんの持つ「民謡」というベースと、健一さんが描く「バンド・サウンド」との融合が「吉田兄弟」の魅力であることは言をまちません。
健一 そもそも僕らは、J-POPや歌謡曲を聴いて育ってきた世代。だからドラムやベースが入るバンド・サウンドと三味線を一緒に演奏するというのは、感覚的にごく普通のこと。ただそういう曲はこれまでなかったので、オリジナル曲を作り始めたんです。
良一郎 今でも守り続けているのは、どんなライブでも「津軽じょんがら節」は必ず演奏するということ。お客さんもそれを待ってくれていますし、僕らも北海道時代からそのスタイルは変えていません。
吉田兄弟「津軽じょんがら節」ライブ映像
「津軽じょんがら節」という芯があり、そこからさまざまな枝や葉が生え、「吉田兄弟」という大きな花が開いている。そんなイメージでしょうか。
健一 ただ作り手としては、「じょんがら節」を超えるオリジナルができたらと思っているんです。なぜなら、それが100年後に民謡になっている可能性があるからです。
伝統って黙っていても続いていくものじゃなくて、意識的に作っていかないといけないと思うんですよね。それが、「100年後に継承すべき伝統を作る」というテーマでさまざまなアーティストと共作する「吉田劇場」というプロジェクトにつながっています。
「吉田劇場」ダイジェスト版映像
今、大学の津軽三味線サークルがものすごく増えてきているそうで、そこからプロの奏者も生まれているとのこと。アニメ『ましろのおと』も、高校の津軽三味線サークルを舞台にした作品。若い世代にとって三味線は、もはや「じじくさい」どころか「かっこいい」楽器になっています。その道筋を開いたのが吉田兄弟だといっていいのではないでしょうか。
健一 これから三味線を始めようとしている方々に向け、吉田兄弟監修モデルの三味線も開発しています。どんな世界でも同じですが、その世界の光になれるかどうか。誰かを輝かせつつ、自分たちも光り続けるという存在がいないと、そのジャンルは衰退していきます。僕らはそうありたいとずっと思い続けています。
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