クラシックの伝統とジャズの邂逅ーー今、ユーロジャズが熱い!
クラシック誕生の地であるヨーロッパは、ジャズシーンも熱い。クラシックを学んできたミュージシャンたちが奏でる音色は、アメリカのジャズとはまた違った趣がある。クラシックとジャズの邂逅が生み出した音楽を、日本の現代ジャズシーンで活躍するベーシスト・小美濃悠太さんが現地よりレポート! 音楽・ビール・音楽三昧の日々を疑似体験!
1985年生まれ。千葉大学文学部卒業、一橋大学社会学研究科修士課程修了。 大学在学中より演奏活動を開始し、臼庭潤、南博、津上研太、音川英二など日本を代表する数々のジャ...
これまで、ONTOMOでは2回にわたってDIY職人としての記事を執筆させていただいた。あまり知られていないことだが、実は私にはDIY職人だけでなく、コントラバス奏者としての顔もある。今回はプレイヤーの立場から、クラシックとジャズを結ぶ音楽家たちをご紹介したい。
クラシックの伝統と即興演奏
2018年6月末から約1ヶ月間、公演のためにヨーロッパに滞在した。フランス、デンマークでの演奏があった日のほかは、できる限り現地のコンサートに足を運んだ。その間に観たコンサートは18公演にも及ぶ(1日に5公演観た日も)。
よく言われることだが、ヨーロッパのジャズミュージシャンはクラシック音楽からの影響が色濃い。音楽学校でクラシックを勉強してきたミュージシャンがほとんどで、テクニックは非常に高度。即興演奏にもそれが表れていると言っていい。
そんなヨーロッパのミュージシャンたちの中から、弦楽四重奏を加えたアンサンブルSWAN Ensemble feat. Atom String Quartet、そしてヴァイオリニスト、アダム・バウディフ(Adam Bałdych)のカルテットをピックアップしてコンサートの模様をお伝えしたい。
コペンハーゲンの奇跡 ――SWAN Ensemble feat. Atom String Quartet
デンマークの首都、コペンハーゲン。運河や海のきらめく水面、洗練された建築、そして美食のコンビネーションには到底抗えず、ほぼ毎日昼からビールを飲んではコンサートをハシゴするという一週間を過ごした。
何しろ、夜10時ごろまで外が明るい。夜を待っていては、いつまでもたってもビールは飲めない。したがって昼から飲むしかないのである。
デンマークは、カールスバーグのお膝元でもあり、とにかくビールが旨い。また名物の伝統的料理スモーブローは、目でも舌でも楽しめるし、ビールがすすむ。飲まない理由を見つけるほうが難しい。
さて、そんなコペンハーゲンで行われるジャズフェスティバルは、欧州でも有数のジャズフェスティバルとして知られ、毎年充実したプログラムを提供している。私はその中でもアーティスト集団「SWAN Østerbro」がプロデュースするコンサートシリーズに、自らのカルテットで出演した。
このコンサートシリーズの中でも衝撃的だったのが、最注目ポーランド人ピアニスト、アルトゥール・トゥジニク(Artur Tuźnik)率いる「SWAN Ensemble feat. Atom String Quartet」 。彼のピアノトリオに弦楽四重奏ATOM String Quartet、そして重鎮サックスプレイヤーであるイレク・ボイチャック(Irek Wojtczak)、ツェザリウシュ・ ガヅィナ(Cezariusz Gadzina)を迎えた、この日のためのスペシャルプログラムだ。
アルトゥールは数年前まではハードなタッチで弾きまくる演奏が多かったようだが(少なくとも手に入る資料で確認できる限り)、2016年にリリースされたピアノトリオ作《Artur Tuźnik Trio》では一転して思索的な演奏を聴かせている。個人的には2017年に聴いたピアノトリオの作品ではもっとも気に入っている一枚だ。
さて、この日のために彼が書き下ろしたアレンジでは、ATOM String Quartetが大きくフィーチャーされていた。彼らは通常のクラシックの弦楽四重奏とは異なり、もっとも即興演奏において優れたカルテットのひとつに数えられている。
ショパンの国・ポーランドが誇るアルトゥールのピアノの音色は、「ジャズ」という言葉から連想されるタッチとはまったく違う。深く沈みこみ、美しく抽象的な印象を残す彼の音色に、聴衆は最初の一音から息を飲んだ。
彼の音楽を拡張し、より立体的にしているのがATOM String Quartetの演奏だ。 アルトゥールの演奏の魅力がモノクロームの深みにあるとすれば、ATOMはそこにコントラストを加えていたように思う。仄暗さをたたえた白と黒の対比を、聴衆が想像もしなかったスリリングな美しさと緊張感へ昇華させていた。
「弦楽四重奏としてジャズアンサンブルにクラシックの要素を加える」という形をはるかに越えて、弦楽四重奏の大きな可能性を提示するATOM String Quartet。クラシック、ジャズ両方のリスナーからの注目を期待したい。
オススメアルバムとして、アンサンブルの美しさと即興演奏のスリルの両方を楽しめる2015年の作品《ATOMSPHERE》を紹介しておこう。
ヴァイオリンジャズの革命児、アダム・バウディフ
ところ変わって、オーストリアはウィーン。日本に帰る前にどうしても観たいコンサートがあって、3日間滞在することにした。
ウィーンと言えば、音楽の都として知られている。クラシック音楽愛好家なら、誰でも1度は訪れてみたい街の1つだろう。街中を歩いていると、伝統衣装をまとったお兄さんに「今夜クラシックのコンサートあるけど、どう?」と声をかけられた。クラシックコンサートのチケットが道端で買えるあたり、さすがウィーンである。今夜はジャズのコンサートがあるから行けないんだ、と伝えると「ここウィーンだよ? どうして? おかしくない? クラシックでしょ?」とまくしたてられた。ごもっとも。
しかし実際には、クラシックだけでなく美術や建築にも見どころが多い。世紀末芸術を代表するクリムトやシーレの作品、オットー・ワグナーが手がけた建築をたっぷり楽しむことができる。また、エレクトロ音楽やクラブ・バーカルチャーなど現代文化の発信も盛んで、多面的な芸術都市と言えよう。
そして、何といってもビールを抜きにしてウィーンを語ることはできない。オーストリアは国民一人あたりのビール消費量が世界2位を誇る国。郷に入っては郷に従え、である。ウィーン名物シュニッツェル(薄い豚肉のカツレツ)はシンプルながら味わい深く、口にすれば自動的にビールが欲しくなってしまう。どの店に入っても人当たりのよいスタッフが多く、明るく「ビールおかわりどう?」と言われると無下には断れない。またワインの生産も盛んで、ホイリゲというワイン居酒屋も楽しいところだそうだ。
さて、本題に入ろう。
ウィーンには、Porgy&Bessという名門ジャズクラブがある。ここでヴァイオリニスト、アダム・バウディフのコンサートがあると聞いて、ウィーン滞在を決めたのだ(ビールのためではない)。
彼もAtom String Quartetと同じポーランド出身、まだ32歳と若い。ドイツの人気レーベルACT MUSICの新しい看板アーティストである。16歳にして大物アーティストとのレコーディングやツアーを行い、天才の名をほしいままにしてきた。
近年では、日本でも人気のピアニスト、ヘルゲ・リエン(Helge Lien)率いるトリオとの共演を重ね、2枚のアルバムを制作。現在もツアーを続けている。またヘルゲとのデュオで今年来日公演を行い、大きな反響を巻き起こした。
アダムの音色は、いわゆるクラシック音楽で聴かれる艶やかで華のある音色とは違う。ザラッとした乾いた手触りで、雑味を感じさせるものだ。この音色、そして節回しには中欧や東欧の音楽の影響があるのではないかと思う。
このプロジェクトでのレパートリーは、シンプルで美しいメロディをもつ曲が多い。ポーランド人であるアダムと、ノルウェー人であるヘルゲたちトリオが共に音楽をつくるにあたり、お互いを理解するのに役立ったのがそれぞれの国のフォークソングだそうだ。レパートリーを聴けばそれも納得できる。アダムの乾いた音色で奏でられるメロディを、大木のような温もりのあるヘルゲのピアノが包み込み、静かに満員の聴衆を巻き込んでいた。
ジャズにおけるヴァイオリンの立ち位置は、マヌーシュジャズと呼ばれる技巧的な分野に偏りがちだ。しかしアダムはその系譜とは一線を画す。あくまで音楽の中心には美しいメロディとハーモニーがあり、それを個性的な音色と歌い回しで紡いでいく。彼とヘルゲのトリオの演奏は、たとえ穏やかであっても熱量に満ちていて、作為を感じさせないまま音楽はクライマックスを迎える。頂点に達するアダムの演奏は超絶技巧に違いないのだが、技巧よりもその美しさとエネルギーに耳を奪われてしまった。
アダム・バウディフのオススメアルバムとしては、全編ピアノとのデュオで収録された《The New Tradition》をまず推したい。クラシックリスナーにもスッと馴染める1枚。
今回共演したHelge Lien Trio、さらにノルウェーの名サキソフォニスト、トーレ・ブルンボルグ(Tore Brunborg)が加わった最新アルバム《Brothers》をも傑作。1曲目の乾いた音色、ヘビーなビートの2曲目、アダムとヘルゲの真骨頂が聴ける7曲目は必聴。
いわゆるノリノリの楽しいリズムのジャズを想像すると肩透かしを食うかもしれない。この1枚が現代ジャズを楽しむきっかけになることを願うばかり。
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