
音楽活動にはなぜ経営が必要なのか――経営学者・宇田川元一さんに聞く〈前編〉

音楽活動を社会の中でより強固にし、長く継続していくために、改めて注目されている「経営」という視点。経営戦略論・組織論の第一人者である経営学者の宇田川元一さんは、「経営学は人間学である」と語ります。
このインタビューでは、「誰のために、何のために演奏するのか」という本質的な問いに対して、宇田川さんが提言。前編では、サッカークラブの運営やドラッカーの思想を交えながら紐解きます。

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
個人の演奏会から、オーケストラやオペラなどの規模の大きな団体まで、音楽活動を継続しようと思ったら、「経営」という課題には必ず直面する。私たちの音楽の基盤を社会の中でより強固にしたいと思ったら、経営について少しでも学んでおきたい。
そこで、『他者と働く』『企業変革のジレンマ』などの著書で知られ、ナラティヴ(語りの構造)という概念を軸に組織論を展開してきた経営学者の宇田川元一さんに、音楽・芸術活動と経営の関係について話をうかがった。
オーケストラとサッカークラブは似ている
——経営学というと、お金儲けと文化が対立するような図式で語られがちですが、ご著書を何冊か拝読して、「経営学って人間学なんだな」と感じました。
宇田川 ありがとうございます。そうしたいなと思って書いているので。音楽活動自体も、ある意味では経営みたいな側面があるんじゃないかと思っているんですよね。

経営学者。埼玉大学 経済経営系大学院 教授。
1977年東京生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授、2016年埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授を経て、2025年より同 教授。コレスポンデンス主宰。
対話を基盤とした企業変革について研究を行うほか、大手企業やスタートアップ企業における企業変革やイノベーションの推進に関するアドバイザーとして、その変革を支援している。
2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)、日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)、2024年下半期TOPPOINT大賞・HRアワード2025書籍部門優秀賞(『企業変革のジレンマ-「構造的無能化」はなぜ起きるのか』)
——宇田川さんご自身はこの音楽業界をどうご覧になっていますか。
宇田川 ぼくは音楽芸術業界に関しては完全に素人という前提でお話しさせてください。もう一つの趣味がサッカー観戦で、FC東京のサポーターなんですけど、実はオーケストラとプロサッカークラブって結構似ているところがあるんです。
結局、スタジアムやホールにお客さんが入らないと成り立たない。でも、お客さんが入るだけでも成り立たない。人件費だけでJリーグの大きいクラブだと年間何十億もかかるわけですから。
——具体的にはどう似ているんでしょう。
宇田川 FC東京だと、試合は午後2時からでも、スタジアムグルメやイベントは午前10時くらいから始まって、家族が半日楽しめる時間を作っている。そうやってファンベースを増やし、スポンサーにもメリットを提示する努力をしているんですよね。
一方で芸術は、それがなかなかやりにくい世界で。ぼく、20何年か前に趣味でアメリカのオーケストラ経営を調べたことがあって、ナッシュビル・シンフォニーではプレコンサートトークがあり、休憩時間にソリストのサイン会をやっていて。サブスクライバーや地域のスポンサーシップを一生懸命獲得しようとしていたんですよね。
良くも悪くも、経営が求められる時代になったということなんじゃないですかね。人口減少の中で助成金が細っていくのはもうどうしようもない以上、芸術団体もより経営が求められる時代にならざるを得ないんだと思います。
「経営のA面とB面」からヒントを得る
——オーケストラには演奏家という現場と事務方という現場があって、それぞれ持っている物語が違う気がします。演奏家は「いい演奏をするのが仕事」、事務方は「音楽のことは任せて自分たちの仕事をする」というふうに、区別なのかもしれませんが、分断している局面もあるように思うんです。
宇田川 組織論がかかってくる問題ですね。元日本代表監督の岡田武史さんが手がけるFC今治というチームがあって、著書『岡田メソッド』で書いていたことが面白かったんです。
岡田さんは、チーム創設にあたってFCバルセロナからアドバイザーを呼び、戦術の基盤になる「プレーモデル」を1年かけて作ったんですけど、なんか違うんじゃないかという感覚があったと。
それで、バルセロナのプレーモデルを本当に理解するには、カタルーニャの歴史や文化を理解しなければいけないんじゃないかと気づいたそうなんです。カタルーニャは18世紀からずっとスペインに迫害されてきた土地で、弱い立場の人たちがどうサッカーで戦うか、という街のナラティヴを背負っている。一人ひとりの力が強くなくても、みんなで力を合わせて戦う。そのためにポジションの細かな修正をしながらボールを支配して戦うやり方なんです。
これは、「ポジショナルプレー」という戦術で、今マンチェスター・シティを率いているペップ・グアルディオラ監督が、FCバルセロナの監督の時に完成させました。しかし、元々はグアルディオラの師であるオランダ人のヨハン・クライフが作った「トータルフットボール」という戦術をバルセロナの文化に根ざして解釈したものでもあるのです。

——なるほど。
宇田川 そう考えると、オーケストラも、活動している街の人たちがどんな日常を生きていて、それを演奏会でどう表現していくのか、というのが本当は必要なのではと思うんです。
ただ、それは「演奏に地域性を持たせればいい」という話じゃなくて、誰にどうなってもらいたいのか、何を背負って演奏するのかということなんですよね。
ぼくはnoteで「経営のA面とB面」という言い方をよくしています。A面は戦略とか説明可能なロジックの世界。だけど、なぜそれが自分たちにとって正しいのかという哲学、これがB面。
B面があって初めてA面的な活動が構成されるので、これがないと、どこの会社でもいい、このチームじゃなくてもいい、という、つるつるしたものになってしまうんじゃないかと思うんですね。
——財団法人が非営利で運営しているオーケストラやコンサートホールも多いですよね。利益の最大化を目的にできない分、なおさら哲学の共有が必要な組織だと思います。
多数の人々が求めているものをそのまま提供するのではいけない、というのが芸術の難しいところだと思うんですよね。
宇田川 それが「顧客の創造」というピーター・ドラッカー(経営学者)の話で。顕在化しているニーズに応えるという話とはちょっと違うんですよ。ドラッカーがもともと言っていたのは、19世紀末にアメリカで近代化が進むなか、消費社会から取り残されていた農村部の人たちに向けて、アメリカの老舗百貨店シアーズがカタログ通販を始めたことで会社が大きくなった、という話なんです。
何のためにその演奏会を開くのか。演奏したいから、というのでは違うと思うんですよね。それは自分のお金で開けばいい話であって。
——誰にその曲を届けて、何を起こしたいのか、というところまで考えなければ発表会と大差なくなってしまいますね。
宇田川 あるいは、これを続けることに、スポンサーになってもらう企業がどういう価値を見出すのか。企業にもやっぱり理由が必要なんだと思うんです。大衆が必ずしも好むとは限らないものに、なぜこれが必要なのかという問いに真剣に向き合うこと。それが本当に必要なんじゃないかと思いますね。
宇田川元一さんの著書
後編では、宇田川さんご自身の音楽遍歴や、意外な飲食チェーンをめぐる考察を手がかりに、「では何を大事にすべきか」という核心に迫ります。
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