レポート
2026.04.17
海外レポート・ロシア【音楽の友5月号】/Worldwide classical music report, " Russia "

チャイコフスキー未完のオペラ《マンドラゴラ》が マリインスキー劇場で「初演」

3月のロシア・サンクトペテルブルクの音楽シーンからオペラのレポートをお届けします。

取材・文
浅松啓介 Keisuke Asamatsu
取材・文
浅松啓介 Keisuke Asamatsu

ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院正規学部卒業。2008年からサンクトペテルブルク在住。サンクトペテルブルク、モスクワなど現地での演奏活動や取材を通じ、ロシア音楽...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

マンドラゴラを歌ったチェルタシュ(上)とヴェレス騎士を歌ったラデュク(下)。マリインスキー劇場の《マンゴラゴラ》から © Mariinsky theater

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チャイコフスキーにはさまざまなオペラ作品があり、現在でも主要なオペラ劇場の定番演目となっているものも少なくない。とくに代表格の《エフゲニー・オネーギン》は作曲家がサンクトペテルブルクからモスクワへ移り、モスクワ音楽院で教鞭をとっていた頃の初期の作品である。この作品を手がける前に、じつは構想していたオペラ作品があることは、なかなか知られていない。というのも、完成せずにこれまで日の目を見ることがなかったからである。残されていたのは、断片的な台本と音楽だけだ。しかも音楽はスケッチ程度の内容しかない。

3月6日に、この作品がマリインスキー劇場第2ステージで2025年からの「初演」扱いで上演された。残されていたチャイコフスキーのスケッチを元に、現代の作曲家ピョートル・ドランガが完成させたオペラ《マンドラゴラ》である。チャイコフスキー作品といえば人間ドラマをメインに据えたものが多いが、このオペラはそれとは対照的に神秘、自然、伝説といったファンタジー要素の強い内容となっているので、この作曲家らしくない。のちの作品を考えると、人間ドラマを扱うことに重きが移っていったと考えられる。

さて、この作品のタイトルにもなっている「マンドラゴラ」とは、魔法の植物の名前である。主人公である騎士(ヴェレス)が美しく神秘的な女性(ムラーダ)に出会い恋をするが、拒絶される。このムラーダは主人公のことを愛しているが、「愛は他人の不幸を伴う」という予言を信じ、距離を置くことにした。

絶望する騎士のもとに精霊が現れて、「どんな願いも叶える植物(マンドラゴラ)」の存在を教える。マンドラゴラを探しに森に入る騎士。マンドラゴラを見つけて引き抜くと、その植物が絶世の美女になる。美女は騎士に仕えることを誓う一方で、騎士を愛してしまい、眠る騎士に魔法をかけて自分に恋をさせる始末。こうして三角関係が生まれてしまう。

ほんとうは騎士のことを愛しているムラーダは、「騎士が別の女性と一緒になる」未来を夢に見て焦る。そこでムラーダは騎士に愛を告白し、騎士はマンドラゴラ(絶世の美女)が「二人の幸せを奪っている」ことに気がつく。最終的に、マンドラゴラは身を引き、自分の命と引き換えに騎士の魔法を解いて死ぬ。ハッピーエンドといいたいところだが、冒頭にあった予言「愛は他人の不幸を伴う」が伏線を回収し、騎士とムラーダの二人は、他人の不幸の上に結ばれた犠牲の重さに打ちのめされる。

未完でこれまで発表もされたことのない作品であるため、どこにもこのあらすじは載っていない。そのため字数を割いてご紹介させていただいた。

マリインスキー劇場の《マンドラゴラ》から© Mariinsky theater
マリインスキー劇場で上演された《マンドラゴラ》の幻想的な舞台 © Mariinsky theater

話を少し戻すと、このオペラを完成させたのはロシア国内で有名なピョートル・ドランガである。彼はバヤン(アコーディオン)奏者として名を馳せており、最近ではクラシックと現代音楽を融合させるプロジェクトを多く手がけている。

冒頭にも述べた通り、断片的な素材しか残されていないため、作品としてはドランガの作品といってよいくらい、新作に近い形で再構成されたものだ。チャイコフスキーの残した素材をベースに新しい台本の追加を行い、当然音楽も新しいものを加えている。チャイコフスキーは登場人物の名前も残していないので、今回のプロジェクトで設定されたものだし、三角関係という内容も創作だ。音楽ではアリア、二重唱、合唱の部分がドランガによるものであり、全体のオーケストレーションも彼が担当している。

主人公のヴェレス騎士をヴァシリー・ラデュク(Br)、マンドラゴラをボリショイ劇場のアリーナ・チェルタシュ(Ms)、ムラーダをユリヤ・スレイマノヴァ(S)ら若手が出演し、幻想的な舞台を実現させた。音楽は決して聴くに堪えないような現代音楽ではなく、チャイコフスキーへのオマージュのような響きとなっている。

また、オペラ全体の「幻想」は、3層に分かれた巨大な頭蓋骨と現代的舞台装置の駆使によって、現代劇のような活気あふれるものとなっている。作曲家にゆかりのあるこのサンクトペテルブルクでの上演は、ブラヴォーの飛び交う大成功となった。チャイコフスキーがもしもこの作品を聴いたら、どう思うだろうか。

取材・文
浅松啓介 Keisuke Asamatsu
取材・文
浅松啓介 Keisuke Asamatsu

ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院正規学部卒業。2008年からサンクトペテルブルク在住。サンクトペテルブルク、モスクワなど現地での演奏活動や取材を通じ、ロシア音楽...

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