読みもの
2021.07.24
音楽ファンのためのミュージカル教室 第17回

『ジーザス・クライスト=スーパースター』~キリストの最期を変拍子とロックで描く

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第17回は、2021年7月15日(木)から東急シアターオーブで上演中の『ジーザス・クライスト・スーパースター』の背景と楽曲について解説します。変拍子を巧みに用いたロックナンバーが描くキリスト最期の7日間!

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

写真提供:東急シアターオーブ

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ロイド・ウェッバーとライスのコンビがミュージカルを構想してシングル盤からスタート

『ジーザス・クライスト=スーパースター』は、作曲家アンドルー・ロイド・ウェッバー(1948年生まれ)と作詞家ティム・ライス(1944年生まれ)との若き日の傑作である。

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ロイド・ウェッバーとライスの出会いは、1965年。音楽一家に生まれ、早くから音楽的才能を示したロイド・ウェッバーは、音楽劇を作るために作詞の相手を探していた。それを伝え聞いて名乗りをあげたのがライスであった。

最初のコラボレーションは、慈善活動家トーマス・ジョン・バーナードを題材とした『ライクス・オブ・アス』であったが、それは上演されずに終わった(2005年に漸く初演されている)。しかし、1968年、ある学校で上演するために共作した、旧約聖書「創世記」のヨゼフの物語に基づく『ヨゼフと不思議なテクニカラー・ドリームコート』は、15分の短いものであったが、好評を博し、再演されるたびに長くなり、1972年には劇場作品としてエディンバラ・フェスティバルで上演されるに至った。

『ヨゼフと不思議なテクニカラー・ドリームコート』

次作の『ジーザス・クライスト=スーパースター』では、素材を新約聖書に求めた。ロックを交えたキリストの物語は、保守的な層から宗教的な反発を受けるだろうが、若い人たちを惹きつけ、論争を巻き起こすだろうと、ライスは予感した。

1960年代後半、ロックでは、一つのテーマやストーリーに沿ったコンセプト・アルバムが作られるようになっていた。そして、コンセプト・アルバムが舞台化されることもあり、『ジーザス・クライスト=スーパースター』もそんなロック・オペラあるいはロック・ミュージカルと呼ばれる一作であった。

ロイド・ウェッバーとライスは、ミュージカルの構想を持ちながらも、まずは、1969年にシングル盤として『スーパースター』をリリースした。A面にはミュージカル全体のテーマ曲となる「スーパースター」を、B面にはクラシカルなインストゥルメンタル曲「ヨハネによる福音書19章41節」を収めた。1970年には、2枚組のLP『ジーザス・クライスト・スーパースター』が完成した。そして、1971年10月12日についに舞台版がブロードウェイのマーク・ヘリンジャー劇場で開幕。1972年からはロンドンでも上演され、これらの舞台の大ヒットによって、1973年には映画版も作られた。

「スーパースター」、「ヨハネによる福音書19章41節」

その後、ロイド・ウェッバーとライスのコンビは、『エビータ』(1976年)を生み出す。ロイド・ウェッバーについては本連載の第6回第7回第10回でも書いているので、あわせて読んでいただければ幸いである。

ロックと変拍子で効果的に描くイエス・キリスト最後の7日間

『ジーザス・クライスト=スーパースター』は、イエス・キリスト(ジーザス・クライスト)の最後の7日間の物語である。全体はキリストの弟子ユダの目を通して表現され、民衆から神の子と崇められるキリストは人間として描かれる。裏切者として悪名高いユダは、このミュージカルでは、キリストを熱烈に愛し、彼をもっとも理解する者である。ユダはキリストの言葉を誰よりも支持していたが、キリストが民衆(=ユダヤ人)から神の子や救世主として奉られることには反対で、民衆の崇拝の盛り上がりを警戒する支配者=ローマ帝国によって民衆が弾圧されると思い、キリストを売り渡してしまうのであった。

マグダラのマリアのキリストへの愛、ピラトの苦悩・葛藤など、聖書の物語に独自の解釈を加えて、登場人物が生き生きと息づいている。また、最初、ジーザスを熱狂的に支持していたにもかかわらず、後半、手のひらを返したように彼の処刑を望む、民衆の移り気も、見どころ(聴きどころ)の一つである。

ロックを中心とした画期的なミュージカルであるが、音楽的な特徴として、変拍子が有効に使われていることもあげられる。「天国に心奪われて」、「神殿(テンプル)」、「逮捕」には7拍子、「今宵安らかに」、「ゲッセマネの園」には5拍子が使われたり、挿入されたりしている。

主なナンバーとその場面

第1幕

序曲
苦しむユダヤの民を思わせる音楽。そして、闇に光がさすように、ジーザスが出現(「スーパースター」のテーマ)。

天国に心奪われて
師ジーザスを人として愛するユダが民族の危機を避けるためにジーザスに激しく忠告する。途中で7拍子(4+3拍子)の音楽が挿入される。

何が起こるのか教えたまえ/奇妙で不思議なこと
ベタニアでの金曜日の夜。使徒たちは師ジーザスに「何が起こるのか教えたまえ」という。「奇妙で不思議なこと」では、ユダが、マグダラのマリアのような不道徳な女に親しくするジーザスを非難する。

今宵安らかに
マリアが、ジーザスの髪に香油を塗りながら、「今宵は何も気にしないでゆっくりしてほしい」と歌う、5拍子(3+2拍子)のナンバー。

マグダラのマリアを演じるセリンダ・シェーンマッカー。

イエスは死ぬべし
ユダヤ教の大司祭や司祭たちがジーザスを危険人物とみなし、洗礼者ヨハネ(オペラ《サロメ》でのヨカナーン)のように殺してしまえと歌う。民衆の「スーパースター」の叫びとのコントラストが印象的。

ホザンナ
棕櫚(しゅろ)の日曜日(パーム・サンデー)、ジーザスはエルサレムに入城する。民衆たちは「ホザンナ(「救いたまえ」の意)」と歌う。大司祭カヤバはこの騒ぎが暴動につながるのではないかと不安に感じる。

コロナ自粛期間中に作曲者のサイトでリモートで合唱の動画が作られたのはこの曲。

アンドリュー・ロイド・ウェッバーのYouTubeチャンネルより、リモート合唱による「ホザンナ」

狂信者シモン/かわいそうなエルサレム
弟子の一人シモンは熱烈に師ジーザスを熱烈に讃美する。それに対してジーザスが「かわいそうなエルサレム」を歌う。

シモンを演じる柿澤勇人。

ピラトの夢
月曜日、ローマ帝国の地方総督ピラトは、夢でジーザスに会ったとしみじみと歌う。

ジーザスの会堂(ザ・テンプル)
ジーザスが会堂を造ろうとしているが、そこには商人や盗賊があふれ、ジーザスは彼らを追い払う。また病気に苦しむ人々が奇跡をせがむが、苛立つジーザスは自分で癒せという。7拍子の音楽は、1週間の7を象徴しているのだろうか。

私はイエスがわからない
マグダラのマリアは、数多くの男を相手にしてきたし、彼も一人の男に違いないのに、彼をどう愛したらいいかわからない、と歌う。

裏切り/血の報酬
エレキ・ギターのソロで始まる。火曜日、大司祭たちに、ユダは、裏切っても報酬は受け取りたくないという。大司祭たちは、それならその金を貧しい人にでも寄付しろ、とすすめる。ユダがついにジーザスの居場所(木曜日の夜にゲッセマネの園)を教えてしまう。

第2幕

最後の晩餐
木曜日の夜。最後の晩餐である。使徒たちのコーラスのあと、ジーザスは、「このワインは私の血、このパンは私の肉」と弟子たちに述べる。

ゲッセマネの園
ジーザスは「どうして私が死ななければならないのか」と神に叫ぶ。8分の5拍子の音楽が挿入される。

 

マイケル・K・リー演じるジーザス・クライスト。

逮捕
ユダの裏切りによって、ジーザスは兵士に捕まる。ここでも7拍子の音楽が使われる。

ペテロの否認
通りに出た弟子ペトロは、ジーザスとともにいたことを疑われ、3回、それを否定する。

ヘロデ王の歌
金曜日。ジーザスはヘロデ王のもとへ送られた。ヘロデがジーザスに「お前が偉大なキリストなら、奇蹟を見せてみろ」という、軽妙な歌。

私たちは、もう一度、やり直せませんか?
マリアとペトロがジーザスに向かって歌う美しいバラード。

ユダの自殺
ユダは、そこにはいないジーザスに「私はあなたが望むことをしたのだ」という。「私はイエスがわからない」のメロディが挿入される。そして、ユダは自ら首を括る。

 

ラミン・カリムルー演じるイスカリオテのユダ。

ピラトの審判と39回の鞭打ちの刑
ユダヤ人には人を死刑に処する法律はなく、それは支配者であるローマ人に委ねられていた。大司祭はピラト総督にジーザスを磔にしてほしいと言った。ピラトはジーザスを磔にする理由を見いだせなかったが、民衆は「我々の王はシーザー(ローマ皇帝)しかいない。ジーザスを磔に!」と叫んでいる。ピラトはとりあえず、ジーザスを鞭で39回打たせた。しかしそれでも民衆は収まらなかった。ピラトはジーザスを惜しみながらも処刑を認める。

スーパースター
「スーパースター」のテーマが演奏され、死んだはずのユダとコーラスがポップな音楽を歌い出す。


ジーザスが神に祈る。うしろではジャズの即興演奏と現代音楽のようなコーラス。

ヨハネによる福音書19章41節
最後は、弦楽器を中心とするとてもクラシカルな音楽で締め括られる。

20世紀の「キリストの受難曲」を奇跡のキャストで

7月12日から東急シアターオーブで国際的なミュージカル歌手による『ジーザス・クライスト=スーパースター in コンサート』がひらかれている。コロナ禍の現在、これだけのキャストを集めたのは“奇跡”といえる。

ジーザス・クライストは、ブロードウェイで活躍するマイケル・K・リー。柔和な高音域がキリストにふさわしい。ウエストエンドで活躍するラミン・カリムルーがテンションの高い声で圧倒的なイスカリオテのユダ。マグダラのマリアは、伸びやかな澄んだ声が魅力的な、オランダ出身のセリンダ・シェーンマッカー。ピラトに英米仏で活躍するカナダ出身のロベール・マリアン。「ピラトの夢」での渋さから「ピラトの審判」での叫びまで表現の幅の広さが驚異的。ヘロデ王の藤岡正明は英語でのコミカルな歌唱や芝居で好演。柿澤勇人のシモンが熱狂的。そのほか、ペトロにテリー・リアン、アンナスにアーロン・ウォルポール、カヤパにLE VELVETSの宮原浩暢

第1幕より、マグダラのマリア役のセリンダ・シェーンマッカー。
第1幕より、シモン役の柿澤勇人。

歌手たちはマイクを手に歌うが、全員、簡単な演技も伴う。舞台上に金属パイプで3階建てほどのスペースが作られ、10箇所ほどにミュージシャンを配置。歌手たちと一体感があった。

「in コンサート」のスタイルでは、純粋に音楽を満喫することができ、『ジーザス・クライスト・スーパースター』が、バッハの《マタイ受難曲》にも匹敵する、20世紀の「キリストの受難曲」であることを実感した。

公演情報
『ジーザス・クライスト=スーパースター in コンサート』

日時: 2021年7月15日(木)~27日(火)

会場: 東急シアターオーブ

出演: マイケル・K・リー、ラミン・カリムルー、 セリンダ・シューンマッカー、藤岡正明、 宮原浩暢(LE VELVETS)、テリー・リアン、ロベール・マリアン、柿澤勇人、アーロン・ウォルポール、ほか

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山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

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