読みもの
2020.09.18
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第27話

ラン・ランさんの《ゴルドベルク変奏曲》は、音なしでも音が聴こえる

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

ラン・ラン(ピアニスト) ©Harald Hoffmann

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SNSを眺めていたら、ラン・ランさんの新録音、J.S.バッハ《ゴルドベルク変奏曲》のプロモーション動画が流れてきました。

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そのとき音はミュートになっていたのですが、さすがラン・ランさん、多様なタッチとお顔の表情から、音が出ていなくてもどんな演奏なのかが思い浮かびます。すかさず音声をオンにすると、彼らしい情感たっぷりに歌う「アリア」が聴こえてきたのでした。

J.S.バッハ《ゴルドベルク変奏曲》より「アリア」

……クラシックのピアノ演奏は、必要以上に手をはねあげたり顔を動かしたりすることは、あまりよく言われませんから、これ、あまりいい意味で言っていないと勘違いされるかもしれません。

でも、ラン・ランさんのケースは特殊だと私は思うのです!

私も本来は、どっしり構えて体をほとんど動かさず、それでいて、いろいろな表情の音を聴かせてくれるピアニスト(恰幅のいいロシアあたりのおじさんに多い)に憧れるほうです。動きが派手な演奏に出会うと、視覚に惑わされているのではないかと自分を疑い、目を閉じて聴いてみることも。

そして、ときに、激しい体の動きほどに、音の表情が変わっていないことを発見するという。

しかし、ラン・ランさんの場合、この体の動き、顔の表情が、見事に音に反映されている。たとえば、鍵盤からバッと腕を高く上げ、その手先をビクリと震わせる。多くの場合、それは視覚的な動き以上のものでないのに、ラン・ランさんの場合、音も「ビクリ!」としているのです。すごい技。

以前この話をしたら、あるピアニストがこう言いました。

「確かに、腕を跳ね上げ震わせて、それが単なるパフォーマンスの人もいるだろう。でも、たとえばそのとき、逆の鍵盤をおさえているほう手に振動が伝わることで、音は変化する。体をうまく使えていれば、あらゆる動きが出す音に影響を与えるよ」

しばしば演奏家はアスリート同然だと言われることがありますが、フィジカルな強さだけでなく、力をうまく使うセンスが求められる点も共通しているのでしょう。

ところで以前、“2年でヴィルトゥオーゾになれる”という驚きのキャッチコピーを掲げたインドの「ロシアン・ピアノ・スタジオ」を紹介しましたが(詳しくは記事をご参照ください)、こちらのクラスのヒーローはラン・ランさんだとのこと。生徒たちの一音入魂な動きを見ると、納得します。

先日、「音楽の友」9月号、10月号の記事のためラン・ランさんにオンラインインタビューをした際、そのことを伝えると、遠いインドの街で自分がヒーローと呼ばれていることに驚いたようで、テンション爆上がりで喜んでくれました。報告できてよかった。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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