バロックは「ゆがんだ真珠」!? バッハだけじゃない、バロック音楽の真髄とは?
バッハ練習中のニャルミちゃんの頭の中は、ある疑問でいっぱい。「バロックってなぁに? なんで“ゆがんだ真珠”という意味なの?」元音楽の先生、ベテラン物知り猫のにゃんぞう先生と一緒に、バロック音楽について理解を深めよう!
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...
ニャルミさん
陽気な小学3年生。ピアノを習ってるから、クラシック音楽がちょっと好き。
にゃんぞう先生
ニャルミさんちの隣りに住むおじいさん猫。もと小学校の音楽の先生。人間年齢に換算すると64歳。
バロックの意味が「ゆがんだ真珠」って…
ニャルミ にゃんぞう先生こんにちはー!
にゃんぞう先生 やぁニャルミさん、ひさしぶりだねぇ。音楽のお話がしたくなったのかい?
ニャルミ うん、あのね、ニャルミ、ONTOMOとか読んでるし、ピアノ習ってるし、けっこうクラシック好きなんだけどね、最近ちょっと混乱してる。
にゃんぞう先生 どうしたんじゃ?
ニャルミ いまね、ピアノでお稽古してる曲がバッハっていう人のやつなんだけど、インベンションとかっていったかな……。でね、ピアノの先生が、この曲は「バロック時代の曲です」って言うの。
にゃんぞう先生 そうじゃの。ヨハン・ゼバスチャン・バッハ(1685〜1750)はバロック時代の大作曲家じゃ。
ニャルミ でもさ、「バロックってどういう意味ですか?」ってきいたら、先生が「ゆがんだ真珠よ」って。ゆがんでるの!? 真珠が!? まさか! って。だって、バッハってけっこうかっこいいじゃん。いい曲じゃん。それを「ゆがんだ真珠」だなんて、ひどくない?
にゃんぞう先生 にゃるほど。たしかに、バッハの曲を聴いて、へんな形になった真珠を想像するネコはおらんじゃろうなぁ。
ニャルミ でっしょう!? バッハのどこが「バロック」なのよ!
にゃんぞう先生 ふふふ。ニャルミさん、いい機会だから、「バロック音楽」ってどういう音楽なのか、考えてみよう。
よく、バッハこそがバロック音楽の代名詞、みたいに言われてる。もちろんバッハは偉大な音楽家だけど、でも本当は、バロック時代でも終わりのほうに現れた人なんじゃ。ドイツでね。でも実は、バロック音楽はイタリアから大きく花開いたのじゃ。
ニャルミ えーーー! そうなの?!
バロックとは?〜にゃんぞう先生のおしえ
まず、大雑把に音楽の歴史を考えるとき、こんなふうに時代様式の4つのハコで捉えることができます。バロック時代は、中世・ルネサンス期に続く時代です。
たしかに「バロック」とは、「いびつな真珠」と訳される言葉で、もともとは美術用語です。「いびつ」というからには、洗練されたスタイリッシュな感じではありません。ちょっと大げさでダイナミックな感じ。
もともと美術用語だけに、絵画で見るとわかりやすい。まず、イタリア・ルネサンス期を代表する画家アンドレア・マンテーニャ(1431~1506)の《宮廷》という絵を見てみよう。
人物たちはみんな一様にシュッとしていて、無表情にも見える。冷静な均整美を感じます。みんなツーン……としていて、だれも騒いだりしていない感じ。
いっぽうこちらは、バロック時代を代表するフランドルの画家、ルーベンス(1577~1640)の《キリスト昇架》です。
「おりゃ〜」「ぐおおお……」という男たちの声が聞こえ、汗のにおいも漂ってきそう。
とても生々しくて、立体的で、人々の動きが感じ取れる躍動感があります。キリストの苦しそうな表情とか、人間の必死な形相もしっかり描かれています。そして、明暗のコントラストがはっきりしている。
この、ちょっと、ゴテゴテっとした動きのある感じ、これがまさに「バロック」。宗教改革を経て、国王が絶大な権力を振るう絶対王政時代に興った、とても大胆な芸術様式なのです。美術のみならず、建築や彫刻や文学や音楽にも、そのエネルギーは広がっていきました。
さて、現代のわたしたちの耳からすると、バロック時代の音楽は気品があるように聴こえるかもしれません。でも、当時の人たちからすれば、それ以前のルネサンス期の音楽に比べると、すごくメリハリの効いた、ハデめな音楽だったのです。
バロック以前=ルネサンス期の多声音楽とは?
ここでルネサンス期の音楽を聴いてみましょう。有名なギヨーム・デュファイ(1397〜1474)、ジョスカン・デ・プレ(1455頃〜1521)、ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ(1525/26〜1594)いうルネサンス期の音楽家たちによるミサ曲です。(ミサ曲については「にゃんぞう先生のクラシック入門(2)」を読んでね!)
とってもスーッと響いて綺麗。でも、「ちょっと何言ってるかわかんないです」ってなるくらい、何人かの歌うメロディがたくさん重なっていたり、どの言葉も長く引き伸ばされています。
これがルネサンスの音楽。各声部がそれぞれ冷静に動いていて、全体は均整の取れた美しさ。誰かひとりだけがすご〜く情熱的に歌い上げる、なんてことはありません。
こういうルネサンス時代の多声音楽(ポリフォニー)に対して、1600年頃からのバロック時代には、主要なメロディや言葉がもっとはっきりと歌われる音楽が登場し、それがオペラへと発展していきました。
さらには、コントラストのついた華やかな響きの器楽曲が誕生したのです。
これぞバロック! その1 〜モンテヴェルディによる最初のオペラ《オルフェオ》
では、実際に聴いてみましょう! まずは、オペラの出発点と言われる作品で、イタリアの作曲家クラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)が作った《オルフェオ》です(1607年初演)。
死んだ妻エウリディーチェを取り戻そうと、黄泉の国に行ってしまう男オルフェオの物語。歌手の歌う言葉が、ルネサンス期の音楽よりも明らかに聴き取りやすい。メリハリの効いた音楽表現も華やかです。イタリア語がわからなくても、聴いていると情景が浮かんできそうなくらい、生き生きと美しい音楽が続いていきますね。
歌手の歌うメロディには、楽器による伴奏も一緒に響いています。この伴奏は通奏低音と呼ばれ、これがまたバロック音楽の大きな特徴となっていきます。おもにチェンバロや弦楽器が担当し、低い音域から音楽全体を支えます。
モンテヴェルディには、ほかにも《ウリッセの帰郷》や《ポッペアの戴冠》というオペラがあるので、気になったら要チェック!
これぞバロック! その2〜コントラストの効いた器楽曲
最初のオペラ《オルフェオ》には、実は現代のオーケストラの起源ともいえる器楽の合奏が活躍しました。使われていたのは、チェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダー、小型ヴァイオリン、キタローネ(リュートの仲間)といった当時の楽器で、どの楽器をどの場面で使うかをしっかり指定したのも、モンテヴェルディが行なった新しい試みでした(つまりそれ以前の音楽は、どんな楽器をどこに使うかは自由で、決められていなかったのです)。
劇の場面を効果的に表現する器楽アンサンブルは、そこだけがやがて独立し、さらに多くの楽器が加わるようになって、現代のオーケストラへと発展してゆくのです。
では次に、バロック音楽の代表的な器楽作品を聴きましょう。
まずは、ローマで活躍したアルカンジェロ・コレッリ(1653〜1713)。彼は、合奏協奏曲とよばれる器楽曲のジャンルに名作を残しました。
「協奏曲」というと、現代ではピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲などのように、独奏者とオーケストラの編成をイメージするかもしれませんが、合奏協奏曲は、独奏する楽器は複数あり(「コンチェルティーノ」と呼ばれる独奏楽器群)、それが「リピエーノ」と呼ばれるオーケストラと掛け合いながら、立体的な音響を作り上げていきます。
コレッリ:合奏協奏曲集 作品6 第1番より
この曲集の第8番は《クリスマス協奏曲》と呼ばれる有名曲です。気になったらこちらもチェック!
続いては、アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741)。
ヴェネツィアで活躍し、ヴァイオリンの名手でもあった彼は、有名な《四季》をはじめとする多くの独奏協奏曲を作りました。そう、現在もイメージされる協奏曲のスタイルを確立したのは、ヴィヴァルディと言っても過言ではありませぬ。
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ロ短調RV389 より第1、2楽章
学校の教科書にも載っていた《四季》も、気になったらチェック!
*
にゃんぞう先生 どうだいニャルミさん、「バロック」といっても、もちろんバッハだけではないし、その前のルネサンスの時代の音楽と比較すると、なぜ「バロック」と言われるようになったか、わかったかにゃ?
ニャルミ そうね! その前の時代の音楽より、生き生きしてて、ハデな感じ、わかった気がした。コレルリとかヴィヴァルディもかっこいいね。むしろ「バロック」っていうか、ロックな感じすらする!
にゃんぞう先生 お、うまいこと言うのぉ。
ところで、ニャルミさんがいまピアノのレッスンでお稽古しているバッハは、さっきも言ったとおり、バロック時代の後半にドイツで活躍した音楽家だ。
バッハは、プロテスタントの教会に雇われていた音楽家で、毎日のように礼拝に集まる人々のために、たくさんの教会音楽を作ったんだ。なかでも、「教会カンタータ」と呼ばれる、歌と器楽で演奏される音楽は、イタリアのオペラの影響を受けて発展したんだよ。バッハは一時期、毎週のようにカンタータを作曲していたんだ。
バッハのカンタータのなかでももっとも有名な第147番「心と口と行いと生活で」
ニャルミさんが弾いている「2声のインヴェンション」という曲集は、バッハが自分の息子の教育用に作った曲なんだよ。当時はピアノじゃなくて、チェンバロで演奏されていたけどね。
インヴェンションには「着想」という意味があって、音楽を作ったり演奏する上での着想、いいアイディアが持てるように、バッハが手ほどきしてくれているんだね。
2声のインヴェンション
ニャルミ な〜るほど、バッハ先生が作ってくれた教科書なんだね! バロックのかっこいい感じで弾けるようになりたいな!
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