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2024.05.04
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

近年注目のマックス・レーガーによるオルガン作品集 暗く分厚い時代の響きを味わう

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。5月は、池田泉によるレーガーのオルガン作品集、ヨーロッパ古楽シーンの新しい旗手がヴィヴァルディの人生を俯瞰したアルバム、フランスのソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエルによるモーツァルトと R.シュトラウスの歌曲集が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

バッハの影響を強く受けたオルガン作品の魅力

「マックス・レーガー オルガン作品集」

池田泉(オルガン)

収録曲
マックス・レーガー Max Reger(1873-1916)
バッハの名による幻想曲とフーガ Op.46
[1] 幻想曲 
[2] フーガ 

ルター派の一般的なコラールのための簡単に弾ける52の前奏曲集より
[3] 装いせよ、おお愛する魂よ Op.67-34
[4] いざ来たれ、異邦人の救い主 Op.67-29

30の小コラール前奏曲集より Op.135a
[5] 栄光の全能の王である主を讃美せよ Op.135a-15
[6] 愛するイエスよ、我らここに集まり Op.135a-14
序奏、パッサカリアとフーガ ホ短調 Op.127 
[7] 序奏
[8] パッサカリア 
[9] フーガ 
[10]「クリスマス」より終結のコラール Op.145
[コジマ録音 ALCD-9264 ALMrecords]

ドイツ・オーストリア音楽の伝統の最後の継承者のひとりとして、近年注目が高まりつつあるマックス・レーガー(1873-1916)。オーケストラや室内楽も美しいが、とりわけ魅力的なのがバッハの影響を強く受けた膨大な数のオルガン作品である。

ハンブルクでレーガー演奏の大家ハインツ・ヴンダーリヒに学んだ池田泉が、ハレの聖モーリッツ教会のオルガン(1925年建造)を演奏したこのアルバムでは、レーガーの時代の響きをたっぷりと味わうことができる。

このオルガンの特徴は、池田自身の言葉によれば「熟しきったロマンティックな響きとネオ・バロックの萌芽の混在」である。このCDでは、他のオルガンとは比較にならないほど暗く壮麗でスケールが大きい、独特なオルガンの響きを堪能することができる。

それは、レーガーという作曲家の特徴でもあるのだろう。

包み込まれるような巨大な重低音をベースに、複雑精妙な音が溶け合って一体となった、調性音楽の終着点のような分厚い響き。大規模で圧倒的なフーガと、小さく秘めやかな祈りのコラールとの対比を生かした選曲・構成もいい。レーガー入門としても見事なアルバムに仕上がっている。

DISC 2

世界初録音をふくむヴィヴァルディの宝箱

「協奏曲で描くヴィヴァルディの生涯」

テオティム・ラングロワ・ド・スワルテ(ヴァイオリン、指揮) ル・コンソール

収録曲
[CD1]
・ジョヴァンニ・レグレンツィ(1626-1690):アリア「私の目は眠る」~オペラ「世界の分裂(分割)」[世界初録音]
ヴィヴァルディ(1678-1741):
・シンフォニア ロ短調 RV168(抜粋)
・ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 RV813
・アダージョ ホ長調~ヴァイオリン協奏曲 RV768より[世界初録音]
・ヴァイオリン協奏曲 イ短調 RV536
・ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 RV256「隠れ里」
・チャッコーナ 変ロ長調(未完)~ヴァイオリン協奏曲 RV370より[世界初録音](O,フレによる再構成版)
・ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV315「夏」(ジェノヴァ版)[世界初録音]
・ファンタジア~アンナ・マリアに捧ぐ~ヴァイオリン協奏曲 イ長調 RV349より
・ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 RV267a「アンナ・マリアに捧ぐ」(第2楽章 アンダンテはヒストリカル楽器による初録音)
・フォルラーナに基づくディミヌーション(縮小)~ファゴット協奏曲 RV478ホ長調(O.フレによるディミューション)
・ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 RV171「S.M.C.Cのために(カール6世[神聖ローマ皇帝]のために)」
・レチタティーヴォ~ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 RV212より(世界初録音)
[CD2]
・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 RV278
・レグレンツィ:アリア「Lumi potete piangere」~オペラ「世界の分裂(分割)」より
ヴィヴァルディ:
・ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 RV37a(2022再発見されたもの)[世界初録音](第3, 4楽章のバス・パートはO.フレによる再構成版)
・ファンファーラ ヘ長調~2つのホルンのための RV539 (O.フレ編曲)
・海の嵐(ヘ長調)~オペラ「忠実なニンファ」RV714より
・シンフォニア・アル・バッロ(ヘ長調)~オペラ「テンペのドリッラ」RV709より
・ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 RV250[世界初録音]
・ヨハン・パウル・フォン・ヴェストホフ(1656-1705):鐘の模倣~ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調より
ヴィヴァルディ:
・ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 RV237「ピゼンデルに捧ぐ」
・ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 RV252
・ファンファーレ~ジャン=ジョゼフ・ムーレ(1682-1738)に基づく
・ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調 RV569
・アリア ソプラノのためのカンタータ「美しい夜明けは深紅に天にむかって」RV667より(イ短調)
・チャッコーナ 変ロ長調~ヴァイオリン協奏曲(2つのアンサンブルとヴァイオリンのための) RV583より(変ロ長調)
[キングインターナショナル KKC-6805]

ヴィヴァルディの魅力が一杯に詰まった、新しい宝の山のような2枚組である。

ド・スワルテは、モダン楽器とピリオド楽器の両方で活躍するヴァイオリニストで、かつてはフランス・バロックの巨匠ウィリアム・クリスティが率いるレザール・フロリサンのメンバー。2016年に結成した「ル・コンソール」は、4人のコア・メンバーを軸としたバロック・アンサンブル。いまフランスを中心にヨーロッパ古楽シーンの新しい旗手として注目される存在だ。

選曲と構成は凝りに凝っている。

ソロから室内楽、小編成、大編成と曲ごとに変幻自在に伸縮し、オペラからのホルンのファンファーレや打楽器も挿入され、師匠とみなされるレグレンツィからの影響をうかがわせる引用もあり、2022年に発見された協奏曲の世界初録音も含まれている。

中でも、《四季》の〈夏〉として知られる協奏曲ト短調RV315の原典版「ジェノヴァ版」の世界初録音は興味深い。目立つ相違点は、第1楽章のフレーズの反復が少なく、より直接的な表現になっている程度だが、それ以上に注目される最大の違いは、例の「詩」とのリンクがないことだろう。

長文のライナーノートを寄稿している音楽学者オリヴィエ・フーレの説によると――ヴィヴァルディが《四季》の4つの協奏曲にわざわざ詩を加えた理由は、その演奏には「雑音」と「演技」が必要であることを知らせたかったからなのだという。

スズキメソッドの練習曲としても有名なイ短調の協奏曲RV356は、破格のスピードで舞踊的に演奏される。折り目正しい雰囲気は微塵もなく、自由で破格でみずみずしい。

それにしても、次から次へと繰り出されるヴィヴァルディの響きの、何とカラフルなことだろう。生地ヴェネツィアの光と影、作曲家が「赤い司祭」として活動したピエタ修道院のオーケストラの響き、そして神聖ローマ皇帝カール6世との出会いなど、ヴィヴァルディの人生を俯瞰できる構成は、何度聴いても飽きさせない。

DISC 3

モーツァルトとR・シュトラウス 愛と官能の歌曲世界

「モーツァルト & R.シュトラウス:歌曲集」

サビーヌ・ドゥヴィエル(ソプラノ) マチュー・ポルドワ(ピアノ) ヴィルデ・フラング(ヴァイオリン)

収録曲
モーツァルト:おいで、いとしのツィターよ K.351
R.シュトラウス:夜(「最後の花びら」からの8つの歌 Op.10-3)
モーツァルト:子供の遊び K.598
R.シュトラウス:何もなく(「最後の花びら」からの8つの歌曲 Op.10-2)
R.シュトラウス:セレナーデ(6つの歌 Op.17-2)
R.シュトラウス:森の喜び(8つの歌 Op.49-1)
R.シュトラウス:わが子に (6つの歌 Op.37-3)
R.シュトラウス:明日 (4つの歌 Op.27)
モーツァルト:孤独に寄す K.391
モーツァルト:鳥たちよ、毎年 K.307
R.シュトラウス:ときめく心 (3つの歌 Op.29-2)
R.シュトラウス:アモール (ブレンターノの詩による6つの歌 Op.68-5)
R.シュトラウス:矢車菊 (乙女の花 Op.22-1) R.シュトラウス:芥子の花(乙女の花 Op.22-2)
R.シュトラウス:きづた (乙女の花 Op.22-3)
R.シュトラウス:睡蓮 (乙女の花 Op.22-4)
モーツァルト:すみれ K.476
モーツァルト:クローエに K.524
R.シュトラウス:万霊節(「最後の花びら」からの8つの歌 Op.10-8)
R.シュトラウス:冬の霊感 (5つの歌 Op.48-4)
R.シュトラウス:私の心は迷う (5つの歌 Op.48-2)
R.シュトラウス:響け! (5つの歌 Op.48-3)
モーツァルト:夢に見る姿 K. 530
モーツァルト:夕べの想い K.523
[ワーナーミュージック・ジャパン 5419.794886]

何て魅惑的な歌の数々だろう!

このアルバムが優れているのは、モーツァルトとリヒャルト・シュトラウスの歌曲が巧妙に組み合わされて、お互いの共通点や相違点を見せながら調和して、一つの世界観を作っていくところにある。

バロックの分野でいまや第一人者ともいえるフランスのソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエルは、モーツァルトにおいては愛らしい乙女のように演じ振る舞い、シュトラウスにおいては甘美な憧れに満ちた息の長い旋律をうっとりと聴かせる。まるでここには、《フィガロの結婚》のスザンナと、《ばらの騎士》のゾフィーが共存しているかのようだ。

マチュー・ポルドワのピアノの、歌への自然な寄り添い方も素晴らしい。シュトラウスのもっとも有名な曲のひとつ《明日!》では、ヴィルデ・フラングのヴァイオリンの艶やかな歌が加わっているのも印象的。

リチャード・ストークスによるライナーノートは、2人の作曲家の歌曲における愛と官能のイメージについて大胆な分析を明らかにするもの。たとえば《クローエに》に隠された愛の営みの描写には驚かされるし、《明日!》の詩の作者マッケイはアナキスト的傾向を持つ左翼思想家で、この詩は同性愛と関連づけられるのだそうだ。ドゥヴィエルの優れた歌と合わせて読むと、とても興味深く読める。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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