
アラン・トゥーサント『Songbook』デラックス盤は後世に残すべき貴重なアンソロジー

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名を含む諸々の表記は、筆者の原稿どおりにしています。
●本記事は『Stereo』2026年8月号に掲載されたものです。

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
ジェイムズ・ブッカーのドキュメンタリーに残された懐かしいアランの姿
ぼくのもっとも好きなソングライターの一人が、アラン・トゥーサントです。おもに60年代と70年代のニュー・オーリンズで、最初は地元の歌手たちに、次第にもっと広範囲に、自分がプロデュースしたり編曲したりするミュージシャンのために曲を作ることが多かった人です。
2005年にニュー・オーリンズがハリケイン・カトリーナの直撃を受けた際、彼のレコーディング・スタジオは壊滅的な被害を被り、トゥーサントはしばらくニューヨークに移住しました。そして2009年にニューヨークのジョーズ・パブという小規模なライヴ・ハウスで彼が作った歴代のヒット曲などをソロ・ピアノで演奏し『Songbook』というタイトルの25曲入りのアルバムとして発表したのです。
トゥーサントは2015年に77歳で他界しました。個人的には彼の音楽にずっと触れ続けていますが、この前公開されたジェイムズ・ブッカーのドキュメンタリーで久しぶりに彼の語る姿を見ると、とても懐かしく感じました。
そんなタイミングで『Songbook』のデラックス盤が発売されました。なんと、さらに20曲が追加されています。ジョーズ・パブのセッションからのものが約半分、そして翌2010年にニューヨークの郊外にあるBiCoastal Musicというスタジオで観客なしに行なわれた別のセッションの素材が発表されています。あまり知られていない初期の曲もありますが、興味深いのはインタヴュアーに答えて彼が若いころに影響を受けた音楽の話を演奏交じりにするところです。
『Songbook』デラックス盤
アルバムの中でいちばん長く、14分近くにおよぶものですが、国内盤として出ないのでその話の内容は多くの日本人にはわからないと思って、あえてここで紹介することにします。
プロフェサー・ロングヘアを聴いたとき衝撃を受けた
私はピアノで耳にしたほとんどの人に影響を受けました。何か聴くといつも、知らないのは自分一人だと思い込んで、ずっと後を追っかける状態だった。でも、プロフェサー・ロングヘアを聴いたとき、前代未聞な感じで、私はこちらの方向に行きたいと確信しました。衝撃だった。喜びに満ちた音楽で、誰もしない工夫をしていた。
他にもう一人、12歳のときに出会ったアーネスト・ペンという人もいた。彼の存在によって私にとってのピアノが次元の大きいものになった。かつては誰からも一目置かれるミュージシャンだったのに、一度、町を離れた彼が戻ってきた頃にはどういうわけか、のけ者扱いになっていた。元々バンジョー奏者だったのだが、他の弦楽器も何でも、ベイス、ヴァイオリン、ヴィオーラ、チェロも、またピアノも演奏していた。
その頃はバンジョーすら持っていなかったけれど、ある日、私の家からピアノの音が聞こえるので声をかけてくれた。私が外に出たら彼は自分の経歴を説明したので、もちろん家の中に招き入れた。彼がピアノを弾き始めたら、それまで聴いたことがない素晴らしい音にうっとりした。ストライドや装飾音の多いバタフライのスタイルで弾いた。
のけ者とはいえ、彼は常に何かを祝っているかのような幸せそうな人だった。私は彼の演奏をコピーしたいからもっとゆっくり弾いてほしい、と言うと、気長にその希望に応えてくれた。彼のおかげで10度、要するにオクターヴより2度上の演奏ができるようになった。本当に彼のおかげで私の音楽人生がどれだけ豊かになったか。
彼はバンジョーを持っていなかったけれど、私のおじの家にぼろぼろになっていた古いバンジョーがあって、使えるのはネックの部分だけだった。アーネストはビールを運ぶときに使う盆をとって、それに蓋を付けて、当時ドラッグストアで売っていたバンジョーの弦を買ってきた。
レコードを出した人でいちばん影響を受けたのはプロフェサー・ロングヘアだったけど、他には家族にもいた。従兄弟のイマニュエルは酔っぱらったときだけピアノを弾いて、「スタゴリー」をやる。その次も同じ曲を弾くけど、タイトルは「ハウ・ロング・ブルーズ」という。どんなタイトルを付けても、弾く曲は必ず同じだった。
もう一人の従兄弟、ドローレスの彼氏は「ジャンカー・ブルーズ」をこのように弾いた。あのころは多くの人が「ジャンカー・ブルーズ」を弾くことができた。代表的なのはたぶんトゥッツ・ワシントンだけど、ドローレスの彼氏はそれしか弾けないのにそれが本当に見事だった。いつもアンコールを頼むほどだったね。(インタヴュアーからプロフェサー・ロングヘアの「Tipitina」のリクエストがあって弾く)
フェスはバッハのようなインヴェンションが得意だったけど、彼のインヴェンションはそれぞれに大きな違いがあった。バッハの場合は予想できるような発展のしかたをするのに、フェスのは時々突拍子もない進化をする。彼はルンバのリズムも得意で、そのリズムに他にも色々な要素を組み合わせて想像できる範囲を超えている。自然な進化とは言いにくいもので、その美しいものは彼の中に宿っていたわけだ。
古いジャズからポール・サイモンまで網羅した保存すべき遺産
『Songbook』のデラックス・エディションは45曲もあり、内容は豪華と言うより選曲は多岐にわたっています。トゥーサントが晩年にはじめて録音した古いジャズの曲やポール・サイモンの「アメリカン・チューン」なども、ソロ・ピアノでシンプルに演奏するので親密さがありますが、彼の奥の深い音楽性もピアノのフレーズから随所に滲み出ています。
彼の音楽は今後も大事に保存すべき遺産です。





関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest

















