
東京混声合唱団パートマスターが語る~指揮者・田中信昭と山田和樹から言われた心に残る言葉

年間150を超える公演を行ない、クラシックから現代音楽、歌謡曲、ゲーム音楽まで幅広いジャンルに取り組む東京混声合唱団。ソプラノ・パートマスターの大沢結衣さんと、アルト・パートマスターの小林音葉さんに、プロの合唱団についてお話を伺いました。後編では、どのような練習を行ない、団員たちが一つの音楽を作り上げているのかを聞きました。

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
※本記事はポッドキャスト番組『ONTOMO Radio』で語られた内容を再構成しています。

国立音楽大学声楽専修卒業。
2018年に東京混声合唱団入団。現在ソプラノパートマスター。
2024年の欧州ツアーでは、サン=サーンス:歌劇《祖先》(山田和樹指揮、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団)で合唱ソリスト"乙女"役をつとめ、収録CDにクレジットされた。

福島県郡山市出身。山形大学地域教育文化学部音楽芸術コース声楽専攻卒業。
現在、東京混声合唱団アルトパートマスター。
早稲田大学女声合唱団、JR東日本コンサルタンツ(株)JRC Chorus、Chor Ampersandボイストレーナー。
パート練習はない!? プロの練習方法
——前編では、プロの合唱団員として、限られた時間のなかで楽譜を読み取り、指揮者からの指示に対応する力が求められるというお話を伺いました。では、実際の練習はどのように進められるのでしょうか?
小林 毎回、指揮者も会場も変わるので、「必ずこういう練習をしています」とはなかなか言えないですね。ただ、練習時間は、ある意味では意見を交換する場にもなっていると思います。指揮者から言われたことに対して、「こういうことかな」「ああいうことかな」と、いろいろ試してみる。それが私たちにとっての練習なのかなと思います。
——例えば、みんなで歌ったあとに、それぞれが思ったことを話し合うんですか?
小林 その場で全員が一斉に意見を言うというよりは、コンサートマスターの方がまとめてくださったり、休憩時間に団員同士で話したり。「さっきのあれって、こういうことじゃない?」と話しているうちに、自然に解決されていることもけっこうあります。
大沢 「ここを何回練習しましょう」というようなことは、あまりしないですよね。例えば、あるパートだけが出すぎていたら、「もう少しバスを聴いてみようか」などと指揮者から言われることはあります。
——パートごとに分かれて練習することは?
大沢 基本的にないですね。
小林 指揮者から「女性だけ」「このパートだけ」という指示があれば別ですが、最初のリハーサルから全員で歌います。個人でそれぞれ準備をして、全員で合わせるときには、音楽を作り上げていくことを目指している感覚があります。

1956年創設、山田和樹が音楽監督を務める日本を代表するプロ合唱団。年間150回に及ぶ公演やメディア出演のほか、オーケストラ共演、オペラ出演など多方面で活躍。250曲を超える委嘱作品をはじめ、古典から現代曲まで歌いこなす幅広いレパートリーを持つ。文化庁芸術祭大賞やサントリー音楽賞などを数々の賞を受賞し、合唱界の発展にも尽力。
——外国語の合唱曲の場合は、言葉の練習も必要ですよね。
大沢 言語によっては、その言葉の専門家に来ていただいて、まずディクション(発音法)から練習することもあります。メロディをつける前に、言葉だけを全員で読んでみる。未知の言語の場合は、母音の特徴などを全員で共通認識として持っておかないと、声もそろわないので。
小林 その作業をしておくと、最初は大変でも、その後の音楽稽古がスムーズに進みます。以前、世界各国の国歌を歌って録音する「山田和樹 アンセム・プロジェクト Road to 2020」に参加したことがあるのですが、知らない言語のほうが圧倒的に多かったんです。アフリカやアラブ系の言語、島国の独自の言語など、本当にさまざまでした。
大沢 「この国の名前、初めて聞いた!」というのもありましたね(笑)。
小林 子音なのか母音なのかもよくわからないような言語もあって(笑)。でも、そうした経験でかなり鍛えられました。
東京混声合唱団『山田和樹のアンセム・プロジェクト』
「合わせないで」と言われることも? 主体的に歌うからこそ生まれる一体感
——合唱団として一つの音を作るうえで、指揮者から求められることにはどんなものがありますか?
小林 具体的には、「もっと低音が早く出たほうがいい」とか、バランスについて言われることもあります。でも、「一つの音色に合わせてください」というよりは、一人ひとりが主体的に音楽をやっていった結果として、遠くのほうで一つになる、ということを求められているような気がします。
——合唱というと、周りに合わせる、なじませるというイメージがありますが……。
小林 逆に「合わせないで」と言われることもあります(笑)。「一番早く出て」「隣の人より小さくなって」と言われたり。
ただ消極的に周囲に合わせるのではなく、一人ひとりが自分から音楽を作っていく。その結果として、全体が一つになるということなのかなと思います。
——音楽監督の山田和樹さんに言われて印象に残っていることはありますか?
大沢 東混は本当に難しい曲をたくさん歌うので、音を出すことだけで精一杯になってしまったり、「音をこなす」ことが目的になってしまう瞬間もあると思うんです。そんなときに山田和樹さんから「美しさを失わないで」と言われて、「そうだよね」と思いました。
プロとして、こんなに美しい曲を美しく歌わなかったら意味がない。私たちは声が楽器なので、自分たちの声の美しさを、まず大切にしなければいけないんだと。
——原点に戻るような言葉ですね。
大沢 そうですね。自分が美しいと思って歌っているものは、きっとお客さんにも伝わると思います。
もう一つ印象に残っているのは、私が入団してすぐ、山田さんの指揮でラフマニノフの《晩祷》を歌ったときのことです。あるフレーズでソプラノの音がなかなかそろわなかったことがあって、そのとき山田さんが一人ずつ順番に歌わせていったんです。そして私の番になったときに、「ちょっと金色すぎる」と言われました(笑)。
——金色すぎる?
大沢 「キラキラしすぎている。もっと、いぶし銀で」と(笑)。
最初は「どういうことだろう?」と思ったんですが、単純に「音程が高い」「声を合わせて」というのではなく、表現の方向から音を変えていくというアプローチを、そのときに学びました。
私自身は、ソプラノだけが少し浮かび上がっているようなイメージを持っていたのですが、いぶし銀と聞いていろいろ考えて、変わっていきました。たしかロシアの教会の色のようなものをイメージして、実際に画像も見てみたんです。すると、「確かにここはキラキラした金色ではない」と納得できました。


写真提供:東京混声合唱団
憧れの合唱団の一員になれてよかったと感じる瞬間
——これだけ多くのことが求められる仕事だからこそ、「東混の一員でよかった」と感じる瞬間も多いのではないでしょうか。
大沢 本当にたくさんの素晴らしい指揮者の先生方や演奏家の皆さんと出会えたことですね。責任も増えましたし、大変だと思うこともたくさんありました。でも、それ以上に、私という人間を成長させてくれたことには感謝しかありません。これからもパートマスターとして、そして団員として、よりよい音楽作りに貢献していけたらと思っています。
小林 私は小学生の頃からずっと合唱を続けてきたので、入団前から東混の音源を聴いていました。自分にとって東混は、手の届かない遠い存在というより、ずっと続けてきた合唱の延長線上にある場所のように感じていたんです。
大学生の頃には、先輩に東混の団員の方がいて、団のことをいろいろ聞く機会もありました。「この声を歌っているのはこの人なんだ」と想像しながら音源を聴いていたので、自分がその一員になれたことだけでも、今でも胸がいっぱいになります。
指揮者や作曲家の方と実際に会ってお話しすることも、東混に入って初めて経験しました。「本当に実在するんだ!」なんて思ったりして(笑)。そういう何気ない瞬間にも、「ここに入ってよかったな」と思います。
——では、歌っている最中に「今、ものすごく一体になっている」と感じた演奏会はありますか?
大沢 最近では、東混が毎年開催している「八月のまつり」が印象に残っています。今回は、東混の定期演奏会や主催公演では初めてお迎えした角田鋼亮さんが指揮をされました。
長年歌い継いできた林光さんの《原爆小景》のような作品も、団員の意見を大切にしながら、ご自身の音楽として作り上げてくださいました。みんなで方向性を決めていくことは簡単ではないと思いますが、本当に根気強く東混と向き合ってくださった。リハーサルでも素晴らしかったのですが、本番ではさらに音が鳴って、一人ひとりの音が同じ方向へ向かっていくような一体感が生まれていました。「本番が一番よかった」と自分たちでも感じられる演奏になりました。
2026年8月8日に開催された「八月のまつり」密着ドキュメンタリー

写真提供:東京混声合唱団
小林 私も本番でそう感じることはたくさんあります。直近では、熊本県立劇場で熊本県合唱連盟の皆さんとの演奏会がありました。もともとは熊本地震から10年という節目を記念する公演だったのですが、直前に再び大きな災害が起こり、開催が難しいのではないかと思ったんです。それでも、合唱連盟や劇場の皆さんが開催を決断してくださいました。
合同演奏では、300人を超える皆さんと信長貴富さんの「くちびるに歌を」を歌いました。大変な状況のなかでも、皆さんが一生懸命歌ってくださって、むしろ私たちのほうがパワーをいただいたように思います。忘れられないステージになりました。

写真提供:東京混声合唱団
「私を見ないで」「仲間だね」東混の歴史を受け継ぐ言葉
——最後に、心に残っている「指揮者の名言」を教えてください。
大沢 東混の創立者である田中信昭先生の「私を見ないで」という言葉は有名ですね。もちろん、演奏中は指揮者を見るんです。でも、心まで指揮者のほうだけを向いていてはいけない。その先にいるお客さんに、音楽を届けるという意識を持たなければならないということだと、私は受け取っています。
小林 田中先生には「仲間だね」と言っていただいたことが印象に残っています。東混の指揮者たちが一堂に会する「オールスターズ」という演奏会があるのですが、その最後に「赤とんぼ」を歌うんです。そのリハーサルのときに、田中先生が急に私たちに向かって「仲間だね」と言ってくださって。
私にとって田中先生は、とても大きく、少し雲の上のような存在でした。でも、東混はもともと田中先生が仲間たちと作った合唱団です。そんな先生から「仲間だね」と言っていただいたことで、自分も東混の歴史の中にいる一人として認めてもらえたような気がして、とても心に残っています。
2020年9月8日 東京混声合唱団特別演奏会 ~田中信昭と共に~東混オールスターズより「赤とんぼ」
小林 もう一つ、山田和樹さんの言葉も忘れられません。モナコで、山田さんが当時音楽監督を務めていたモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団と共演し、フォーレ《レクイエム》を演奏したときのことです。第6曲「アニュス・デイ」のリハーサルで、オーケストラがすでに美しい音を出していたのですが、山田さんは「それじゃ足りない」と言いました。
そして英語で、「Life is difficult」と。その言葉を聞いたあと、オーケストラの音色が一瞬で変わったように感じました。そこには「人生」が見えるような音がありました。宗教曲として捉えていた「アニュス・デイ」が、「人生」という言葉によって、自分にとってぐっと身近で、理解できる音楽になったんです。山田さオーケストラに向けた言葉なのに、自分自身の歌も変わったように思いました。
——最後は少し楽しい思い出で締めましょう。思い出すと今でも笑ってしまう指揮者の言葉はありますか?
大沢 名言ではないんですけど(笑)。広上淳一先生が東混の定期演奏会に初めていらしたときのお話です。現在、東混の常任指揮者を務めている水戸博之さんが、そのときは下振りとしてずっとリハーサルに立ち会ってくださっていたんですが、広上先生が何かあるたびに水戸さんに話を振るんです。そのたびに、水戸さんのものまねをするんですが……全然似ていなくて(笑)。
小林 水戸さんはちょっと低めでハスキーな声なんですが(笑)。
大沢 広上先生のものまねと、それに対する水戸さんの返しがもう漫才みたいで(笑)。リハーサル中、ずっと笑っていた記憶があります。もちろん音楽の内容は素晴らしいものを作ってくださったんですが、そんな楽しい思い出もありますね。


写真提供:東京混声合唱団
日時: 2026年9月26日(土)15:00開演
会場: 住友生命いずみホール
出演: 相澤直人(指揮)、渡辺研一郎(ピアノ)
曲目: 信長貴富/混声合唱のための3つの禱歌《闇のなかの灯》、上田真樹/無伴奏混声合唱のための《メロディーズ・イン・ラヴェル》、相澤直人/金子みすゞの詩による5つの混声合唱曲《春がすみの向こふに》[初演]、土田豊貴/混声合唱とピアノのための《どんな鳥も…》
【公募合唱団との合同合唱】
相澤直人/さくらももこの詩による無伴奏混声合唱曲集《ぜんぶ ここに》より〈ぜんぶ〉(混声四部・ピアノ伴奏版)、混声合唱のための《合唱デザインー音楽が生まれる場所ー》[新作委嘱初演]
詳しくはこちら
日時: 2026年10月23日(金)19:00開演
会場: 東京芸術劇場 コンサートホール
出演: 山田和樹、水戸博之、松原千振、大谷研二、髙谷光信、山田茂(指揮)、首藤健太郎(ピアノ)
曲目: S.ラフマニノフ/《ピアノ協奏曲第4番》より第2楽章(合唱版初演)(編曲:山田和樹)、北爪道夫/混声合唱のための《ことばの旅・Ⅰ》、芥川也寸志/混声合唱曲《お天道様・ねこ・プラタナス・ぼく》、K.ペンデレツキ/Agnus Dei、O.ビラシュ/息子よ、鴨が飛んでいる(編曲初演)(編曲:首藤 健太郎)、ウクライナ伝承歌/鶴(編曲初演)( 編曲:首藤健太郎)、武満徹/混声合唱のための《風の馬》より
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