インタビュー
2023.02.16
2023年3月11日(土)すみだ平和祈念音楽祭2023

ピアニスト萩原麻未〜コンクール優勝をきっかけにたどり着いた「自分だからできる」平和への願い

取材・文
長井進之介
取材・文
長井進之介 ピアニスト/音楽ライター

国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業、同大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学...

「すみだ平和祈念音楽祭2018」に出演時、被爆ピアノ「明子さんのピアノ」を演奏する萩原麻未さん。
©K.Miura

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市民とアーティスト、ホールが「三位一体」となって音楽文化を創造、墨田区が掲げる「音楽都市づくり」の活動拠点となっているすみだトリフォニーホール。ホールが建つ墨田区は、東京大空襲によって最も甚大な被害を受けた地域だ。毎年3月には、東京大空襲で犠牲となった十万人もの尊い命を追悼し、「音楽で平和を祈る」という趣旨で平和祈念コンサートが開催されてきた。

開館25周年となる2023年は、過去の演奏会にも出演したピアニストの萩原麻未も登場。今回は彼女に出演にあたっての想いを聞いた。

萩原麻未(はぎわら・まみ)
2010年第65回ジュネーヴ国際コンクール〈ピアノ部門〉において、日本人として初めて優勝。文化庁海外新進芸術家派遣員としてフランスに留学。日本、フランスを中心に、スイス、ドイツ、イタリア、ベトナムなどでソリスト、室内楽奏者として演奏活動を行っている。これまでに、スイス・ロマンド管、南西ドイツ放送響など国内外のオーケストラとも多数共演を重ねているほか、フランスのラ・ロック・ダンテロン等の様々な音楽祭に招かれている。

広島出身の自分だからこそできる活動を

——萩原さんは、2018年3月に『被爆ピアノ「明子さんのピアノ」演奏』でご出演されました。このピアノとのかかわりを教えて頂けますか。

萩原 広島に投下された原爆により命を落とされた河本明子さんという女性がお持ちになっていたピアノで、原爆による爆風を受け、傷つきながらも大切に残されていた楽器です。

初めて弾かせて頂いたのは2013年、広島の小学校でのアウトリーチでした。そこから何度も演奏する機会に恵まれましたが、特に記憶に残っているのは2018年8月に初演させていただいた藤倉大さんの「ピアノ協奏曲第4番《Akiko’s piano》」です。

協奏曲のカデンツァの部分を『明子さんのピアノ』で演奏したのですが、楽器がまるで“そう! この音で歌いたかったの!”と訴えてくれたような感覚がありました。このピアノにしか出せない“声”のようなものを感じたのです。

——広島ご出身であり、被爆3世でいらっしゃる萩原さんが平和を考えるコンサートで、音を通して語ってくださるのはとても大きな意味を持ちます。ご自身ではどのような想いで向き合っていらっしゃるのでしょうか。

萩原 小さいころから平和に対する教育を受けてきましたし、私の祖父母は実際に原爆を体験したこともあり、たくさん話を聞いてきました。

“自分にできることは……”と常に考えています。特にジュネーヴ国際音楽コンクールで賞を頂いたときはそれを強く考えるようになりました。ただ演奏活動をするのではなく、活動を通して私に何かできることはないか、と。

日本人として初めて優勝した、2010年第65回ジュネーヴ国際コンクール〈ピアノ部門〉のファイナルにて。この優勝を機に、「活動を通して私に何かできることはないか」とより強く考えるようになったという萩原さん。
©Concours de Geneve_Bertrand Cottet_2

“鎮魂”と共に“未来に向かう”コンサート

——萩原さんの演奏を聴き、平和について考える方は多いと思います。

萩原 県外ではどのような平和学習が行なわれているのかはわからないのですが、広島にいるとやはり幼いころから平和について考える機会は非常に多いと思います。被爆者の方のお話を直接伺う機会もありますし、私の祖父母も被爆者です。

ただ、私としては”音楽で平和を伝える”というよりは、平和だからこそ音楽を聴ける環境にあるのだと思っています。音楽は弾き手側や受け取り側によって束縛されるものではなく、より自由であってほしいと願っています。

——今回の演奏会では萩原さんはクリスティアン・アルミンクさんが指揮する新日本フィルハーモニー交響楽団とラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」を演奏されますね。

萩原 戦争により右手を失ってしまったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱により作曲されたのは有名な逸話ですよね。ほぼ同時期に書き下ろされた両手のコンチェルトとは全く違った魅力があり、大好きな作品のひとつです。

今回演奏されるラヴェルの作品は、第一次世界大戦で右手を失ったオーストリア出身のピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(Paul Wittgenstein, 1887年〜1961年)によってさまざまな作曲家に委嘱された「左手とオーケストラのための」作品の中のでも最も有名なもの。下の音源はヴィトゲンシュタイン本人のピアノによるもの。

——この曲も戦争と関りのある作品です。普段とは違った機会での演奏ということで、作品との向き合いかたは変わりますか?

萩原 私自身の作品との向き合い方という意味では、どの場所で弾くときも変わらないかもしれません。しかし、「平和」というテーマのコンサートに来てくださった方々にとっては、受け取りかた、気持ちが違ってくるのではないかと想像します。そういった場所で、いつもとは違うものが生まれることもあるのではないでしょうか。

すみだトリフォニーホールの平和祈念コンサートは“鎮魂”と共に、“未来に向かって”という気持ちが込められていると伺いました。私自身も、自分にできることを常に考えながら、大切にこの楽曲を演奏したいと思っています。

また今回アルミンクさんとは墨田区立小学校でのアウトリーチで共演する機会もいただいています。戦争は、子どもたちにとって 遠い時代として感じられることかもしれません。また真実に迫れば迫るほど、ショッキングなできごとも多いでしょう。けれども、それらを知ることで現在自分たちが生きていられる日常に感謝することができるはずです。私自身も平和について考えるたびにそれを実感しています。

©K.Miura

※※※

音を通して平和を考える機会を常に届けてきた萩原。今回の演奏会でも彼女の音色が多くの人々にさまざまなことを考えるきっかけを与えることだろう。また今回はサン=サーンス「交響曲第3番《オルガン付き》」も演奏されるが、萩原は同時期にパリに留学していたというオルガニストの梅干野安未と“オケ中ピアノ”でも出演する。新たな挑戦にも注目したい。

すみだ平和祈念音楽祭2023
アルミンク&新日本フィルハーモニー交響楽団
すみだ平和祈念音楽祭2023

2023年3月11日(土) 15時開演

すみだトリフォニーホール 大ホール

 

出演: クリスティアン・アルミンク[指揮]、萩原麻未[ピアノ]*、室住素子[オルガン]**、新日本フィルハーモニー交響楽団
曲目: ルクー/弦楽のためのアダージョ、ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 *、サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調 作品78《オルガン付き》**
取材・文
長井進之介
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長井進之介 ピアニスト/音楽ライター

国立音楽大学演奏学科鍵盤楽器専修(ピアノ)卒業、同大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学...

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