相馬の大地から世界へ 力強く響く子どもたちの歌声
東日本大震災の復興支援活動として始まった、日本版エル・システマ。前編では、指導者の岡崎明義さん、橋本顕一さんにお話を伺った。後編では、「第4回 エル・システマジャパン 子ども音楽祭 in 相馬」の開催2日目をレポート。子どもたちの生き生きした様子をレポートする。
ONTOMO編集部員/ライター。高校卒業後渡米。ニューヨーク市立大学ブルックリン校音楽院卒。趣味は爆音音楽鑑賞と読書(SFと翻訳ものとノンフィクションが好物)。音楽は...
「音楽で人を感動させたり、笑顔にできたらいいなと思っています」
この取材中でもっとも強く印象に残ったのは、相馬子どもコーラスに参加する中学生、日菜さんと瀬名さんの言葉だ。自分たちが心から音楽を楽しんでいるから、この楽しみを観客とも分かち合いたい。それがダイレクトに伝わってくる合唱だった。
子どもたちには子どもたちの世界があって、大人になると、なぜだか入っていけなくなってしまう。音楽は、子どもと同じ目線で楽しみを共有できる数少ない媒体なのかもしれない。音を楽しんで“音楽”。そんなシンプルなことを今回の音楽祭は思い出させてくれた。
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「ハァ ヨーイヨーイ ヨーイトナ」
第1部の合唱は軽快なかけ声で始まった。福島県に伝わる民謡《相馬盆唄》を合唱のためにアレンジした作品だ。相馬の子どもたちにとっては馴染み深い。歌いながら、ドン! と足を踏み鳴らすのは神に通じるための所作らしい。
つづいて《会津磐梯山》。どちらも民謡らしい泥臭さのある節回しながら、繊細なピアノ伴奏と子どもたちの透き通った声が絡み合って、不思議と幽玄な印象を受けた。
「ふるさとの歌」につづき、「唱歌の四季」と題し、《朧月夜》や《茶摘み》などなつかしい歌がエル・システマジャパン音楽監督(コーラス)である古橋富士雄さんの指揮で歌われる。指揮に楽曲の解説にと忙しく立ち居ふるまう古橋さんだが、そのお話はとても面白く、機知に富み、歌の背景にある物語を知って観客が涙する場面もあった。
プログラムを見ると、「作詞作曲ともに不詳」という作品も多い。誰が歌い出したかもわからぬまま歌い継がれてきた曲が、震災で一度は壊滅的な被害を受けた大地に、子どもの声で響き渡る。相馬を故郷とする老若男女の観客にとって、「日本の歌」から始まることは特別な意味合いを持っていたのではないだろうか。
つづいて、ベネズエラ出身の声楽家、コロンえりかさんをゲストに迎え、まど・みちお作詞による《五つのこどもうた》から5曲披露。子どもの歌声が素朴でやさしい言葉遣いになんとも合っており、まど・みちおが描く“子どもの私”の目線に還らせてくれた。
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第1部のハイライトは、山本直純・作曲、《オーケストラと児童合唱のための組曲「遠足」》だ。1部の途中に休憩時間が設けられていたので、何か準備が必要なのかなと楽しみに待っていたら、謎はすぐに解けた。
ホール左右の観客席通路に、エル・システマお揃いのTシャツに色とりどりのズボン、背にはリュックサックを背負った子どもたちが隊列を組んで現れた! ホールは一瞬にして遠足の舞台になってしまった。ここはどこかの山の上だろうか。
なんと全曲、ラッキィ池田さん、彩木エリさんによる振り付けがついており、子どもたちはステージを縦横無尽に駆け回る。合唱の列の中から「カッコー」と鳥が飛び出してきたかと思えば、お弁当を食べるためにワーッと輪になってみたりと、次から次へと観客の想像の上をいく動きが繰り広げられ、一流のエンターテイメントにも遜色のないステージングだった。
「踊りながら歌うといろんな人が笑顔になってくれる」
大舞台を終えて顔を上気させる子どもたちの間を縫って、インタビューに応じてくれることになっている相馬子どもコーラスのメンバーのもとへ向かった。応じてくれたのは、ともに中学生の日菜さんと瀬名さんだ。
昨年の夏から練習を始めたが、最初はなかなか踊りが揃わず大変なこともあったという。本番が近づくごとにだんだん良くなっていった。
「踊りながら歌うことで、いろんな人が笑顔になってくれる」と日菜さん。「それが凄く嬉しいので、これからも、しんみりさせる曲ももちろんですけど、人を笑顔にさせる音楽を作っていけたらいいなと思いました」
瀬名さんも、「もっともっとたくさんのステージに立って、音楽で人を感動させたり、笑顔にできたらいいなと思っています」と語ってくれた。
その想いを観客は等しく受け取っただろう。彼女たちの「歌っていて楽しい」という純粋な気持ちが、どれほど大人たちに希望を与えるだろうか。ステージと観客席で同じ気持ちを共有していたことを知ることができて、なおさら嬉しくなった。
相馬子どもオーケストラからインタビューに応じてくれたのは、ヴァイオリン奏者の花音(かのん)さん。
小学校の器楽部でヴァイオリンにはじめて触れ、中学は吹奏楽に。震災後にエル・システマジャパンができて、再びヴァイオリンを手に取ったという。花音さんは宮城の大学で専門に音楽を勉強することが決まっている。
「将来は、エル・システマに戻ってきて、エル・システマの活動をもっと広げていきたい」
単に指導するのではなく、エル・システマの存在をもっといろんな人に知ってもらうような活動をしたいと考えている。前半のインタビューで、岡崎さん、橋本さんが言及していた「大きな輪」を作る先駆けとなってくれそうだ。
好きな曲は? と尋ねると、「私と同じ名前の、パッヘルベルのカノンが好きです」と答えてくれた。
クラリネット奏者の由舞さんにもお話を伺った。
普段は吹奏楽部として部活で演奏しているが、今回の音楽祭でも管楽器パートで特別参加した。
「いつもは管楽器しかいない中でやってるんですけど、弦楽器と一緒にやることで新しい発見だったりとか、吹奏楽部の中では学べないことを経験できます」と由舞さん。
難しいのは、何も演奏しない「休み」の部分。オーケストラでは弦に耳を傾ける時間も長い。吹奏楽に比べソロや目立つ部分も多く、今回も何曲かソロを担当した。
音楽は由舞さんにとってどんなものですか? という質問に、「なくなったらどうしようっていうくらい大切。音楽がなかったら自分何してたのかなあ。学校終わったあとも部活で音楽、土日もやってるんですけど、それがなくなっちゃったら何もなくなったような感じになっちゃうんじゃないかなと思う」と答えてくれた。
前段のインタビューで、震災後の音楽活動について聞いていただけに、由舞さんの言葉が胸に迫った。
相馬の大地から世界へ 力強く響く歌声
後半には弦楽とオーケストラが登場。チャイコフスキーの《弦楽セレナード》ハ長調作品48で幕を開けた。
活動が始まってやっと6年目。大人が集まってもここまでの水準にもっていくのは容易ではないだろうという、堂々たる演奏だった。まして多くははじめて楽器を手にした子どもたちだ。子どもの成長の早さに目を見張るとともに、これからの伸びしろを考えてワクワクしてしまった。凄いものが始まるところを目撃している高揚感とでも言おうか。ベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラのように、相馬発の子どもオーケストラが世界をあっと言わせるところを見せてもらえるかもしれない。
ずっと練習を重ねてきた子どもたちにとっては“成果”の披露だが、はじめて演奏を聴いた筆者は、これから始まる快進撃の“序曲”という印象を受けた。
中には椅子に座ると爪先たちになってしまう年齢の子もいるが、弓をいっぱい使った溌剌としたボーイングから、ひと目で楽器を良きパートナーとしているのがわかる。第4楽章まで集中を途切れさせることなく演奏しきると、観客の間から拍手が沸き起こった。
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いよいよ、相馬子どもオーケストラ&コーラスに、相馬合唱団エスポワールを迎えてのステージ。
モーツァルトの《アヴェ・ヴェルム・コルプス》につづいて、プログラムの最後を飾るのはシベリウスの《フィンランディア》作品26だ。第2の国家として愛されるこの作品が作曲されたのは1899年、フィンランドが帝政ロシアの圧政下にあった頃だ。《フィンランディア》は、フィンランド国民の愛国心と独立心に強く訴えかける楽曲だった。
不穏な影に覆われたイントロダクションは、力強い金管楽器の響きを合図に、勝利の音楽へと姿を変えていく。そして満を持して合唱団が有名なフィンランディア賛歌を歌い始めるのだが、このメロディがなんとも美しいのだ。
相馬合唱団エスポワールは最高齢の方が84歳で、相馬子どもオーケストラ&コーラスの最年少は5歳。老いも若きもともに奏でる《フィンランディア》は、「汝の夜は明けた、祖国よ」と歌う。
《相馬盆唄》に始まった日本の歌が、遠いフィンランドの愛国歌に繋がった。このプログラムに、「相馬は屈しない」という力強いメッセージが込められているように感じた。
相馬から始まった活動は、震災復興支援という枠組みを超えて活動を広げている。
あなたの街に相馬子どもオーケストラ&コーラスがやってきたときは、ぜひ彼、彼女らの演奏に触れてみてほしい。きっと明日を生き抜く力を与えてくれるだろう。
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