この世のすべてを仮面に隠して...... 仮装大好きなオペラの住人たち
奇抜な恰好で練り歩く若者たちが、すっかり10月の風物詩になったといっても過言ではない今日この頃ですが、仮装をするのは今も昔も、いつもの自分を解放して、ちょっと羽目を外す口実であるようです。
鳥人間、こうもり、嘘だらけの舞踏会に、ウィンザーの森の悪霊たち。増田さんがオペラに登場する、仮装した人々を紹介してくれました。
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...
アメリカから入ってきたハロウィンは、日本にもすっかり定着した。
特に、コスプレ文化と結び付いた仮装は大いに盛り上がっている。ところで、ハロウィンになぜ魔女やお化けの仮装をするのかご存じだろうか。あれは、ハロウィンの源流のひとつであるケルトのサウィン祭において、夏と冬の境目であるこの日には異界の住人たちがいろいろ出てくるので、襲われないように仲間のふりをしたというのが起源だそうだ。まあ、今は実際には日本人もアメリカ人も悪霊除けで仮装しているわけではなく、別の人(に限らないが)になる、一時的な非日常が楽しいからやっているのだろうけれど。
この、奇抜な扮装をして別の人物になりきる楽しさというのは世界共通のようだ。仮装するお祭りは世界中にたくさんある。仮面舞踏会というのもその同類だ。別人の扮装をして冒険する物語も多い。王子とか殿様が庶民に身をやつす話や、女性が男装、あるいは男性が女装する話なら、5つや6つすぐに思い浮かぶ。それだけそういう物語が求められているということだろう。日本のハロウィンが仮装大会として定着したのも、そういう楽しさがあったからだ。
ところで、オペラには、ある人物が別の人物の格好をする(仮装か変装かはともかく)話がずいぶん多くないだろうか。オペラ登場人物はだいたいド派手な衣装で出てくるし、音楽を耳だけで聴くことも多いから、案外気づきにくいかもしれない。
せっかくなので、「仮装」が面白さのキモになっている、いわばハロウィン的なオペラを探してみた。次に挙げる三作品は、どれも超メジャー作品だが、いずれも、三作三様の「仮装の楽しさ」が味わえる名作だ。
1. モーツァルト《魔笛》
モーツァルトの歌劇は、変装して別の人物になる話が多い。男2人が変装して互いの恋人を誘惑する《コジ・ファン・トゥッテ》、主人と従者が衣装を取り替える《ドン・ジョヴァンニ》、ケルビーノが女装し、伯爵夫人がスザンナに化ける《フィガロの結婚》……。だが、ハロウィンっぽいモーツァルトといえば、なんと言っても《魔笛》だ。なにしろ登場人物がほぼ全員、奇抜な格好で出てくる。
なぜか「日本の狩衣」を着ているタミーノ、魔女かどうか微妙だが、たいていザ・魔女みたいな格好で出てくる夜の女王、鳥の羽だらけで出てくるパパゲーノ。これはもう、音楽付きの仮装大会ではないだろうか。
上:パパゲーノの恋人パパゲーナも鳥人間(オーギュスト・ベール撮影「パパゲーナを演じるジュヌヴィエーヴ・マチュー=ルッツ」)
2. ヨハン・シュトラウス2世《こうもり》
そもそも《こうもり》というタイトルは、仮面舞踏会で酔いつぶれて森に放置され、夜が明けてこうもりの格好で家に帰るはめになったファルケ博士のあだ名から取られている。
だが、それは以前の話、このオペレッタの第2幕で開催されるのは、仮面ではない普通の舞踏会だ。なのにこの人たちは、フランスの侯爵だのハンガリーの伯爵夫人だの女優だの、嘘ばっかり名乗っている。《こうもり》は、仮装が出てくるというよりも、仮装そのものがテーマのオペレッタだ。
3.ヴェルディ《ファルスタッフ》
大胆不敵にも、同時に2人の既婚女性にラブレターを出してしまったファルスタッフ。彼を懲らしめようと、女たちはひとつの計画を立てる。逢い引きに応じると見せかけてファルスタッフを森に呼び出し、妖精や魔女や悪魔に扮して脅かしてやろうというのだ。
のこのこやってきたファルスタッフに、仮装した女たちや男たちや子どもたちが襲いかかる。妖精を見ると死ぬと思っているので地面にうずくまって動けないファルスタッフは、つっつかれたり蹴られたり、されるがまま……。この歌劇の大詰め、第3幕後半はそういう場面だ。
もうこれはハロウィンそのものではないだろうか。それもそのはず、この歌劇の原作を書いたシェークスピアは、作品にケルト的要素がふんだんに取り入れた劇作家だった。つまり《ファルスタッフ》とハロウィンは、先祖を同じくする親戚みたいなものだったのだ。
そうだ、クリスマスに《くるみ割り人形》をやるように、ハロウィンには《ファルスタッフ》を上演するのが恒例にするといいうのはいかがだろうか。
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