連載
2026.06.21
万里生クラシック! vol. 12

田代万里生×塩田明弘対談【前編】オペラとの違いは?ミュージカル指揮者の仕事

ミュージカルを中心に多彩な活動を続ける田代万里生さんが、愛するクラシック音楽を語る「万里生クラシック」。最終回は、日本を代表するミュージカル専門の指揮者で音楽監督の塩田明弘さんが登場。音大で声楽と指揮を学び、劇場の副指揮者としてキャリアを重ねたのち、ミュージカルの世界に入った塩田さん。前編では、ともにオペラ出身の2人が、運命の出会いやミュージカル指揮者の仕事、オペラの指揮との違いについて語り合います。

田代万里生
田代万里生 ミュージカル俳優

東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。...

進行・まとめ
弓山なおみ
進行・まとめ
弓山なおみ ライター/コラムニスト

フランス留学後、ファッション誌『エル・ジャポン』編集部に入社。その後『ハーパース バザー』を経て、『エル・ジャポン』に復帰。カルチャー・ディレクターとして、長年、映画...

カメラマン:各務あゆみ

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ゼロ歳児からの「運命の絆」

田代 さっそくですが、実は僕、なりたい職業の第1位は指揮者なんです。東京藝術大学声楽科4年生の頃、「もう一度、学部を指揮科で受け直そうか」と、真剣に考えたこともあります。

塩田 おー。僕はまさに音大の声楽科に入って、その後、指揮科に転向し、指揮者になりました。

田代 つまり塩田さんは、僕の理想を体現されている方。そこで、この連載の最終回にご登場いただきました。

塩田 ありがとう!(笑)

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田代万里生(たしろ・まりお)
東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。3歳から母よりピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。ピアノを三宅民規、御邊典一、川上昌裕、吉岡裕子、声楽を直野資、市原多朗、岡山廣幸、野口幸子に師事。13歳のとき、藤原歌劇団公演オペラ《マクベス》のフリーアンス王子役に抜擢。大学在学中の2003年東京室内歌劇場公演オペラ《欲望という名の電車》日本初演で本格的にオペラデビュー。その後09年『マルグリット』でミュージカルデビューを果たす。
近年の主な出演作に『レッドブック〜私は私を語るひと〜』『エリザベート』『キャプテン・アメイジング』『イノック・アーデン』『ラブ・ネバー・ダイ』『モダン・ミリー』『カム フロム アウェイ』『アナスタシア』『マチルダ』『マタ・ハリ』『マリー・アントワネット』等。第39回菊田一夫演劇賞受賞。ミュージカルデビュー15周年記念アルバム「YOU ARE HERE」発売中。9月『アニオー姫』出演予定。

塩田 実は万里生くんとは、深いつながりがあるんです。万里生くんのお父さま(テノール歌手)は、大学の先輩。僕がオペラの副指揮者をやっていた頃、お父さまとは稽古場でずっと一緒でした。

それに僕、万里生くんは、赤ちゃんの頃から知っている。お父さまに招かれて、家に会いに行ったことがあるんです。

田代 ええっ……! ミュージカル界で一番、昔の僕を知っているのは、絶対に塩田さんです(笑)。

塩田明弘(しおた・あきひろ)
ミュージカル指揮者として初の文化庁派遣芸術家在外研修員となり、NYブロードウェイにおいて研讚を積み、東宝、ホリプロ、宝塚歌劇団などのミュージカルやコンサートの音楽監督・指揮を中心に活動。韓国EMKミュージカル『ファントム』では音楽スーパーバイザーを務めた。主な作品に『ジキル&ハイド』、『ケインとアベル』、『トッツィー』、『ラ・カージュ・オ・フォール』、『四月は君の嘘』、『チャーリーとチョコレート工場』、『マリー・アントワネット』、『レ・ミゼラブル』、『ミス・サイゴン』、『エリザベート』、『モーツァルト!』、『レベッカ』、『ラ・マンチャの男』、『デスノートTHE MUSICAL』など、レパートリーは70作品以上にのぼる。最近ではTVやラジオにも多数出演している。第9回読売演劇大賞優秀スタッフ賞、平成23年度日本演劇興行協会賞を指揮者として初受賞。書籍「知識ゼロからのミュージカル入門」(幻冬舎)著。トーク配信番組「塩ちゃんの劇場で待ってまっせ」メインホスト。2025年2月、一時休館となった帝国劇場の集大成コンサート『THE BEST New HISTORY COMING』にて音楽監督・指揮を務めた。

『ラ・マンチャの男』を観て指揮者の道へ

田代 そもそもオペラの指揮者から、なぜミュージカル界に?

塩田  中学生のとき、『ラ・マンチャの男』というミュージカルを観て、圧倒されたんです。主演は、市川染五郎(のちの松本白鸚)さん。この作品で、「芝居と音楽」の世界に衝撃を受け、音楽そのものにも惚れ込んでしまった。そしてそのとき、ステージのピットにいる指揮者がすごく気になった。まるで“堀りごたつ”みたいな、少し閉じた空間にいる感じがして。

田代 “堀りごたつ”!? 僕の目から見ると、オーケストラピットは暗闇に光り輝く宝箱みたいな場所でした(笑)。

塩田 それで「舞台の仕事がしたい」と思い始めて、「指揮したい」となったんです。すべては、ミュージカルが入口。

『ラ・マンチャの男』

田代 『ラ・マンチャの男』は、ミュージカルの中でも少しクラシック寄りの作品ですよね。プラシド・ドミンゴさんも演奏会やCDアルバムで歌っています。

塩田 でも、その流れで東京音楽大学を「指揮科」で受験して、落ちたんです。受けたのは9人で、全員が不合格。そのとき、僕の恩師から、「舞台に行きたいなら、まず歌をしっかり勉強して、そのあと指揮科に入りなさい」という助言をもらった。ヨーロッパの指揮者は、まず劇場でオペラやバレエの現場を経験し、そのうえでシンフォニーを振るのが主流。カール・ベームや、カラヤンもそうです。

それで僕は、4年間は声楽を学び、それから指揮科に「転科」しました。その後、オペラの副指揮者を10年間研鑽し、ミュージカル界の門を叩きました。

オペラの指揮との違いは芝居の重要度

田代 ミュージカル界に入って、オペラの指揮との違いをどう感じましたか?

塩田 オペラと比べると、ミュージカルは「芝居」がすごく重要なんです。芝居あってこその音楽だから、「音楽が芝居をしている」ようにみせるのが、ミュージカルの指揮者の仕事。そこに、役者の魅力を乗せるのが役目です。

田代  音楽の存在感は絶対に必要だけど、作品としては、音楽が存在しないかのように見せる——なかなか、難しいですね。それに、指揮者は技術面だけでなく、知識量と統率力、あと言語力や人間力も必要だと思います。その1つでも欠けると、みんながついてきてくれません。リハーサルで前に立った瞬間、オケはその指揮者ができるかどうか瞬時にわかりますから。

塩田  だから僕の仕事は、本番よりリハーサルが90%。オーケストラと練習をして、その後、キャストと歌合わせ。ここがうまくいかないと、もうダメなんです。特に緊張するのは、歌合わせ。そこでキャストとキャッチングをして、さらにオーケストラとキャストをつなぐ「橋渡し」をします。そうして、作品の土台ができあがるんです。

歌・芝居・踊りを音楽で束ねる喜び

田代 ほかに、ミュージカル指揮者ならではの特徴は?

塩田 ミュージカルはオペラと違って、音楽自体がどんどん変化しています。最近の楽曲も、アンドリュー・ロイド=ウェーバーの『オペラ座の怪人』のようなクラシカルなものから、だいぶ変わった。発声だとファルセットだけの歌や、とにかくロックビートを刻むというか、揺れない音楽が増えている。新しい作曲家もたくさん出てきているしね。

田代  確かにミュージカルの世界では、有名な作曲家がまだみんなご健在で、SNSで元気につぶやいています。クラシック界ではヴェルディもプッチーニも、すでに亡くなっています。芸術として、ミュージカルはクラシックに比べるとまだ若い文化で、歴史を作っている最中なんです。

塩田 そう。だから僕も指揮者として、常にアップデートしたいと思ってる。だから、万里生くんみたいに若い人たちと話をするのは、すごく勉強になるんです。

田代 では、指揮者としての喜びを感じる瞬間は?

塩田 ミュージカルは、歌や芝居や踊り、セットの転換や照明の切り替わりとか、たくさんの要素が、絶えまなく入ってきます。同時に、役者や演出家、振付師とか、多くの人たちの要望を把握する必要もある。そんな複雑な要素を、「自分の音楽」で一つにたばねること——それが僕の指揮者としての一番の幸せです。

「色のパレット」を持つ俳優

——では前編の最後に、現在のミュージカル界を代表するお二人から見た、お互いの魅力を!

塩田 万里生くんは、見た目はもちろんチャーミングだけど、それ以上に声が魅力的。彼の歌には一つひとつの音符に色がついているんです。

オペラでもミュージカルでも、作曲家の中には、楽譜通りに歌うだけでは音楽が成立しない人たちがいます。その場合は、楽譜の音符の先にどれだけ「色をつけられるか」が重要で、歌い手の表現力にかかっている。

万里生くんは、その“色のパレット”を持っている人。楽譜どおりにも歌えるし、パレットにある絵具で音符に色を重ね、歌を「絵画」みたいにも表現できる。オペラとミュージカルの両方を経験し、いろいろな楽器を体験してきたことが、強みになったのだと思います。

田代さんの魅力を力説する塩田さん

田代 ありがとうございます。僕にとって塩田さんは、もっともイタリア・オペラの香りがするミュージカル指揮者です。藤原歌劇団やイタリア・オペラの現場でつちわれた雰囲気が、全身から滲み出ています。

塩田 それは嬉しいです。僕の師匠は、マリオ・デル・モナコも振っていたヴェローナの名匠。彼のリハーサルを見ていると、とにかく“熱さ”がすごい。僕は副指揮者時代にたくさんの外国人指揮者のエネルギーとテンションを学び、それが自分の個性にハマったようです。

「音学」ではなく「音楽」を

田代 あと、ほかにも塩田さんの特徴として、人をワクワクさせる力があります(笑)。キャストとのリハーサルのやりとりとか、見てるだけでも楽しい。

塩田 ノリノリの曲だと踊っているしね。でも踊ることで音楽を表現してるんです。

田代 ジャンプをしたり、歌ったり……でも、ピリッとするところはピリッとさせて。

塩田 ミュージカルもオペラも、楽しむのが一番。ワクワクするのが大切だと思う。本来、「音楽」って“音を楽しむ”と書くのに、日本だと「音学」になりがちでしょう。オリンピック選手だって、メダル候補と期待され、すごいプレッシャーの中にいるけれど、最後はその状況を楽しむ精神力があるから結果を出せる。

それは、僕たちも同じで、自分は指揮棒、万里生くんは身体が楽器。「舞台で声が出せないかも」「セリフを忘れるかも」という、多くのプレッシャーと闘いながら、それでも芝居や音を“楽しむ気持ち”を忘れないこと。それが舞台に立つ上では、一番大切なことだと思っています。

田代さんの出演情報
ミュージカル『アニオー姫』

日程: 2026年9月12日(土)〜9月27日(日)

会場: KAAT神奈川芸術劇場

出演: 田代万里生、小野田龍之介、音くり寿、ドー・ファン・ザ・ハン、今井清隆、吉沢梨絵、井料瑠美、栗原英雄、戸井勝海

詳しくはこちら

田代万里生
田代万里生 ミュージカル俳優

東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。...

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弓山なおみ
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弓山なおみ ライター/コラムニスト

フランス留学後、ファッション誌『エル・ジャポン』編集部に入社。その後『ハーパース バザー』を経て、『エル・ジャポン』に復帰。カルチャー・ディレクターとして、長年、映画...

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