第9回 R.シュトラウス《サロメ》〜喉から手が出るほど欲しい!!
音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する連載。第9回はR.シュトラウス《サロメ》。強烈なキャラクターたちの中で、飯尾さんが共感するのは誰?
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
「オーケストラは大好きなんだけど、オペラはあまりなじみがなくて……」というクラシック音楽ファンは少なくないと思う。なかには、オペラは長すぎるし、物語も退屈だと思っている方もいるかもしれない。
そんな方であっても、リヒャルト・シュトラウスの《サロメ》であれば、ぐっと親しみやすく感じるのではないだろうか。なにしろ短い。1幕しかなく、演奏時間は約100分。マーラーの交響曲第3番と変わらない。そして、オーケストラは100名を超える大編成で、音響面ではスペクタクル満載。しかも物語は刺激的で、鼻白むようなロマンスもない。オペラでありながらも、声楽入りの壮大な交響詩のように聴けるのが、この作品の魅力だ。実演に触れる機会が多いのも吉。
領主ヘロデの宮殿に幽閉された預言者ヨカナーンの声が響く。ヘロデの後妻ヘロディアスの連れ子であるサロメは、ヨカナーンを連れ出すように衛兵に命じる。衛兵隊長ナラボートは、ヘロデから禁じられていたにもかかわらず、ヨカナーンを呼び出す。サロメはヨカナーンに惹かれ、口づけを求める。だが、ヨカナーンはサロメの求愛を退ける。サロメに魅了されるナラボートはその様子に耐えられず、自ら命を絶つ。
ヘロデはサロメを呼び寄せ、歓心を買おうとするが、ヘロディアスにたしなめられる。ヘロデはサロメに踊りを求めるが、拒否される。どんな褒美でも分け与えると約束すると、ようやくサロメは7枚のヴェールを身につけて官能的な踊りを見せる。
満足したヘロデが褒美を尋ねると、サロメは銀の皿に載せたヨカナーンの首を要求する。預言者に恐れを抱くヘロデは、それだけはできないと、代わりの褒美を提案するが、聞き入れられない。ついにヘロデはあきらめて、サロメの求めに応える。
恍惚としてヨカナーンの生首に口づけをするサロメ。その姿を見たヘロデは、兵士たちにサロメを殺せと命じる。
発表! 《サロメ》のキャラクター別 共感度
サロメ ★★☆☆☆
「もしも、自分がものすごい美少女だったら……」。普通、オッサンはそんな妄想に浸らない。サロメに自分自身を投影する男性はあまりいないだろう。おまけにサロメはヨカナーンの生首を執拗に求めるのだ。共感のしようがない。
しかし、権力者に自分のとんでもない要求を認めさせるというただ一点において、サロメは大きな快感をもたらす。国の半分をやろうと言われても断るほど、欲しいものがある。なんという純粋な欲望なのか。
ヘロデの求めに応じて踊る「7枚のヴェールの踊り」~褒美に欲しいものは「銀の皿に載せた……ヨカナーンの首」と言うサロメに激震が走る
ヘロデ ★★★★☆
ヘロデはとことんカッコ悪い権力者だ。妻の連れ子のサロメに欲情したばかりに、内心では恐れを抱いていた預言者を殺すことになってしまう。おかげでサロメのことも殺してしまうわけで、きっぱりとした態度を取れないがゆえに、いちいち決断が裏目に出てしまう。
血なまぐさい話ではあるものの、ヘロデは同じシュトラウスの《ばらの騎士》のオックス男爵や、ヴェルディ《ファルスタッフ》の主人公らと同じく、オペラにおける「ダメなオッサンの系譜」を受け継いでいる。
ヨカナーン ★★☆☆☆
超越的な存在なので、とてもカッコいい。でも気の毒な役柄だ。
サロメと口づけしなかったから首を斬られたわけだが、じゃあ口づけすればよかったのかというと、それはそれで別の災難を引き起こしていたにちがいない。
古井戸から響くヨカナーン「見ろ、主がお出でになった」という予言の声にサロメは惹かれた
ヘロディアス ★★★☆☆
夫ヘロデが娘サロメに向ける邪な視線に、ヘロディアスはさぞ不快な思いをしたことであろう。だが、娘が褒美にヨカナーンの生首を求めた瞬間、イヤッホーとばかり喜びを爆発させる。「さすが、わが娘」と満足そう。母の愛を感じる。
ナラボート ★★★★☆
脇役なのだが、同情を禁じ得ないのがナラボート。そもそもサロメに恋情を抱いたところが身の程知らずもいいところなのだが、見たくもない場面を見てしまい、自ら命を絶ってしまった。えっ、なんで、そこまでするの?
少し目を離した隙に自害するという点で、プッチーニ《トゥーランドット》のリューの男性バージョンのように思えなくもない。
オペラはナラボートのうっとりとした「今夜のサロメ王女はなんと美しいことか」というセリフから始まる
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