読みもの
2018.12.17
林田直樹の越境見聞録 File.10

原作ともバレエとも違う、ディズニーが描いた「くるみ割り人形」

ONTOMOエディトリアル・アドバイザー、林田直樹による連載コラム。あらゆるカルチャーを横断して、読者を音楽の世界へご案内。

今回は、現在公開中のディズニー映画『くるみ割り人形と秘密の王国』を紹介。原作ともバレエとも違うこの実写バージョンが広げる「くるみ割り人形」の世界の魅力を解説します。

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林田直樹
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林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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小説やバレエを底本としながらのまったく新しいエンターテインメント

ついに、ディズニーが「くるみ割り人形」を実写映画化した——。

おおいに勇んで、公開直後に映画館に出かけて行った私は、チャイコフスキー作曲のバレエやE・T・A・ホフマン原作の小説とのあまりの違いに、戸惑ってしまった。

これは一体?

 

※以下ネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

 

まず驚いたのが、ネズミの大群である。

バレエなら、くるみ割り人形の兵隊たちは、クララの助けを借りながらもネズミの軍勢をどうにか撃退する。着ぐるみのネズミだから怖くもなんともないし、安心しておもちゃみたいな戦闘を見ていられる。どうせクララが靴を投げただけで、ネズミの王様はやられてくれるのだから。優雅なものだ。

ところが映画版のネズミは滅法強い。

おびただしい数のネズミが集結してネズミの巨人を形成し、クララを抱きかかえて連れ去ろうとしたシーンにはびっくりした。これじゃ、くるみ割り人形の兵隊はかないそうもないぞ!?と本気でハラハラさせられた。でも、それが本当の闘いというべきだろう。

もちろんディズニー映画だから、ネズミを真の悪役にするはずがない。

(ミッキーマウスがそれを許すはずがない)

しかし、まさかこのネズミ嫌いの私が、後半でネズミを応援することになろうとは思いもよらなかった。(よく見るとハムスターみたいでいたずらっぽいし、案外可愛いかも?)

そもそもこの映画で起こることは、バレエの世界に親しんでいる者にとっては、何から何まで異質な、別の世界の出来事になっている。

え?クララのお母さんは死んじゃったの?
鍵のない小物入れって、そんなものあったっけ?
クララは発明好きな女の子なの? お母さんも?
夢の世界のなかの国は、お菓子の国だけじゃなくて、四つもの国があるんだ?
そのうちひとつは荒れ果てているってどういうこと?
その荒れ果てている国の名前が「遊びの国」って、ちょっと意味深じゃないか?
シュガー・プラムの音楽である「金平糖の精の踊り」が、こんなアレンジに?
クララを導いてくれるくるみ割り人形の兵隊のフィリップ大尉、よく見ると瞳がすごく綺麗じゃないか?
バレエ・シーンに登場する女性の踊り、威厳のある美がすごいんじゃないか?

この映画の一番の見どころは、プロダクション・デザインや衣装・メイクの豪華な美しさとされている。

確かにそうかもしれない。
1897年のロンドンのヴィクトリア朝時代の趣味にあふれたクリスマス。
隅から隅まで、どこを見ても、凝りに凝った、気の遠くなるような微細なディテールにこだわった、視覚的な美に彩られている。

ヒロインのクララを演じるマッケンジー・フォイ(2000年生まれ)の可愛らしさも見逃せない。

だがそれらを本当に輝かせている秘密は、グロテスクな要素や暗くて怖い世界が、すぐ隣にあるということのように私には思える。
現実の世界と夢の世界をつなぐ道案内人の役割を果たすドロッセルマイヤーおじさん(モーガン・フリーマン)の不気味さ、シュガー・プラム(キーラ・ナイトレイ)の謎めいたキュートさや、マザー・ジンジャー(ヘレン・ミレン)の狂気。それこそが欠かせない。

思えば、E.T.A.ホフマン原作の小説は、かなり危ない、怪奇趣味に近いところがあった。
何しろ、おもちゃの人形に生命が宿って動き出し、現実世界との境目がなくなっていくという話なのだから。ネズミだって、七つもの頭をもつ怪物なのだ。

チャイコフスキー作曲のバレエだってそうだ。原作に比べると、かなり都会的で洗練されたおとぎ話に仕上がっているけれど、音楽をよく聴いてみれば、低音の動きに不穏なものがうごめくからこそ、ファンタジーが広がっていく仕掛けになっている。

恐怖は、美を際立たせるための、想像力をかきたてるための、不可欠なスパイスなのだ。
日本での映画公開のキャッチコピーは、「クララ——見た目に惑わされるな」である。
美と醜の織りなすコントラストを考えながら、この映画を楽しんでみるのも面白い。

最後に音楽について。
今回の映画版では、チャイコフスキーのバレエ音楽の使用率は2割程度。かなり大胆な迫力ある新たなオーケストレーションが施され、いかにもスペクタクルな別物の音楽となっている(音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード)。

それを指揮しているのがベネズエラの国家的音楽教育「エル・システマ」を象徴する人気指揮者グスターボ・ドゥダメル。中国のピアニスト、ラン・ランや、イタリアのクロスオーバー的テノール、アンドレア・ボチェッリも主題歌に加わっている。

最後の演奏&ダンスのシーンでは、シルエットの使い方に昔のディズニーの名作「ファンタジア」へのオマージュが込められている。

名作小説やバレエを底本としながらも、そこに全く別物の新しいエンターテインメントがこうして加わることで、「くるみ割り人形」の世界はさらに広がったと言えるだろう。

サウンドトラック
『くるみ割り人形と秘密の王国 オリジナル・サウンドトラック』

発売中/2700円(税込)

映画『くるみ割り人形と秘密の王国』
イベント情報
映画『くるみ割り人形と秘密の王国』

出演:マッケンジー・フォイ、キーラ・ナイトレイ、ジェイデン・フォウォラ=ナイト、ヘレン・ミレン、モーガン・フリーマン、ミスティ・コープランド ほか

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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林田直樹
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林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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