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2022.07.23
8月21日(日)開幕!東京のどまんなかで夏の終わりに開催される現代音楽の祭典

成田達輝と神田佳子が誘うサントリーホール サマーフェスティバル~現代音楽のススメ

1987年のスタート以来、音楽の現在(いま)を紹介する東京の現代音楽の祭典として、最前線で活躍する世界各国の音楽家たちがサントリーホールに集う「サントリーホール サマーフェスティバル」。今年は8月21日~28日に開催され、音楽の都ウィーンの現代音楽スペシャリスト集団「クラングフォルム・ウィーン」がプロデューサーとなって独自の視点で現代音楽を紹介、またテーマ作曲家としてドイツの作曲家イザベル・ムンドリーの委嘱作品が初演されます。1989年からずっと通い続けているという音楽評論家の沼野雄司さんに今年の聴きどころをご紹介いただくとともに、このフェスに出演されてきた演奏家のお二人に、フェスの魅力や現代音楽を演奏する面白さについて伺いました。

沼野雄司
沼野雄司

東京藝術大学大学院博士課程修了。博士(音楽学)。現在、桐朋学園大学教授、神奈川芸術文化財団芸術参与。2008年度、2020度にハーバード大学客員研究員。著書に『現代音...

成田達輝©Marco Borggreve(左)、神田佳子(右)

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30年以上走り続けてきたフェスティバル

このフェスティバルに通いはじめて何年になるのだろう。

1989年に「20世紀の名曲選」というシリーズが中核に据えられてからは、海外に住んでいた2008年以外はかならず顔を出しているはずだ(この年に演奏されたグリゼイ《音響空間》が聴けなかったのが痛恨事!)。つまりもう30年以上……。自分であらためて数えてみて愕然としてしまう。

毎年、東京のどまんなかで開催されるこのフェスティバルが、わたしの人生にとって欠かせない位置を占めていることを痛感させられたのは、20世紀の音楽史をたどる本を書いたときだ。気づいてみれば、扱う作曲家や作品の多くは、ここではじめて接したものばかり。もしもこのフェスティバルがなかったら、書物の内容自体が相当に変わっていたにちがいない。

もはやこのフェスがひとつの季節感になってしまっているがゆえに、そして四季のなかでは圧倒的に夏好きゆえに、毎年、フェスティバルがはじまると、新しい音楽に出会えるうれしさの一方で、ふと寂しい気持ちになってしまう――ああ、もう夏が終わってしまうのだなと。

さて、では演奏家にとっては、このフェスティバルはどんな場なのだろう。すでに長くこのフェスに出演している打楽器奏者の神田佳子さんと、近年、現代音楽分野でも活躍が目覚ましいヴァイオリニストの成田達輝さんにいろいろと伺ってみた。

「打楽器は見え方が大事なので、むしろ、ここは横とか後ろから見てほしい!と思ったり(笑)」(神田)

――神田さんにとって、サントリーホールというのはどういう場所ですか?

神田 大ホールは客席のつくりがいいですよね。打楽器はどう見えるかというのがすごく大切なので、音もそうですけど、いろいろな見え方があることが魅力的。

――ヴィンヤード形式なので、横からも、後ろからも見られるわけですよね。演奏しにくいなんていうことはないですか。

神田 全然ないですね。打楽器の場合、たくさんの楽器を使うことが多いわけですが、譜面台とか他の楽器に隠れてしまって、前からだけ見ているとなにを演奏しているか分からないこともあるんですよ。その意味ではむしろ、ここは横とか後ろから見てほしい!と思ったり(笑)。あ、このタイミングでこの楽器を持つんだとか、ここでこんな準備をしてるんだ、なんていうのも楽しんでいただけたらと。

――横や後ろの席の楽しみ、確かにありますよね。成田さんにとってサントリーホールとは?

成田 音大の学生さんなんかも同じじゃないかと想像するのですが、日本の音楽の殿堂というイメージです。古典だろうが現代音楽だろうが、とりあえずサントリーホールに行ったら最高級のものが聴ける、間違いないっていう信頼感。ヴィンヤード形式ということにかんしていえば、ホールの設計を手がけた豊田泰久さんの著書を読んだら、最初は演奏家に不評だったとあって、ちょっと驚いたんです。実際にはとてもいいホールですよ。

ヴィンヤード(ぶどう畑)形式で、全席がぶどうの段々畑状にステージを向いているサントリーホール大ホール。成田さんいわく「2年前にブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管を1階席真ん中の3列目で聴いたとき、自分の視界に指揮者の大きな背中とオーケストラとオルガンしか入らなくて、目の前でブルックナーがオルガンを弾いているように錯覚するくらい、素晴らしい体験だった」 写真提供:サントリーホール ©SUNTORY HALL

フェスティバルならではの出会いがある

――神田さんはずいぶん前からサマーフェスティバルに出演されてますよね?

神田 学生時代から観にきてましたが、出演したのは芥川作曲賞の本選で川島素晴さんの《デュアル・パーソナリティ》を演奏したのが最初です(1997年)。でも、とびきり強烈だったのが、2014年のシュトックハウゼンの《暦年》。わあ、これをやるのかと。雅楽と洋楽のヴァージョンがあるんですが、私は雅楽のほうで鉦鼓をやらせてもらったんです。しかも山口恭範さん、菅原淳さんという大御所と一緒に。これはフェスティバルならではの出会いだと思いましたね。

神田佳子さんが雅楽器の鉦鼓を演奏したシュトックハウゼン《暦年》公演(2014年8月28日 サマーフェスティバル) 写真提供=サントリーホール

――成田さんはいつ頃からでしたっけ?

成田 やはり芥川作曲賞の本選で、酒井健治さんの協奏曲を弾いた時が最初です(2013年)。その後、受賞後の委嘱作である《G線上で》という協奏曲も担当させてもらったのですが(2015年)、聴き手としてもいろいろ記憶に残っているんですよ。

ルノー・カプソンが弾いたミカエル・ジャレルのヴァイオリン協奏曲《4つの印象》とか(2019年)、なんといってもB.A.ツィンマーマンの《レクイエム》(2015年)。毎年、ふつうに一聴衆としてチェックはしているんです。自分の中でも大イヴェントなので。

成田達輝さんがサマーフェスティバルに初出演した第23回芥川作曲賞選考演奏会(2013年9月1日)。酒井健治「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」(2011)を演奏した 写真提供=サントリーホール
         

「現代思想とか哲学も参照しながら、多方面から楽曲にアプローチしてみたい」(成田)

――「現代曲」って、お二人にとってはどういう存在ですか?

神田 打楽器をやる以上、現代曲は避けられないんですけど、私にとっては、何かコラボレーションが行なわれるとか、解釈がその人たちとの出会いによって変わるとか、そういう「現場」が楽しいんです。その面白さを一回知ってしまうと、ただ楽譜だけで演奏するのがつらくなってくる(笑)。作曲家とのやりとりによって音楽自体が変わってゆく、一種の生もの感覚ですね。

成田 ぼくは常に、最初にふたをあけてどういうものを感じるかというのを重要視しています。たとえばファーニホウの譜面を最初に見て、なんでこの人はこんなに細かいことをやるのかと、その人間を知りたくてのめり込んでしまったり……。

ひとりの人間として現代思想とか哲学も参照しながら、多方面から楽曲にアプローチしてみたいと思っています。現代音楽を演奏することには、作曲家と自分が感じたものを伝える責任が伴うものなので。

成田達輝:1992年生まれ。ロン゠ティボー国際コンクール(2010)、エリザベート王妃国際音楽コンクール(12)、仙台国際音楽コンクール(13)でそれぞれ第2位受賞。 これまでに、ペトル・アルトリヒテル、オーギュスタン・デュメイ、ピエタリ・インキネンなど著名指揮者や国内外オーケストラと多数共演している。18年8月と翌2月に韓国で行われた平昌音楽祭に参加、18年にはミンスクで行われたユーリ・バシュメット音楽祭にも参加している。使用楽器は、アントニオ・ストラディヴァリ黄金期の “Tartini” 1711年製(宗次コレクションより貸与)©Marco Borggreve

もっといろんな人に面白がって聴いてほしい

――サマーフェスティバルをさらに「ひらいて」ゆくにはどうしたらよいでしょう。

神田 ふだんは他のジャンルを聴いている人とか、音楽には興味がないけど、美術とか映画に興味があるという人に、もっと体験してみてほしい。クラシックの知識がある人はメロディーがどうだ、和声がどうだとなってしまうんだけど、もっとシンプルな面白さを共有したい。「え、こんな人が?」というような人に届いたら成功で、私も演奏していて楽しいですね。

神田佳子:東京藝術大学卒業および同大学院修了。ドイツのダルムシュタット国際現代音楽夏期講習で奨学生賞を受賞。ビクターエンタテインメントよりCDをリリース。2014年、東京現音計画のメンバーとして、サントリー芸術財団第13回佐治敬三賞を受賞。これまでに、ソリストとしてオーケストラとの共演や、国内外の音楽祭への参加のほか、正倉院復元楽器の演奏、古楽器、和楽器との共演、ジャズピアノとのデュオを行うなど、時代やジャンルを超えた打楽器演奏の可能性にアプローチしている。作曲活動も継続的に行っており、国内外で演奏されている。

成田 たとえばフェスティバルの期間中、カラヤン広場にテーマ作曲家のいろんな側面を展示するブースを設けて、お客さんに見てもらうなんてどうでしょう。美術館の入り口に年譜があるみたいな感じで。この作曲家はこんな人で、こういう実験をやっているんだということを知って会場にいくと、より楽しめるかもしれない。

「《ペルセファッサ》は滅多にできない聴体験(神田)」「ムンドリーをきちんと紹介したい(成田)」

――さて、今年のサマーフェスティバルでは、神田さんはクセナキスの《ペルセファッサ》、成田さんはイザベル・ムンドリーの個展で出演されます。

神田 まずはなにより共演メンバーが、クラングフォルムとイサオ・ナカムラさんというのがうれしい。イサオさんは、私がいちばん刺激を受けた打楽器奏者の一人で、あのテンションに負けないぞと。この曲はまさにエネルギーがないと伝わらないので、一緒に熱い思いを共有できるワクワク感でいっぱいですね。

《ペルセファッサ》は客席を囲んで6人の奏者が音を出し合う曲なので、大ホールの空間を立体的に感じられるはずです。あっちこっちから音が飛び交うという体験は滅多にできないと思いますよ。

ヤニス・クセナキスはルーマニア生まれのギリシャ系フランス人の作曲家。第二次世界大戦勃発後、民族解放戦線(EAM)でレジスタンスに参加、顔面を負傷する。アテネ工科大学卒業後、パリに定住。1947年、ル・コルビュジエの設計事務所に入り、ブリュッセル万博フィリップス館(58)などを手がける。その間オネゲルとミヨー、またパリ音楽院でメシアンに師事。確率論を応用した推計的手法にもとづき、コンピュータにも依拠しながら創作。音楽と科学を架橋する姿勢は国際的に高く評価され、数々の栄誉を受けた。手法の専門性にもかかわらず、壮大で鮮烈な音響を駆使したその作品は広範な聴衆を惹きつけ、演奏家にも高い人気を誇る。サントリーホール国際作曲委嘱シリーズでは『ホロス』(86)を作曲した。©Photo X – Salabert – All rights reserved.

成田 ムンドリーは、本当は2年前にやるはずだったのがコロナ禍で延期になったので、もう一度、最初から譜面を読み直して準備しています。楽譜からだけではイメージしづらいところもまだあるので、早く合わせたいなと。そのなかで、ムンドリーという作曲家をきちんと自分でつかんで、よい形で日本に紹介する役割を果たしたいですね。

――ありがとうございました。

イザベル・ムンドリー:いまヨーロッパで大変人気の高い作曲家。1963年生まれ。17歳で作曲を始め、ベルリン芸術大学で学ぶ。フライブルク音楽大学等で電子音楽を学び、ベルリン工科大学では音楽学をカール・ダールハウスに師事。IRCAMでも研修を受ける。96年フランクフルト音楽・舞台芸術大学作曲科教授に就任。2004年チューリヒ芸術大学作曲科教授に就任、11年からミュンヘン音楽・演劇大学教授を務める。ルツェルン音楽祭(03)、マンハイム国立劇場(04)、シュターツカペレ・ドレスデン(07、同楽団では初)のコンポーザー・イン・レジデンスに選任された。©Astrid Ackermann

今年のフェスの聴きどころ~初心者にお薦めの公演と逆に「お薦めできない」(!?)公演

さて、では今年のサマーフェスティバルの聴きどころについて、わたしなりのお薦めを勝手に記してみたい。

テーマ作曲家は、ドイツのイザベル・ムンドリー。一見すると正統的な「現代音楽」のようでありながら、奇妙な艶がある作風で知られる。じっくり聴いてみたい作曲家だったので、個人的にも本当にうれしい。とりわけメンケマイヤーが独奏を務める新作ヴィオラ協奏曲は必聴だろう(8月28日)。

一方、ウィーンの現代音楽演奏集団クラングフォルムのプログラムの中では、「クラングフォルムのFamily Tree(系図)」と名づけられた第1夜に注目したい(8月23日)。もしも2000年代の現代音楽がどういうものか、手っとりばやく知りたいという人は、この一夜でだいたいわかるはず。シャリーノ、サンダース、ノイヴィルト、ハース、ポッペ、ラング、フラーといった面々の5~10分の小曲が並ぶというポップなつくりも面白く、むしろ初心者に自信をもってお薦めしたい。

クラングフォルム・ウィーン::国際的に最も名高い現代音楽専門アンサンブルの一つ。1985年にベアート・フラーによって設立されて以来、4大陸の作曲家による約600作品の初演、90を超える広範なディスコグラフィー、主要なコンサート・ホールやオペラ・ハウス、著名な音楽祭への出演、トップクラスの作曲家たちとのコラボレーションなど、その活動は多岐にわたる。2009年からは、グラーツ音楽大学で教授活動の一環として、次世代を担う学生たちに表現法や演奏技術などを幅広く指導している。11カ国出身の20数名の音楽家で構成され、2020年よりぺーター・パウル・カインラートが芸術監督を務めている。©Tina_Herzl

逆に「お薦めできない」のが、「クセナキス100%」と題された演奏会(8月26日)。もっとも暴力的な音響で知られる作曲家クセナキスの大作2曲が披露されるという、考えるだに恐ろしい一夜なのだ。こんな過激なプログラムも、めったにない。生半可な気持ちで出かけたら大変なことになるので、「美しい」現代音楽を聴きたい人は行かないように。でも、怖くてもよいという人は……絶対にこの機会を逃してはいけない。

クセナキス《ペルセファッサ》6人の打楽器奏者のための(1969)

そして芥川也寸志サントリー作曲賞。今年も活きのいい新人3人が候補に並んでいる。なによりこの賞は、公開で審査が行なわれる点が特徴。実は、今年の司会はわたしが務めるので、大いに盛りあげることをここに約束しておこう。

かくして今年もまた夏がやってくる。

サントリーホール サマーフェスティバル 2022
ザ・プロデューサー・シリーズ クラングフォルム・ウィーンがひらく

■8月22日(月)19:00開演 大ホール

大アンサンブル・プログラム—時代の開拓者たち—

■8月23日(火)19:00開演 ブルーローズ(小ホール)

室内楽プログラム「ウィーンの現代音楽逍遥」(第1夜)—クラングフォルムのFamily Tree—

■8月25日(木)19:00開演 ブルーローズ(小ホール)

室内楽プログラム「ウィーンの現代音楽逍遥」(第2夜)—ウィーンは常動する—

■8月26日(金)19:00開演 大ホール

クセナキス100%(クセナキス生誕100周年プログラム)

*神田佳子が《ペルセファッサ》に出演

詳細はこちら

 

テーマ作曲家 イザベル・ムンドリー

■8月21日(日)14:00 開始 ブルーローズ(小ホール)

作曲ワークショップ(スコア公募方式による)

■8月24日(水)19:00開演 ブルーローズ(小ホール)

室内楽ポートレート(室内楽作品集)

*成田達輝が《時の名残り》《リエゾン》《バランス》に出演

■8月28日(日)15:00開演 大ホール

オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)

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第32回芥川也寸志サントリー作曲賞 選考演奏会

■8月27日(土)15:00開演 大ホール

候補3作品演奏の後、公開選考会(司会:沼野雄司)

詳細はこちら

お得なセット券情報

サマーフェスティバル全公演セット券が 20,000円で販売中!

チケット取り扱い: サントリーホールチケットセンター(電話・窓口)のみ

※限定50セット

※大ホールS席/ブルーローズ(小ホール)前方中央寄りの良席

※1回のお申込みにつき1セットまで

沼野雄司
沼野雄司

東京藝術大学大学院博士課程修了。博士(音楽学)。現在、桐朋学園大学教授、神奈川芸術文化財団芸術参与。2008年度、2020度にハーバード大学客員研究員。著書に『現代音...

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