読みもの
2021.12.27
ドラマチックにする音楽 Vol.9

映画『水曜日が消えた』7つの人格を生きる1人の青年と、バッハのポリフォニー音楽

ドラマをよりドラマチックに盛り上げているクラシック音楽を紹介する連載。
第9回は、曜日ごとに入れ替わる7つの人格を持つ、ある青年の「変化」に焦点をあてたサスペンス映画、『水曜日が消えた』。毎日流れているバッハ《インヴェンション》と、特異な体質を持った青年にはどんな共通点があるのか。

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

© 2020『水曜日が消えた』製作委員会

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曜日ごとに入れ替わる、7つの人格を持つ青年

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幼少期の事故をきっかけに、7つの人格が宿るようになった“僕”の体。ミュージシャンな月曜日や、スポーティな水曜日、絵描きな木曜日、植物を愛する金曜日、ゲームを楽しむ土曜日、車乗りの日曜日。
曜日ごとに各々の人格が入れ替わり、互いに必要事項を付箋のメモで残し合うことで、決して会えない共同生活のような日々を過ごしている。

映画『水曜日が消えた』は、そんな稀有な性質をもった青年(中村倫也)が主人公だ。そして、7人のうち“火曜日くん”にスポットライトがあてられている。

“火曜日くん”は、真面目かつきれい好きで、いつもほかの曜日の面倒を被り、単調な一日を過ごしている。猫の番組、ビンと缶のゴミの日、図書館の定休日。近所の緑道に流れる火曜日の音楽は、バッハの《ブランデンブルク協奏曲 第6番》。彼いわく、「一週間で一番、地味で退屈な曜日」だ。

しかし火曜日の彼は、ある水曜日に突然目を覚ます。緑道に流れているのは、水曜日の音楽のグリーグ《ペール・ギュント》第1組曲より第1曲〈朝〉。これまで定休日で行けなかった図書館に行ける喜びと、そこで出会ったスタッフへの初恋。“火曜日くん”は初めての水曜日を楽しむ。

医者から早寝するよう指示されていたが、水曜日も生きられることになったため、夜更かしをしている“火曜日くん”。
© 2020『水曜日が消えた』製作委員会

独立した複数の要素が協和することで成り立つ、ポリフォニーと青年の体

さて、水曜日はどこに行ってしまったのか。どうやら他の曜日もいなくなっているようだ。彼の体には異変が起きていた。

稀有な性質をもつ彼の体は、7人の人格が規則正しく入れ替わっていくことで生かされていた。クラシック音楽で例えるならば、それは「ポリフォニー音楽」だ。自立的な複数の旋律が、互いに追いかけ合ったり真似し合ったりしながら、協和して1つの音楽になる。

しかし、どこか一つ音が外れてしまうと調性が狂ったり、キッパリしていたテンポやリズムに意図せぬ揺らぎが生じたりして、自立的だった旋律はうまく主張できなくなり、協和が失われる。そして音楽はガタガタと歪みを見せ始めてしまう。旋律は確かに独立しているのに、相互作用的なのだ。

突然意識が朦朧としだす“火曜日くん”。スマホの画面に映っていたのは……。
© 2020『水曜日が消えた』製作委員会

彼らは、パワーバランスを保ちながら1つの体をうまく共有し、平穏な日常を過ごしてきた。しかし、誰かがほかの曜日を脅かし、7人それぞれが自立的でなくなった瞬間、崩壊の兆しを見せ始める。ポリフォニー音楽の崩壊に等しい。

物語中に、バッハのポリフォニー音楽の基礎ともいえる《インヴェンション 第8番》が登場する。曜日にかかわらず、毎朝の番組のBGMとして流れている。

『水曜日が消えた』は、壊れたポリフォニーを取り戻すためのサスペンス映画だ。さて、最後にインヴェンションは聴こえるのだろうか。

Blu-ray発売中。7,400円(税抜)/発売元:日活 販売元:ハピネット
© 2020『水曜日が消えた』製作委員会
作品情報
映画『水曜日が消えた』

出演:中村倫也、石橋菜津美、中島歩、休日課長、深川麻衣、きたろう

監督・脚本・VFX:吉野耕平

音楽:林祐介

主題歌:須田景凪「Alba」(unBORDE / Warner Music Japan)

製作幹事:日本テレビ 日活

制作プロダクション:ジャンゴフィルム

配給:日活

桒田萌
桒田萌 音楽ライター

1997年大阪生まれの編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウ...

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