
W杯で世界的人気に! プッチーニの「誰も寝てはならぬ」が“勝利の歌”になった理由

2026年は、サッカー・ワールドカップイヤー!
試合会場やハイライト映像で流れるたび、胸を熱くするのが、プッチーニのオペラ《トゥーランドット》の「誰も寝てはならぬ」。いまや“勝利の歌”として世界中で愛されるようになりましたが、なぜこの曲がスポーツシーンの定番になったのでしょうか? きっかけは、ある伝説的なワールドカップにありました。

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
1990年ワールドカップイタリア大会で空前の大ヒット
サッカー界を彩ってきた名曲は数多いが、ワールドカップによって世に広まった曲と言えば、なんといってもプッチーニの「誰も寝てはならぬ」だろう。オペラ《トゥーランドット》で流浪の王子カラフが歌う最大の聴きどころだ。三大テノールのひとり、ルチアーノ・パヴァロッティの名唱によって、この曲はオペラファンの枠を超えた人気曲になったのだ。
と、書くと「えっ? あの曲は2006年のトリノ・オリンピックで金メダルを獲った荒川静香選手が使ったから有名になったのでは」と思う方もいるかもしれない。日本国内に限っていえば、その通り。が、この曲が爆発的なヒット曲となったのは、1990年のワールドカップイタリア大会がきっかけだ。
どれだけ人気を呼んだかといえば、全英シングルチャートで最高2位を獲得するほど売れまくったのである。これはクラシックに限ったチャートではなく、全ジャンルのチャートだ(ちなみにその時の1位はエルトン・ジョンの「サクリファイス」)。クラシック音楽界の基準では想像を絶した大ヒットといえる。

イギリスのプロデューサーの発案でサッカーと結びつく
きっかけはBBCのテレビ番組にある。当時の若手プロデューサー、フィリップ・バーニーは、たまたまBBCラジオの名物番組「デザート・アイランド・ディスク(無人島に持っていくレコード)」でプッチーニの「誰も寝てはならぬ」を耳にした。
この曲では、クライマックスで「Vincerò!(私は勝つ!)」という歌詞が3度、繰り返される。オペラの中ではカラフが恋の勝利を確信して歌っているわけだが、バーニー氏はこの歌詞はサッカーにもぴったりだと考えた。
そこで、ワールドカップ組み合わせ抽選会用に制作していたビデオ映像で、この曲を用いた。イタリア代表のマルコ・タルデッリが82年大会の決勝戦でゴールを決めて喜びを爆発させる伝説的なシーン(通称「タルデッリの雄叫び」)に、「誰も寝てはならぬ」の「Vincerò!」を重ね合わせたのである。
1982年FIFAワールドカップ・スペイン大会決勝の全ゴール
このアイディアは局内で好評を博し、本大会の中継でも、テーマ曲として「誰も寝てはならぬ」が使われることになった。イタリア大会にイタリアの名歌手パヴァロッティが歌うイタリア・オペラの名曲「誰も寝てはならぬ」。筋の通った選択である。おかげで、それまでオペラに興味のなかったお茶の間のサッカー・ファンたちも「誰も寝てはならぬ」をくりかえし耳にすることになった。
決勝戦の前夜に8億人が視聴した三大テノール
だが、これだけなら「誰も寝てはならぬ」の大ヒットはイギリス国内に留まっていたかもしれない。これに加えて、決勝戦の前夜祭として、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスの3人のスーパースターが一堂に会した「3大テノール」のコンサートが初めて開催される。公演は世界中にテレビ中継され、8億人もの視聴者が観たと伝えられる。ここでも「誰も寝てはならぬ」が歌われた。本編でパヴァロッティが歌い、さらにアンコールでは3人のテノールが順々にこの曲を歌い継ぐ趣向がとられた。
後日発売された「3大テノール」のアルバムは全世界で1000万枚を超えるセールスを記録し、「史上もっとも売れたクラシック・アルバム」としてギネスに登録されることになる。以来、3大テノールのコンサートはワールドカップ決勝戦の前の祝祭的なイベントとして開かれるようになり、2002年日韓大会まで続いた。こうして、この曲はスポーツシーンと分かちがたい名曲に定着するに至ったのである。
『3大テノール 世紀の競演』
今年、2026年はプッチーニの《トゥーランドット》初演からちょうど100年。奇遇にも節目の年がワールドカップ・イヤーに重なった。今回はカナダ、メキシコ、アメリカによる共同開催となる。
ほとんどの大会でそうなるが、われわれ日本に住む者にとってワールドカップとは時差との厳しい戦いでもある。誰も寝てはならぬ。そう自分に言い聞かせながら、また今回も早朝や深夜に眠い目をこすりながら観戦することになるだろう。
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