
チャラン・ポ・ランタン 小春——黙々とアコーディオンを弾き続け、10代で大道芸人として稼ぐ術を磨く

普段からクラシック音楽に親しんでいる人にとって、「アコーディオン」と言われれば、なんとなくビジュアルはイメージできて、サウンドもどこかで聴いたことがきっとあるはず。特集「楽器リスタート入門」にふさわしそうな楽器に思えますが、実は、近いようで遠い楽器ではないでしょうか。
YouTubeチャンネル「蛇腹談義」が人気を集め、2026年2月に出版された著書『アコーディオン弾きと小さい死神』ではアコーディオンとの半生を赤裸々に綴っている、唄とアコーディオンの姉妹ユニット「チャラン・ポ・ランタン」の小春さん。アコーディオンについて、あれやこれやとお伺いしてきました。前編では、アコーディオンという楽器に巡り合った幼少期のエピソードを語っていただきました!

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
冒頭から小春さんのアコーディオンを楽しめるチャラン・ポ・ランタンの「ムスタファ」
アコーディオンとの衝撃的な出会い
——まずは、小春さんがアコーディオンを始められたきっかけについてお聞かせいただけますか。
小春 アコーディオンに出会う前に、5歳からピアノを習っていて、コンクールに出るくらい一生懸命弾いていました。
アコーディオンに出会ったのは、7歳のときに「シルク・ドゥ・ソレイユ」のサーカスを観に行ったとき。そこで初めてアコーディオンに出会って衝撃を受けたんです。
私は、通路側の客席に座っていました。サーカスは生演奏でいろいろなミュージシャンがいますが、私の席に面した通路を上がってきたピエロが、偶然にもアコーディオン弾きだったんです。目の前までアコーディオンが来て「うわ、すごい!」と思いました。もし、その人がトランペットを演奏していたら、私は今頃トランペットをやっていたかもしれません。幼い自分の一番近くに来てくれた“アコーディオン”という楽器の記憶が強く残りました。
半年後のクリスマスに、「あの伸び縮みする楽器がほしい」とお母さんにお願いしたら、「サンタさんにお願いしたら?」と言われ、サンタさんに手紙を書きました。そしたら、本当に小ぶりな楽器が届いたんです。それは「ダイアトニック・アコーディオン」という種類で、ハーモニカのように押すときと引くときで音が変わる配列のものでした。おもちゃのようですが、練習するに足る、基本がちゃんと抑えられている楽器でした。

そのアコーディオンでいろいろな曲を弾きましたが、音域が広くないタイプだったので、翌年には「もう少し大きいものをください」とまたサンタさんにお願いし、少しずつ楽器が大きくなっていきました。サンタさんもたまったもんじゃないですよね(笑)。
独学から地元のサークルのコミュニティへ
——アコーディオンの教室・先生は、どうやって見つけたのでしょうか。
小春 最初は独学でしたが、10歳(小学4年生)で転校した先で、たまたま同じクラスにアコーディオンを習っている男の子がいたんです。
——すごい奇跡ですね。
小春 その子に「発表会があるよ」と誘われて、いきなりその発表会に自分も出て弾いたのが、人前で披露した最初の機会です。それまでは家で弾いているだけでした。
そこから、その子が通っているアコーディオン・サークルに入って習い始めました。当時は私の親世代より少し上の、おじいちゃん・おばあちゃん世代のあいだでオカリナや合唱などのサークルブームがあって、アコーディオン・サークルも全国にありました。先生もいましたが、集まっているのは中高年の方々がメインの教室でした。同級生の男の子は、おばあちゃんと一緒に習いに来ていました。
小学生の部がある全国コンクールもありましたが、参加者は5人から10人もいかない小さな世界で、今年は私が1位、来年は別の子が1位という感じでじゃんけんレベルの勝敗をしていました。でも、身近にライバルがいたのはよかったです。
夏休みにはスキー場のペンションを借りて、いろいろなアコーディオン教室に通う人たちが集まって練習する合宿がありました。大人数が集まると「左手の低音しか弾かない人」「真ん中しか弾かない人」みたいに分かれて、たとえば『アフリカン・シンフォニー』を合奏したりするのですが、アコーディオンは1台ですべて弾けちゃうので「これ1人で弾けたんじゃない?」と思いつつも、みんなで合奏するのは楽しかったです。

アコーディオンを始める人って、私の偏見もありますが、あまり群れたがらない、1人で完結したい人が多い気がします。レッスンでもみんな壁に向かって黙々と自分の曲を演奏しているんです。でも、私が通っていた教室は、おじいちゃん・おばあちゃんたちのサークル文化や歌声喫茶の名残が根強くありました。友だちがいなかった私にとって、それが唯一の人間コミュニティだったんです。このコミュニティがあったことはモチベーションになりましたし、今の仕事にも活きています。
音楽を仕事にして思うのは、やっぱり人と演奏することが上手くいかないと仕事としてやっていけないということです。ソロだとしても誰かと演奏する機会があるので、他の奏者とのコミュニケーションをそこで学べたのはよかったと思います。
──小春さんは、妹のももさんとユニット「チャラン・ポ・ランタン」を組んでいますね。一般的にアコーディオン奏者は、ソロの活動が多いのでしょうか?
小春 そうですね。おそらく、「アコーディオン一筋の人」と「“アコーディオンもやりますよ”のピアノの人」という2種類に分かれると思います。アコーディオンも持っているピアノの人はオプションで「アコーディオンをやりましょうか」というスタイルです。
黙々と練習した日々からプロ意識が芽生える!
——小春さんは、アコーディオンを始めた当初から夢中で、ひたすら練習していたのでしょうか。
小春 練習が楽しかったかと言われると、私には「やることが練習しかなかった」んです。楽しい、楽しくないということではなく、家に帰っても友だちがいないから、アコーディオンしかやることがない。
メトロノームに合わせてずっと同じ曲を何時間も弾く。小学生でおかしいですよね。そうやって黙々と練習していたらフォームが身につきました。
1人でいる時間が長いと、暇だから、これから先のことも考えちゃうんです。「このままアコーディオンだけ弾いていて、私はどうなるんだろう」と。10〜12歳くらいの頃には、「アコーディオンでお金を稼げるようにならないとまずい」と思っていました。
──早いですね!
小春 早いですよね。別にませていたわけでもなくて、ただ暇だから……。時間があると考えちゃうのです。「このまま大人になれるだろうか。性格的に、会社に入って上司や先輩にペコペコするのは無理だろうな。上下関係のない世界じゃないとやっていけないな」と。それに、「アコーディオンを弾かせてください、雇ってください」と、お店に営業しに行くのも恥ずかしくて無理だなと思ったんです。
じゃあ、「道端でアコーディオン弾いて、ものすごく上手なら誰かがお金を入れてくれるんじゃない?」と思ったんです。
──一気にそこに行き着いたんですね!
小春 アコーディオンで、道端でお金をもらおうと思ったんです。でも、「よかったらお金を入れてください」と自分からはお願いが言えないから、人をアッと言わせるぐらいの上手さじゃないとお金は入ってこない。何も言わなくても、思わず相手の財布の紐が緩むぐらいのプレイヤーにならないとと思って、10歳ぐらいのときにそこを目指して練習するようになりました。
──その後、中高生の頃はどのようにアコーディオンにふれていましたか。
小春 高校生の頃、東京都公認の「大道芸ライセンス(ヘブンアーティスト)」という存在を母が教えてくれました。といっても、私もあまのじゃくだからか思春期だったからか「知らん」みたいな感じだったので、私のパソコンのブックマークに勝手に入れておいてくれたんです。
──お母さん、ナイスアシストですね。
小春 大道芸ライセンスを取得すると、簡単に言えば警察に捕まらずに投げ銭をもらえる。17歳で、道端で演奏するようになりました。学校に通いつつ、授業がないときには上野公園で演奏するという生活をしていました。
そうするうちに「生活できるくらいまで稼がないと」という感覚になります。いろいろ考えて、年齢を売ったほうがいいのでは? と思いついて、「18歳です。パリに行きたいです」みたいな看板を置いて演奏したこともありました。おばあさんが「私もその昔パリに行ったわ……」と言ってお金を入れてくれたり、シャンソンとかロシアの歌を演奏すると「あら、懐かしい」とか言いながら投げ銭してくださったこともありました。「飛行機代にもならないけど頑張ってね」と声をかけてくださり、「ありがとうございます」と言いながら、そのお金でお菓子を買いました。すいません(笑)。
──喋りたくなくて始めたのに……投げ銭を増やすためのMC戦略だったわけですね。
小春 でも、そういった人たち、ちょっとしか聴かずに行ってしまうんですね。そこで、その人たちが帰ろうとしたときに、「あっ! これは、皆さんがご存じのアコーディオンとちょっと違うタイプのボタンアコーディオンなんですけど」など「興味をもつようなMCをしなくては」いけないということに、あるとき気づきました。
──口下手で、なるべく人と喋りたくない人生だったのに。
小春 そうなんです。曲と曲のあいだで「じゃあ、次はこんな曲を弾いてみましょう」みたいな感じで話すと、足が止まる。MCのために気づいたことをメモに残していくようになりました。そこから、喋るようになっていきます。
──これは、小春さんの「喋るようになるまでの歴史」でもあるわけですね。できるだけ人と関わりたくなくて、アコーディオン弾きで生計を立てようと思っていたのに、結局、そのために喋れるようになったと。
小春 ただ演奏だけをしていたら、私は今こんなふうに喋っていないです。

──アコーディオンが小春さんを変えてくれたんですね。
小春 本当に。さらには、どんな服でもいいやと思ってたのに、「どうやら派手な服のほうが人が集まる。じゃあ、派手な服を着るか」という感じになりました。だいぶ目立つ格好をしていますけど、最初は足を止めてもらうための手段でもあったんです。
──小春さんは、根っからのアーティスト気質で、ご自身の世界観を最初から持っていらっしゃるという印象をもっていたのですが、実は、まず自分の演奏を聴いてもらう、足を止めてもらうための試行錯誤があったのは驚きでした。
ポッドキャストの視聴はこちら
後編もお楽しみに!
小春さんが自身の人生を綴る初エッセイ!
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