インタビュー
2022.01.27
ドロール・ザハヴィ監督インタビュー

イスラエルとパレスチナの若者によるオーケストラで希望を描く!映画『クレッシェンド』

中東和平問題を抱えるイスラエルとパレスチナの若者たちがオーケストラを結成し、コンサートを目標に活動する模様を描いた映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』が、1月28日(金)に全国公開されます。
ピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイムの活動を彷彿とさせる題材に、“音楽の力”の文字が思い浮かぶ人も多いかもしれません。果たして相手への理解や平和への希望にどうつなげられるのでしょうか——映画制作のプロセスやその思いを、ドロール・ザハヴィ監督にインタビュー。

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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両者の視点をバランスをとって描きたい

——これまでにもイスラエルとパレスチナの問題を扱った映画を制作していらっしゃいますが、今回、オーケストラという題材に関心をもったのは、どのようなきっかけからですか?

ドロール・ザハヴィ監督(以下、ザハヴィ) イスラエルで育った私の人生において、イスラエルとパレスチナの紛争はとても大きな意味を持っています。私は常に、そんな紛争の解決に少しでもつながるような作品、芸術を世に送り出したいと考えてきました。私は政治家ではありませんし、映画を撮ることしかできませんから、これが私にできる唯一のことなのです。そんな想いが源となり、こうした問題を扱ってきました。

イスラエルとパレスチナの若者によるオーケストラという題材を映画にすることは、実はもとは私のアイデアではありません。2013年、当時95歳のあるプロデューサーの男性が私に一つの台本を見せ、映画を撮ってほしいと言ってきました。しかし私はその台本の内容が好きになれなかった。物語をリライトして良いのならば撮りましょうと提案しましたが、そのときは話がまとまりませんでした。

すると5年後、今度は彼の娘がやってきて、やはり映画を撮ってほしい、台本はリライトしてもかまわないというのです。そこで私は引き受け、この民族の壁を越えたオーケストラの活動というアイデアをベースに、友人と新しい台本を書き、映画を完成させるに至りました。

ドロール・ザハヴィ(映画監督)
1959年2月6日、イスラエル・テルアビブ生まれ。テルアビブ南部の貧しい地域で育つ。1982年、奨学金を受け、旧東ドイツのコンラート・ヴォルフ映画テレビ大学で演出を学ぶ。卒業後はイスラエルで映画評論家として活動。ベルリンの壁崩壊直前の1989年の秋にベルリンに渡り、1991年から永住。テレビ番組の製作に勤しむ傍ら、イスラエルとパレスチナの政治的対立をテーマとして扱った長編映画“For My Father”(08・英題)を監督し、モスクワ国際映画祭の観客賞、ブルガリアのソフィア国際映画祭のグランプリをはじめ、多くの賞に輝いた。その他の作品に、『ブラック・セプテンバー ~ミュンヘンオリンピック事件の真実~』(12)などがある。

——ちなみに、もとの台本のどのようなところが受け入れがたく、変えたかったのでしょうか。

ザハヴィ 視点のバランスです。元のストーリーでは、このオーケストラがパレスチナ人のテロにあい、多くの人が死傷するというくだりがありました。しかし、これでは一方的な見方による物語になってしまうと感じたのです。

私はいつも両方のサイドからの視点を理解しようと努めています。作品の中でも、バランスをとって両者の視点を描きたい。リライトしながら、その部分を変えていきました。

——ということは、もとの台本を書いたそのプロデューサーの方は、イスラエル人だったのですね。

ザハヴィ そうそう、そういうことです。

——平等な視点を持つため、いろいろ意識されているとは思いますが、それでも難しいと感じることはありませんか?

ザハヴィ とても難しいですね。イスラエルとパレスチナの間には、たくさんの血が流され、憎しみが生まれています。

イスラエル人ならばテロによる攻撃で、パレスチナ人ならば軍の攻撃で、身近な人を亡くすという苦しみを経験した人がたくさんいます。そんな心の底の感情を切り離し、すべての人を同じ人間として見て考えを理解することは、難しい。それは映画監督やアーティストでも同じことです。

だからこそ、多くの作品がプロパガンダ的になってしまうのです。でも、私はそういう映画は撮りたくありませんでした。

映画のシチュエーションに重なる撮影現場

——実際に両民族の若者たちと撮影を進めるなかで、大変なことはありましたか?

ザハヴィ まずはメンバーを集めるのが大変でしたね(笑)。これは私にとって最初の一つの大きな決断だったのですが、今回は、“楽器が演奏できる俳優”ではなく、“演じることができる演奏家”を集めて撮影をすることにしました。

演奏できるメンバーを集めたオーケストラ。

ザハヴィ オーディションには400名ほどの演奏家の応募がありましたが、そのうちの385名はイスラエル人で、パレスチナ人は15人だけ。その15人も、ちゃんとした楽器を持っていないような状態です。映画のストーリーとそっくりですけれどね。

ただ、オーディション中に作品についてしっかり説明していたので、多くの若者がメッセージに共感してくれていて、いわゆる右翼的なナショナリストはいませんでしたから、幸い、映画で起きるような民族的な対立はありませんでした。言語の壁があるので、はじめは同じ民族のグループで集まりがちでしたが、6、7週間にわたって撮影を続けるうち、お互いのことを学びあい、距離が縮まったと思います。

ちなみにメンバーには、ダニエル・バレンボイム氏(イスラエル国籍のユダヤ人指揮者)とエドワード・サイード氏(エルサレム生まれ、カイロ育ち、ニューヨークに暮らしたパレスチナ人の文化研究者)が創設したウエスト・イースト・ディヴァイン・オーケストラで活動していた演奏家もいますが、意図的にそこから人を呼んだわけではありません。彼らの活動は広く知られていますが、この映画はあのオーケストラをモデルにしたものではないのです。

私はバレンボイム氏に5年ほど前にお会いしたことがありますが、この映画については一切相談しませんでした。あまり強く結びつけすぎずに観ていただけたらと思います。

お互いの事実を知ることが理解を深め、憎しみを減らすことができる

——映画の中で演奏される楽曲は、どのように選んでいかれたのでしょうか? このシーンでは絶対にこの曲などというアイデアはありましたか?

ザハヴィ ラヴェルの《ボレロ》は、映画のタイトル『クレッシェンド』といえば思い浮かぶ代表的な作品ですし、ストーリーを象徴する音楽ですから、必ず入れたいと思いました。

ラヴェル《ボレロ》

ザハヴィ そのほかも、楽曲はできるだけ多くの方が親しんでいる有名なものを選ぶようにしました。知っている曲を聴くと、感情が動き、ストーリーが人の心に直接届くと思うからです。逆に、現代的だったり実験的だったりする音楽を選ぶと、映画も実験的な印象を与えてしまいますが、そういう方向にはもっていきたくありませんでした。

音楽の力を借りて、観る人をとにかく物語の世界に引き込んでいきたいと思いました。

——音楽の力について、どのようにお考えですか?

ザハヴィ 私は芸術の力をとても信じています。特に音楽は、通訳もなしに誰もが理解することのできる言語であり、直接的に人と人をつなぎます。だからこそ、音楽は優れた芸術なのです。

芸術を通じて、人は人に影響を与え、新しい視野や生き方のアイデアをもたらします。もちろん、芸術で世界を変えることができると思うほどナイーヴではありませんけれどね。それでも、人に考えるきっかけを与え、何かの結論に導く可能性はある。

たとえば、この『クレッシェンド』を観ることで、自分と別の立場にいる人が何を考え、どんな問題を抱えているのかを知ることにつながる。そうして理解を深め、憎しみを減らすことができるのではないかと思っています。

ストーリーの鍵ともなるふたり。

——もし音楽で人がつながり、永遠に信じ合うことができるようになるなら夢のようですが、実際はそう簡単な話でもありませんよね。実は作品の衝撃的な終盤の展開から、最後のコンサートがどうなるか……という結末の描かれ方に、もしかすると、音楽の力に過剰に希望を抱きすぎるな、というメッセージも隠されているのではないかなどとも思ったのですが。

ザハヴィ コンサートは結局どうなったのか。

彼らは自分で立ち上がりました。コンサートは立派に行なわれたといっていいのではありませんか? たとえ、彼らの間にガラスの壁があり、聴衆は少なかったとしても。

私はいつも、作品を通じて何か希望を与えることを大切にしています。若者たちは視線をかわし、お互いを聴き合いながら、一緒に音楽を作った。決して、血を流す戦いに戻っていくことはありませんでした。そういう希望が描きたかったのです。“ほんのわずかな希望”なのかもしれませんが。

——多くの日本人にとっては、ユダヤ人の迫害の問題も、イスラエル・パレスチナの歴史も、あまり身近なものでないように思います。どんな気持ちでこの映画を観れば、それが同じ地球で起きている自分たち人間の問題だと感じられるようになるでしょうか。

ザハヴィ それはとても大きな問題で、このひとつのインタビュー記事でできることは限られていると思いますが……。日本に限らず多くの人にとって、たとえば戦争にまつわる悲劇も、自分の民族以外のものは知らないことが多いかもしれません。

第二次世界大戦中、日本では広島と長崎に原爆が投下されるという悲劇が起きました。ユダヤ人は600万人殺害されました。一方で、この映画に登場する世界的指揮者のスポルクは、両親がナチスに加担したことから“ナチスの息子”と呼ばれる苦悩と戦いながら生きています。その事実は、新しい視点をもたらしてくれるでしょう。

お互いの物語を聞くことで何かを学び、そしてトラウマを重ね合わせることで、理解を深めることができるのではないかと思います。

世界的指揮者のスポルクが、音楽の指導だけでなく、若者たちの精神的支柱にもなっていく。
映画情報
映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』

世界的に有名な指揮者のエドゥアルト・スポルクは、紛争中のパレスチナとイスラエルから若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈ってコンサートを開くというプロジェクトを引き受ける。オーディションを勝ち抜き、家族の反対や軍の検問を乗り越え、音楽家になるチャンスを掴んだ20余人の若者たち。しかし、戦車やテロの攻撃に晒され憎み合う両陣営は激しくぶつかり合ってしまう。そこでスポルクは彼らを南チロルでの21日間の合宿に連れ出す。寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合い…少しずつ心の壁を溶かしていく若者たち。だがコンサートの前日、ようやく心を一つにした彼らに、想像もしなかった事件が起きる──。

 

監督:ドロール・ザハヴィ 主演:ペーター・シモニシェック 2019年/ドイツ/英語・ドイツ語・ヘブライ語・アラビア語/112分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:CRESCENDO

#makemusicnotwar/日本語字幕:牧野琴子/字幕監修:細田和江

配給:松竹 宣伝:ロングライド ©CCC Filmkunst GmbH

 

1月28日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、 シネ・リーブル池袋ほか全国公開!

公式サイト:movies.shochiku.co.jp/crescendo/

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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