インタビュー
2026.07.27
オーケストラは、何を守ろうとするために経営に踏み込むのか

音楽活動は何を大事にすべきか――経営学者・宇田川元一さんに聞く〈後編〉

音楽活動を社会の中でより強固にし、長く継続していくために、改めて注目されている「経営」という視点。経営戦略論・組織論の第一人者である経営学者の宇田川元一さんのインタビューの後編では、オーケストラから外食チェーンやジャパネットまでの事例を紹介。クラシック音楽の熱心な聴き手でもある宇田川先生が、「本当に守りたいもののために変化していく――それこそが本来の経営である」と説いていきます。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

経営学者の宇田川元一さん

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音楽活動をより力強く継続性のあるものにするために、クラシック音楽にも造詣の深い経営学者・宇田川元一さんに、経営学の視点からのヒントをうかがう企画。前編では、音楽活動になぜ経営が必要なのかを、サッカークラブとの比較や「経営のA面・B面」という視点から話をうかがった。後編では「何を大事にすべきか」という核心に迫る。

最初に買ったCDはブーレーズ指揮のマーラー6番

——宇田川さんご自身は、どういうきっかけでクラシック音楽を聴くようになったんですか。

宇田川 私は、楽器は何も演奏できないんです。でも、コンサートが好きでよく行くんですよね。きっかけは非常にくだらない理由で。もともとロックが好きで、だんだんプログレッシブ・ロックが好きになって、録音に凝ってるジャンルなのでオーディオが好きになった。それで専門誌の録音評を頼りに最初に買ったのが、ピエール・ブーレーズ指揮のマーラー《交響曲第6番》でした。

ピエール・ブーレーズ指揮 マーラー:交響曲第6番

宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者。埼玉大学 経済経営系大学院 教授。
1977年東京生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授、2016年埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授を経て、2025年より同 教授。コレスポンデンス主宰。
対話を基盤とした企業変革について研究を行うほか、大手企業やスタートアップ企業における企業変革やイノベーションの推進に関するアドバイザーとして、その変革を支援している。
2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)、日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)、2024年下半期TOPPOINT大賞・HRアワード2025書籍部門優秀賞(『企業変革のジレンマ-「構造的無能化」はなぜ起きるのか』)

宇田川 聴き進めると、指揮者によって全然違う演奏だと気づいて、違いを楽しむのがクラシックらしいとわかってきた頃、ナクソスの「アメリカン・クラシック・シリーズ」にのめり込んだんです。ヴァレーズやアイヴズの音楽って、普通の定期演奏会には絶対乗らないんだけど、録音されているから私はその音楽に出会えた。

どういうオーディエンスに何を届けたいか、というのが大事な気がするんです。

楽団から「演奏」を引いたら、そこに残るのは何か

——ヨーロッパのオーケストラは今すごく多国籍化していますね。たとえば以前バルセロナ交響楽団の来日公演のパーティに出席したときに、たまたま話しかけた楽団員はドイツ人でした。でも彼らはバルセロナの音を持ち続けている。土地に根を下ろすということは、その土地の物語を生きるということなのでしょうか。

宇田川 まさにそうだと思います。他のオーケストラより演奏水準が高い、ということってほとんど意味がない戦いのような気がしていて。

私は東京交響楽団によく行くんですけど、正直、世界を見渡せば他にもすごいオーケストラはありますよね。でも、ジョナサン・ノット(前音楽監督)が必死に表現しようとしているものにみんなが一生懸命ついていこうとしている、そういう中で感じるものを得たいときは東響に行く。どういうものを届けようとしているのかがはっきりある、ということなんじゃないですかね。

——私は阪神タイガースの大ファンで、暗黒時代からもう50年以上応援しています。いまでこそ強くなりましたが、ひどい試合を続けているのに、それでもファンをやめられなかったのは「阪神という物語」への愛着なんだと思うんです。そこに自分の人生を重ね合わせている。オーケストラも同じことですよね。

宇田川 何を見ているのか、ということですよね。FC東京を好きな人って、同じ味の素スタジアムに移ってきた東京ヴェルディをライバル視しているんです。既存の権威と違うところで頑張る、というのが最初にコミットしたところだったのかもしれない。応援するものを通じてその物語に参加する、ということだと思います。

マイクロソフトのサティア・ナデラ(インド出身のアメリカの経営者。マイクロソフトCEO兼会長)は著書『Hit Refresh』で、業績不振の時期に社員へ、「Appleはクリエイティブな人のためのツールを提供する会社だが、我が社の魂は違う、と伝えた」と書いています。障がいを持って生まれた自分の息子が生命維持装置で生きているのを見たとき、そのOSがマイクロソフト製だったと。自分たちは何をしている会社なのか、ということですよね。

私は外食チェーン巡りが趣味で、大好きなのがサイゼリヤなんです。週1で行くくらい好きな理由は、数字扱いされていない感じがするから。配膳ロボットを使っていても、必ず店員さんが迎えて席まで案内してくれる。

でも別のチェーンだと、受付機で番号を渡され、番号で呼ばれるだけ。俺は餌食ったな、数字になっただけなんだな、と感じるんですよ。サイゼリヤの創業者の本には仕事は人のためにするものだと書いてある。別のチェーンには利益率の話しか書いていない。

会社が提供している価値の全体から製品とサービスを引いたら、本当にやっていることがわかる。オーケストラなら、演奏を引いたら何が残るか、ということだと思うんです。

——日本フィルは、演奏後、コンサートマスターだけでなく全員が頭を下げるんですよ。どんなマナーが優れているかという問題ではなくて、そういう固有の文化なんですよね。草の根活動で生き延びてきた彼らが、聴き手一人ひとりに音楽を届けようという意識の強い表れが端的に表現されている。

宇田川 そこがしっかりしていたら、そんなに慌てなくて大丈夫なんじゃないかと思います。あとは、そこに参加を求めているけれどもまだ参加していない人がどんな人たちなのか、どんな形で届けられるかを考えていくことが大切かなと思います。

私が恐れるのは、世間一般のやり方を自分たちの活動に当てはめようとすること

——音楽業界って、ずっと音楽が好きという人たちで作られてきたので、経営のセンスがそもそも欠けているんじゃないか、という意識をみんな抱えている気がするんですが。

宇田川 別なものにならなくていい、ということだと思うんですよね。アンサンブルをするとき、考えが合わない人たちと一緒に演奏することも多いと思うんです。対話的な思考を働かせながらなんとか作っていく、それでいい音楽ができるという経験は、音楽が好きな人なら少なからずしていると思う。

それって経営の原形のような気がしていて。考えが違う人とすり合うところを見つけて一緒に作っていく、それをお客さんや支援企業に対しても同じようにやってみたらどうか、ということだと思うんです。

ただ、私が恐れるのは、世間一般のマーケティングや経営のやり方を自分たちの活動にそのまま当てはめようとすることです。それをすると、自分たちがやってきたことを否定することになってしまう。

拙著『企業変革のジレンマ』の英題を「Transformation」にしたことを今でも悔いていて。本当はAdaptationなんです。自分たちが持っているものを守るために、変えるべきものを変えるという考え方。

ハーバード・ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツがこの言葉を作ったんですけど、守るべきものを守るために変えるものを変えるというのが本来の変革なんですよね。オーケストラが経営に踏み込むとき、何を守りたくて経営するんですか、ということだと思うんです。成果や数字を出すために経営するなら、ベルリン・フィルを聴いたほうがいい。そうじゃなくて、自分たちがやってきたことの中に守るべきものがあるから、今の時代に適応していく。

企業経営でも同じ問題があって、たとえば、最近ではアクティビストからの株主提案がきっかけで、美術館が閉館されることになった大手企業もありました。企業活動の目的をROE(Return On Equityの略。企業が株主から集めた資金をどれだけ効率的に活用し、利益を生み出しているかを示す財務指標)を上げることに純化させるなら、ものづくりなんてやめて投資に回したほうが儲かる、という話になってしまう。

それでもやるのなら、何を守りたいのか。芸術は一番弱い世界だからこそ、その順番を気をつけるべきだと思います。

——先ほど東響の話が出ましたが、ジョナサン・ノットが指揮したブルックナーの「交響曲第8番」の演奏会が印象に残っているそうですね。

宇田川 去年、1887年版の演奏を聴きに行ったんですけど、今まで聴いたなかで一番感動したんです。それが何だったのかは今もわからないんですけど、あの瞬間は何にも代えがたいもので、それを守っていってほしいですよね。数字に置き換えられない価値があるから、数字というものが生じるんだと思うんです。

私は、ジャパネットという会社が好きで。彼らはサッカークラブ「V・ファーレン長崎」のオーナーでもあって、もともと三菱重工の兵器も作っていた工場だった長崎の跡地に、自分たちのお金で大きなスタジアムを作ったんです。名前が「ピーススタジアム」。ホームとアウェーでロッカールームの設備に差をつけない、それが彼らの考える平和なんですよね。

高田明さん(ジャパネットたかた創業者、2017年4月25日から2020年1月1日まではV・ファーレン長崎代表取締役社長を務めた)がインタビュー(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2025年12月号)で、お客さんに商品を勧めるとき、商品をモノとして見ないことです、とおっしゃっていました。カメラの画素数やズームの話をしても買ってもらえない、お子さんを撮るときはお父さんお母さんも一緒に写ってください、大きくなったとき若い頃の両親の姿を見てどんなに感動するか、それを考えるからだと。

お客さんが生きている世界に分け入っていく、それがジャパネットをジャパネットたらしめているものだと思うんです。

——そこにはケアという視点もありそうですね。

宇田川 そう思います。ちょうど先週、私は札幌で精神障害ケアのフィールドワークをしていたんですけど、文化芸術活動って、人のどんな痛みや苦悩をケアしていくものなのか、という視点で見ると、それでないとできないことがあると思うんですよ。

もともと、昔の作曲家たちも、貴族の贅沢品だった音楽を人々にどう分かち合っていくか、人々の苦悩に応えるものとして音楽を作ってきたわけですから。

資生堂の経営者であり、『文化資本の経営』の著者でもあった福原義春さんは「場所の意思」ということをおっしゃっています。その土地には意思がある、それを広めていくのが文化資本の経営だと。バルセロナの話も、まさに場所の意思ですよね。

日本各地のオーケストラも、震災のときは山形交響楽団や仙台フィルがすごく頑張っていました。A面的な経営ではなく、ちゃんとB面を育んでA面で勝つ。順番を間違えないでほしいなと思いますね。

取材を終えて

音楽のみならず芸術活動全般において、もっとも大切なことの一つが「継続」だろう。そのための手段として「経営」がある。だが経営学者の宇田川さんにお話をうかがうと、サッカーや外食産業のことなど、わかりやすい例え話から伝わってくるのは、「経営」とは単に利益を上げるための技術というよりも、想像以上に人間学であり哲学なのだと、改めて教えられた。

実は宇田川さんは、私が長年プレゼンターを務めているクラシック音楽専門インターネットラジオOTTAVAのリスナーでもあり、最初からとても親近感をもってお話しすることができた。

今後も宇田川さんには、経営学のスペシャリストとして、クラシック音楽業界全体のよき相談者になっていただければと願っている。

宇田川元一さんの著書

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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