親子の愛を描いた社会派ドキュメンタリー『いろとりどりの親子』の優しい音楽
ありのままを受け入れ、愛する、親子が語る真実のストーリー。世界24カ国で翻訳された大ベストセラーノンフィクションを映画化した《いろとりどりの親子》の魅力。その音楽や原作から、作品を紐解いていきます!
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
耳に残るヨ・ラ・テンゴとニコ・ミューリーの音楽
日本語でも「蛙の子は蛙」や「瓜の蔓に茄子はならぬ」と言うように、良くも悪くも「子どもは親に似るもの」という考え方は世界共通。英語のイディオムでは“The apple doesn’t fall far from the tree.(リンゴは木からそう遠くには落ちない)”という言い方をするようだが、子を授かった親たちはややもすると、生まれてくる子どもを自分の分身のように想定してしまう。
けれど、もし、その子が期待していたのと違っていたらどうする? 親の考える「普通」とは違う子どもだったら?
現在公開中(※全国順次)の映画『いろとりどりの親子』は、自閉症やダウン症、低身長症など、自分とは異なる個性をもった子どもを育てる親と、「違い」をもつ当の子どもが直面する困難や、その経験から得られる喜びについてのプロセスを描いた社会派のドキュメンタリーだ。
まず最初に紹介したいのは、本作の魅力のひとつが、登場する6人の家族にやさしく寄り添うような音楽にあるってこと。
その楽曲を提供しているのは、アイラ・カプラン、ジョージア・ハブレイ、ジェイムズ・マクニューの3人からなる米国のオルタナティヴ系バンド、ヨ・ラ・テンゴ。音楽的に豊潤な要素を含んだ彼らは映画との関わりも深く、『アンディ・ウォーホルを撃った女』(1996年)で伝説のロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを演じたり、コンポーザーとしても数多の作品を手掛けている。最近では『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年)で使用された〈I’ll be around〉なども記憶に新しい。
本作にもオープニング曲として、アルバム『I am not afraid of you and I will beat your ass』(2006年)収録の〈Black flowers〉が、終盤のクライマックスで、アルバム『Popular Songs』(2009年)収録の〈More stars than there are in heaven〉が効果的に使用されているのが耳に残る。
また、ポストクラシカルの現代音楽家として活躍する作曲家・ニコ・ミューリーとともにヨ・ラ・テンゴが手掛けた劇中のサントラも素敵。
「監督は映画のストーリーに自信を持っているように思えたので、音楽を使ってことさら観客を泣かせたり、観客の感情を引き出す必要などはなかった。だから僕らは、シーンに微妙なニュアンスを与える音楽を作ることで、この作品に貢献することができたと思う。サントラ制作ではとても楽しく、クリエイティヴな時間を過ごすことができた」とコメントを寄せている。
キャスティングに1年かけた丁寧なドキュメント
では先ず、原作本について紹介しよう。原作者のアンドリュー・ソロモンは、両親に自分がゲイであることを打ち明け、拒否されたことで何年もうつ病に苦しんだ経験をもつノンフィクション作家。特に息子が「普通の家庭をもつことがいちばんの幸せ」と信じていた母親の態度は頑なで、最後までアンドリューを受け入れることなく病気でこの世を去ってしまったとか。
その後、彼は、雑誌の取材で耳の聞こえない人たちと接するうちに、自分も今まで“ろう”を普通ではない気の毒な疾患と思って、そういう人は不幸だと決めつけていたことに気が付く(かつて多くの人々が、同性愛を病気とみなし、治療が必要だと考えていたように!)。
そこでアンドリューは、自分とは違う“個性”をもった子どもに、親がどう向き合っているかを検証するべく、問題を抱えた様々な親子300組にインタビューを敢行。その調査結果をもとに900ページにもわたる『FAR FROM THE TREE』(※先述のイディオムを逆説的に使ったタイトル)を書き上げたのだった。
同書は全米批評家協会賞など世界中で50以上の賞を受賞するベストセラーに。そしてドキュメンタリー手法に定評があり、エミー賞の受賞経験もある女性監督のレイチェル・ドレッツィンもこれを貪るように読んだひとり。深い感銘を受けた彼女は映画化を決意し、複数の競合オファーからその権利を勝ち取った。映画に登場するのは語り手も務めるアンドリュー本人とその父親ハワード・ソロモンを筆頭に、合計6組の親子。
「キャスティングに約1年をかけ、そこから撮影に約2年。過ごした時間は家族によって異なりますが、訪問したときにはキッチンでも寝室でもずっとカメラを回して、犬の散歩にも同行。何かが起きた瞬間にそれを逃さずに捕らえたいと思ってこちらも必死でした。でも最終的にはカメラがあることを意識されなくなって、とても自然なショットが撮れたと思います」とドレッツィン監督。
6組の置かれた状況はまさに“いろとりどり”。かつてダウン症の人々の可能性を世に示す代弁者として人気を博し、テレビ番組《セサミストリート》にもレギュラー出演していたジェイソンとその母親で脚本家のエミリーもいれば、タイピングを覚えるまで言葉を発することがなかった自閉症のジャックと、当初は息子にあらゆる治療法を試しては絶望していたエイミー&ボブ・オルナット夫妻のようなケースもある。
衝撃的だったのは16歳の長男が重罪を犯して終身刑となったリース家の人々、そして「自分たちに治療すべきところなんて何もない」と子どもの出産を楽しみにしている低身長症のリア&ジョセフ夫婦の姿だ。彼らの抱える問題は時に深刻だが、最終的には決して悲惨な物語にはならず、それぞれが「違い」に絶望するのではなく希望の光として祝福する方法を見出していく過程は圧巻だ。
「誰しも生まれた子ども前にすると、こういう子になるだろうとか、こういう親子関係になるだろうって勝手に想像してしまう。私にも3人の子どもがいるのですが、子育てを始めてから、自分も親としてかなり変化を経て、やっと今では子どもたちがそれぞれの道をいくのを一歩下がって見守り、あるがままの姿を応援してあげられるようになりました。たとえ自分の思い通りにならなくても、子どもは別の人格をもったひとりの人間なのです。それに対して、親は自分の気持ちを調整していかなければなりませんね」と監督。
公開に先立って開催された特別試写会では監督を交えたトークイベントも実施(※本文の監督コメントはこのときのもの)。
当日は本作の応援団長を自認するミュージシャンの坂本美雨もゲストとして登壇。「私も現在、3歳の娘の子育てに奮闘中ですが、子どもを育てるということは自分を見直す機会でもあると思います。自分の弱い部分や、知らず知らずのうちに傷付いていたこととか、さまざまなことに気づかされる瞬間がありますね。この映画を観て私が思ったのは、タイトルにもあるように“リンゴが遠くに落ちる場合もある”ってこと。そして、遠くに落ちた理由や責任がすべて親にあるわけじゃないというのも、この作品の大きなメッセージのひとつではないでしょうか。特に日本では子どもが何か問題を起こすと、親の顔が見てみたいとかって責めるような風潮がありますが、親と子どもは違う人間ってことも忘れてはいけないと思うのです」と語ったのが印象的だった。
映画のラストでは、大きな変化が訪れた原作者アンドリューの現在の姿も描かれるのでお楽しみに! 彼は語る「どんな問題があっても、我が子をよその子と交換したいと願う親はいない」と。結局は愛情をもって困難を乗り越えていくことが“違い”を受け入れることに繋がっていくのだという、美しい真実。
月並みだけど、最後にこの言葉を叫ばずにはいられない、幸せの形はひとつじゃない、無限にあるのだ! と。
監督:レイチェル・ドレッツィン
原作:アンドリュー・ソロモン「FAR FROM THE TREE Parents, Children and the Search for Identity」
音楽:ヨ・ラ・テンゴ、ニコ・ミューリー
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