読みもの
2022.07.05
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第106話

リスクなしに得られるものはない―ピアニスト三浦謙司が語るボクシングの純粋性

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

©Mascha Mosconi

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護身術は大事

かつて私はこの連載でも、唐突に『あしたのジョー』や三島由紀夫とボクシングの話をとりあげたことがあります。

ピアノ・ファン、とくに多くの女性からはドン引きされているんだろうなと思いつつ、SNSでも格闘技の話題をツイートしたりしておりますが、これは単に格闘技観戦にどハマりしているから、みたいなことではありません。

実はわたくし、海外出張が多く、とくにインドのような女性の身に危険がつきまとう国に行くこともあるため、数年前からクラヴマガという護身術を習っています(根本的に向いていないので全然強くならない&やればやるほど、いざという時に使うことなんてできないだろうと実感するのですが)。

そんな中、最初はプロの格闘家であるジムの先生方の試合を見始め、だんだんと、自分がスパーリングをする時の勉強にもなるなという目線で見るようになってきた、という……。

もちろん人が殴られたり蹴られたり締められたりするところを見るのは怖いですし、血が出ようものなら薄目になるヤワな観戦者ではありますが、肉体を鍛え上げ、全方面に神経をはりめぐらせて闘うということ、集中力が必要で一瞬でも気を抜いたら文字通り命取りになる競技に、理解を超えたものは感じつつ、関心を寄せているというのが実情であります。

加えて、物騒なことも多い世の中、身を守るためのトレーニングにみんなにも関心を持ってほしいなという気持ちで、格闘技関連情報を拡散している次第です。

頭を使うボクシングはチェスの試合のよう

©Jeremy Knowles

そのようなわけで、以前からボクシング好きを公言しているピアニストの三浦謙司さんとは、いつか格闘技のお話をしてみたいと思っていたところ、先日、彩の国さいたま芸術劇場「ピアノ・エトワール・シリーズ」のインタビューのラスト数分で、ついにそれが実現しました。

三浦さんは、神戸生まれのドバイ育ち。中学生で単身ロンドンに留学し、その後ベルリン芸術大学に入ってすぐの19歳の頃、一度ピアノから完全に離れていろいろな仕事……工場の作業員や引っ越し屋、警備員、パチンコ屋などを経験したという特殊な経歴の持ち主です。

そこからいかにして再びピアノに戻ったか、さらにはそういう生き方の中で悟ったことについては記事をご覧いただくとして、このとき大学を辞める決断をした理由について、こうおっしゃっていました。

「休学にしておけばいいじゃないかと、大学を辞めることに周囲からは大反対されました。でも、少しだけドアを開けておいて可能性を残すということはしたくなかった。リスクは高かったと思いますが、それがすごく良かったと今は思いますね」

そのお話が出て、以前三浦さんが、ボクシングが好きなのは、「戦っているとき、リスクなしに得られるものはないところ」だとおっしゃっていたこととつながりました。そこでその話を振ると……。

「そうなんです! 人間は欲しいものがいっぱいあって、理想的にはこれもあれも得たいという考えがあるけれど、それを得るためには相応のリスクをとらないといけないという覚悟があんまりないんですよね。

でもボクシングは、殴ったら殴られるかもしれない。その覚悟をもって戦わないといけない。そこが純粋で好きなんです。

そもそもボクシングなどの格闘技って、野蛮なものみたいに言われることがありますけれど、実際にはものすごく頭を使いますよね。3分のラウンドの中でも、打ち合ってはリセットする、その何秒かのやりとりがずっとつながっていく。こう動かしたら相手はこう動く、だから次はこう動く。チェスの試合のようです。

僕自身、体を動かすことが好きだというのはありますけれど、ボクシングをしていると、自分の頭の中がきれいになる感じもするのです」

念願の、ボクシングについての熱い語り!

生き残るには頭脳も身体能力も大切

ちなみに私がクラヴマガを習っているというと、三浦さんもレッスンを受けたことがあるということで、「女性はとくに習うといいと思う」とのこと。

「海外で育って、やっぱり日本ほど平和ではないから、これまで本当に危ない場面がたくさんありました。いつ何があるかわからない。そういうとき、どうしよう!とパニックになる1秒、一瞬の躊躇で生きるか死ぬかが変わりますから。特に今は家族を絶対に守らなくてはという気持ちも強いから、トレーニングは続けていますし、グローブなしでも戦えるように頭を使っています」

実際、例えば怖い人にからまれたとき、「話せばわかる! 手を出すなんて愚かなことだ! ちょっとまって……」と言っている間に、ボコンと一発もらって気を失ってしまえば終わりですからね。生き残るには頭脳も大切だけれど、身体能力も大切。両方あれば一番いい。

と、完全に格闘技の話だけを紹介してしまいましたが、三浦さんの日本ツアーがちょうど始まるところです。バッハを中心に、ワーグナーやストラヴィンスキーをサンドしたおもしろいプログラム。ユニークなピアニストだけに、音楽もユニークでとっても大きい。ぜひお近くのホールで!

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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