
田代万里生×千住明対談【後編】オペラとミュージカル、それぞれの現状や変化と今後の展望を語り合う

ミュージカル作品を中心に、多彩な活動を続ける田代万里生さんが、愛するクラシック音楽を語る「万里生クラシック」。今回は、田代さんたっての希望で作曲家の千住明さんとの対談をお届けします。
東京藝術大学作曲科在学中から、ポップスからテレビや映画の音楽など幅広いジャンルで活躍してきた千住さん。同じように藝大で学びミュージカルの世界に羽ばたいた田代さんにとっては「先達」といえます。後編は、日本におけるオペラとミュージカルの現状から、アジアのミュージカル事情まで、お話は幅広いテーマに広がっていきます。
ミュージカルとオペラ、日本での現状とは
田代 千住さんにぜひ伺いたかったのが、日本におけるオペラとミュージカルの状況についてなんです。オペラはモーツァルトやヴェルディ、プッチーニなど、いわゆるスタンダードな人気演目が8割方を占めていて、演劇やミュージカルに比べると新作の上演は多くなく、また、初演されても再演がなかなか難しかったり。
オペラは有名作品だと数100年という大きな意味でのロングランがある一方、ミュージカルは古典といわれる作品だって初演からまだまだ100年も経っていない。たとえば『ウエストサイド・ストーリー』の世界初演は今から69年前、『オペラ座の怪人』は40年前、『レ・ミゼラブル』は41年前。それぞれ僕が生まれたあとに発表された作品です。
そして、アンドリュー・ロイド=ウェバーさんやアラン・メンケンさん、シルヴェルター・リーヴァイさんやフランク・ワイルドホーンさんといったミュージカルの巨匠作曲家たちがご存命で現役で、未だに新作をどんどん発表され、日本での初日舞台に駆けつけたりもします。さらに、そのことについてご本人がSNSでつぶやいたりしていて、いわば、モーツァルトやベートーヴェンがInstagramをやっていて、誰でもDMやコメントもできちゃう! みたいな時代なんです。まだまだ超大作がこれから生まれる可能性がある、今はまさにミュージカル創世記。それと同時に、今の時代ならではの新作オペラの可能性もまだまだ秘めていると感じています。
そんな中で、千住さんはどういう思いから新作の日本語のオペラを発表されているんでしょうか。
千住 まさに僕は、そういう状況を変えたいと思ってきました。2009年に初演したオペラ『万葉集』はもう22回ぐらい再演されていますし、ハンガリーでも上演されました。2014年の『滝の白糸』も5、6回は再演されているんじゃないかな。どちらも俳人の黛まどかさんに台本を書いてもらったんですが、レチタティーヴォの部分が全部詩になっていて、どこをとっても歌になる。これは彼女だからできたことで、また日本オペラの常識を覆すようなことだったと自負しています。

東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。埼玉県立大宮光陵高等学校音楽科声楽専攻(テノール)卒業。音楽の教員免許(中学・高校)資格を取得。絶対音感の持ち主でもある。3歳から母よりピアノを学び、7歳でヴァイオリン、13歳でトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。ピアノを三宅民規、御邊典一、川上昌裕、吉岡裕子、声楽を直野資、市原多朗、岡山廣幸、野口幸子に師事。13歳のとき、藤原歌劇団公演オペラ《マクベス》のフリーアンス王子役に抜擢。大学在学中の2003年東京室内歌劇場公演オペラ《欲望という名の電車》日本初演で本格的にオペラデビュー。その後09年『マルグリット』でミュージカルデビューを果たす。
近年の主な出演作に『キャプテン・アメイジング』『イノック・アーデン』『ラブ・ネバー・ダイ』『モダン・ミリー』『カム フロム アウェイ』『アナスタシア』『マチルダ』『マタ・ハリ』『マリー・アントワネット』『エリザベート』等。第39回菊田一夫演劇賞受賞。ミュージカルデビュー15周年記念アルバム「YOU ARE HERE」発売中。5月より『レッドブック~私は私を語るひと~』9月『アニオー姫』出演予定。
右:千住明(せんじゅ・あきら)
1960年東京生れ。東京藝術大学作曲科卒業。同大学院首席修了。修了作品「EDEN」は史上8人目の東京藝術大学買上、同大学美術館に永久保存。
代表作:ピアノ協奏曲「宿命」、「四季」、オペラ「万葉集」「滝の白糸」等。
ドラマ「ほんまもん」「砂の器」「風林火山」「VIVANT」、映画「愛を乞うひと」「黄泉がえり」「追憶」「こんにちは、母さん」、アニメ「機動戦士Vガンダム」「鋼の錬金術師FA」、NHK「日本 映像の20世紀」「ルーブル美術館」NHKスペシャル「平成史」「新・ドキュメント太平洋戦争」、中国ミュージカル「白夜行」、ゲーム「TRIANGLE STRATEGY」等、音楽担当作品多数。
日本アカデミー賞優秀音楽賞4回受賞等受賞歴多数。2019年には、天皇陛下御即位三十年記念式典にて天皇皇后両陛下による著作歌曲「歌声の響」の編曲とピアノを担当。三浦大知、千住真理子と共に記念演奏を披露。大阪万博PASONA館 “NATUREVERSR”のサウンドプロデュース担当。今年活動40周年を迎える。
東京藝術大学を中心としたクリエイティブグループ「SENJU LAB」主宰。
東京藝術大学、大阪音楽大学、徳島文理大学客員教授。2025年度文化庁長官特別表彰。
——ただ、日本で上演されているミュージカルの多くは、ブロードウェイやロンドンのウエストエンド発のものですよね。
田代 そうですね。僕は今年でミュージカルの舞台に立つようになって16年になるんですが、今度初めて日本人の役を演じます。
千住 何ていう作品ですか?
田代 僕が演じる日本の長崎の商人・荒木宗太郎と、ベトナムのお姫様の愛を描いたオリジナルミュージカル『アニオー姫』です。これは安土桃山時代(後期)から江戸時代(初期)にかけての国際結婚や、鎖国を描いた史実に基づいた作品で、日越外交関係樹立50周年を記念して制作した同名の新作オペラをベースに制作されました。2026年9月に新作ミュージカルとして世界初演されます。ついに日本人の役だ、和服を着るんだとワクワクしています!
——ミュージカルの観客はどんな年齢層が多いんですか?
田代 作品によって違って幅広いですね。最近は物価が高騰してきていて、チケット代も上がっているのが悩みですね。
ただ、ミュージカルを目指す人は増えました。僕が大学生のときは、ミュージカルを目指している声楽家は学年に1人か2人で、密かに思い描いていたぐらいです。今はミュージカルに出たくて藝大に入って、先生にもOKもらって、なんだったら学生時代にデビューする人もいるくらいなので、これからもミュージカルの立ち位置はどんどん変わっていくとは思います。

変わりつつある演奏のあり方
田代 作品についていうと、最近ブロードウェイやウエストエンドで生まれている新作ミュージカルは、どんどんクラシカルな発声だけではなくなってきている気がします。日本でも、かつて昭和の歌謡曲を歌う男性は低い声の人が多かったですが、平成に入ってどんどん地声が高くなってきて、今ではMrs.GREEN APPLEなんか信じられないほど超高音のファルセット(裏声で発声する唱法)だけで歌ったりもしていますよね。
新作ミュージカルは、電子楽器の発達やジャンルとしてもロックやポップをもはみ出すような多様化したテイストが増え、そういうファルセットやトワング(鼻腔共鳴を強めた発声)などを使う曲が多くて、逆にロイド=ウェーバーとかソンドハイムが目指したクラシカルな発声だけでは対応できない作品や役柄、幅広い音域が求められています。
千住 それは『ウィキッド』あたりからの傾向じゃないかな。
田代 そうですね。そのあたりの時代が、新しい舞台音楽の転換期なのかもしれません。とはいえ、どのダンスもバレエが基礎となるように、どんな音楽ジャンルが生まれても、クラシックは切っても切り離せない、最重要な基礎技術です。
千住 それと演奏家にどんどんお金を使わなくなっていますよね。オーケストラじゃなくてバンドでできちゃうし、コスト削減でシンセを使い、さらにはカラオケ音源だけとかね。

田代 たしかに技術が発達しているのでできちゃうんですけど、やっぱり人がその場で生み出すアコースティックな音があるかないか、というのは全然違うと思います。役者としても、生の音の振動やそのときにしか生まれない揺らぎを感じながら演じるほうが感情移入しやすいですし、演技にも良い影響があるのではないでしょうか。
中国のミュージカル事情と安心して鑑賞できる空間づくり
千住 僕、数年前に東野圭吾さん原作の『白夜行』を中国でミュージカルにしたんです。
田代 え? それは中国のカンパニーでつくったということですか!?
千住 そうです。この小説は中国でもすごく人気があって、世界中の中国系のミュージカル俳優が集まってきて、数年がかりでワークショップを行いながら完成させました。言葉は全部中国語で、初演は上海で10日間行ないました。
中国は今、すごくミュージカル熱が高まっていて、各地に2000人規模のホールを建てて、全中国ツアーで毎回10〜15日公演をしてすべてが満員になります。
田代 すごいですね……!
千住 中国の人たちの、ミュージカルを自分たちの文化にしていこうという意識を感じます。熱意というかバイタリティがあるんですね。
田代 中国のお客さんはどんな感じですか?
千住 ミュージカルに限らず、コンサートでもそうですが、声援がすごくて、お客さんはとても情熱的です。日本のお客さんがおとなしいのとは対照的ですね。もしかすると日本の場合、初めて舞台を経験するのが学校の鑑賞教室という人が多くて、「静かに聴きなさい」と「指導」されてきたことも関係があるかもしれませんが。
田代 たしかに、鑑賞教室だと指導する先生によって生徒たちの反応がかなり違うんですよね。だから逆に、キスシーンなんかがあるとそんな指導も忘れてハッと息を呑む音がステージまで聞こえてきたりして。予定調和ではない、いかに固唾を飲んで新鮮に観てくださっているのか実感して、こちらも改めて初心を思い出すこともあります。
千住 演者の側からしても、集中して観てくれているお客さんがたくさんいればパフォーマンスの質も上がると思うんですよね。だから、本当に観たい人が安心して鑑賞できるような空間づくり、というのもとても大切だと思います。
昔から日本では歌舞伎の幕間に幕の内弁当を食べることもあるけれど、この前香港にできた新しい劇場では飲茶が食べられるんだそうです。

田代 幕間休憩を数時間も設けてピクニックをしながらじっくりとオペラ鑑賞ができるイギリスのグラインドボーン音楽祭みたいですね! ところで、ミュージカル『白夜行』は日本公演の予定はないんですか?
千住 ぜひ日本でやりたいですね。
——そのときはぜひ田代さんも!
ミュージカルでしかできない歌の表現
千住 ESCOLTA結成当初、ポップスとクラシックを融合させた歌手として山崎育三郎くんがいて、万里生くんは完全なオペラ的な表現でそれを支えるという役割だったと思うんですが、ミュージカルの世界に進出してから日本語の発声がすごくわかりやすくなり、ドラマを作ることができる歌い手だと感じています。
田代 ありがとうございます。僕もデビューの頃は、声が聞こえてなんぼ、高音が出てなんぼみたいなカチカチの考え方だったんですが、ささやく声でも2000人にちゃんと届く、横を向いても後ろを向いていてもお客さんには聞こえるんだって、ちゃんと自分に信じ込ませるのに10年以上かかりました。声量や高音だけに固執するのではなく、僕が歌うのはすべて“音楽”であり、そのすべてが想いを込めた“台詞”なのだと。
千住 それがわかっているのはまさにミュージカルを経験した人の強みだよね。僕は『オペラ座の怪人』の最初のロンドン公演を観たときに、一部が終わるところのファントムのすすり泣きに度肝を抜かれたんです。ピアニッシモを超えた小さな音で、もちろんマイクを使ってはいるんですが、こういう歌い方ができるんだって。

田代 生の声で歌うオペラ歌手では難しいですよね。マイクならではの表現や技術があると思います。
千住 まさにミュージカルでしかできない表現だし、あとは作曲面でもクラシックでは禁止されているような方法もどんどん使っていて、オペラの世界では許されないことが、創成期のウエストエンドではできた。しかし今はもう、ブロードウェイでもウエストエンドでも、ある意味ミュージカルのスタイルはでき上がってしまっていて、次に今期待されているのがアジアだと思うんです。
特に中国は、オールドスタイルのミュージカルを継承しようとしている。我々日本人には、これまでに経験したミュージカルをつくりあげる蓄積があるわけで、今後はアジアが一体となっていいところを出し合っていくべきだと思いますね。
田代 ぜひまた千住さんと一緒に舞台をつくってみたいです。
千住 まずはコンサートやりましょう!
【東京公演】
日程: 2026年5月16日(土)〜5月31日(日)
会場: 東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
【大阪公演】
日程: 2026年6月27日(土)〜6月30日(火)
会場: 森ノ宮ピロティホール
【愛知公演】
日程: 2026年7月4日(土)〜7月5日(日)
会場: 御園座
出演: 咲妃みゆ、小関裕太、花乃まりあ、エハラマサヒロ、中桐聖弥、加藤大悟/田代万里生、ほか
詳しくはこちら
日程: 2026年9月12日(土)〜9月27日(日)
会場: KAAT神奈川芸術劇場
出演: 田代万里生、小野田龍之介、音くり寿、ドー・ファン・ザ・ハン、今井清隆、吉沢梨絵、井料瑠美、栗原英雄、戸井勝海
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