
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』 逸脱の鏡にそれぞれの生き方が映し出される劇場体験

東京の秋を代表する恒例企画となっている、日生劇場主催のNISSAY OPERA。今年はモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』を、生田みゆきさんの演出、園田隆一郎さんの指揮で上演します。
生田さんは文学座に所属しながら、これまでに3作のオペラの演出を手がけてきました。一方の園田さんは、その豊富な劇場経験で培った力でベルカント・オペラから現代作品まで手がける、日本を代表するオペラ指揮者。
名作中の名作である『ドン・ジョヴァンニ』を新たに上演することについて、おふたりにお話を伺いました。

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...
欲望のままに自由に生きるドン・ジョヴァンニは、若く魅力にあふれた貴族。ある夜、忍び込んだ邸宅で騎士長の娘ドンナ・アンナに抵抗され、父の騎士長を刺殺。アンナやその婚約者オッターヴィオらに追われても、放蕩をやめない。ついに亡き騎士長の石像に悔い改めることを迫られるが、拒否し地獄に堕ちてゆく。
モーツァルト作品の難しさと面白さ
——生田さんは今回が3回目のオペラ演出ということですが、そもそもオペラとの出会いは何だったのでしょうか。
生田 私がオペラを演出したいと思ったきっかけは、2010年から14年にびわ湖ホールが主催したペーター・コンヴィチュニーのワークショップでした。モーツァルト作品に取り組み、コンヴィチュニーさんから“スコアに全部書いてある”と学びました。モーツァルトの音楽は繰り返しが多いので、同じ音楽でどう変化をつけるかを戦略的に考えているところはとても勉強になりました。
園田 確かに、オペラを観たことがない人にとって、モーツァルトの音楽は繰り返しが多いし、人物も入り組んでいるのでわかりにくいところがあるかもしれません。でもモーツァルト作品の奥深さは、謎解きのような面白さで、名曲が随所に散りばめられ、世界中で長く愛され続けています。

文学座所属、演劇ユニット「理性的な変人たち」メンバー。東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。 ドイツ文化センターの文化プログラムの語学奨学金(芸術分野対象)を得てドイツに滞在。『占領の囚人たち』『海戦 2023』『屠殺人ブッチャー』にて第31回読売演劇大賞優秀演出家賞、『占領の囚人たち』ほかで芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

2006年、シエナのキジアーナ夏季音楽週間《トスカ》を指揮してデビュー。翌年、藤原歌劇団《ラ・ボエーム》を指揮して日本デビューを果たす。その後、国内外のオペラへの出演、オーケストラとの共演を重ね、オペラ、シンフォニーの両分野で活躍する指揮者の一人。パシフィックフィルハーモニア東京 指揮者。藤沢市民オペラ芸術監督。
ドン・ジョヴァンニの人物像
——そんなモーツァルト作品の中でも、『ドン・ジョヴァンニ』は比較的わかりやすいと思います。なにしろドン・ジョヴァンニがめちゃくちゃ魅力的です。
生田 今回演出するにあたって過去のプロダクションをいくつか観たのですが、強く印象に残ったのは、ドン・ジョヴァンニがどういう人かというよりも、ドン・ジョヴァンニの周りの人たちの生き方でした。
近くに露悪的な人がいるといろいろな意味で気になりますよね、彼に惹かれてしまう人もいれば嫌悪感を抱く人もいます。逸脱した彼によって自分も自由になれるところもあるけれど、やっぱりついていけないところもある。周囲の喜びと辛さを描けたら、そこからドン・ジョヴァンニ像が浮かび上がってくるのではないかと考えています。
園田 僕はドン・ジョヴァンニに100%共感できないんですけど(笑)、彼が鏡のような存在だというのはよくわかります。周りがどういう反応をするかによって、ドン・ジョヴァンニの人物像が見えてくる。
それともうひとつ、これは音楽的に言えることなのですが、ドン・ジョヴァンニが誰と対峙しているかによって、音楽がガラリと変わっているんです。相手によって態度を変える、そういう社会性が身についているのが彼の特徴だと思います。

キーワードは「逸脱」
——今、生田さんから「逸脱」というキーワードが出てきましたが、ドン・ジョヴァンニは当時の貴族としても異質な人だったのでしょうか。
生田 園田さんのおっしゃることにつながりますが、彼は人が欲しい言葉をひじょうに上手に与えられる人物だと思うんです。もちろんそれはその場しのぎかもしれませんが、相手がもっとも欲している言葉を瞬時に理解して、的確に言える能力があるんですね。
園田 たとえばドンナ・エルヴィーラとの場面で、彼女も気持ちを吐き出したいだろうからとちゃんと言わせてあげる。「あなた、今怒りたいんですよね、私の悪いところを言いたいですよね」と相手の求めるものを察知して与えているのではないでしょうか。ドン・ジョヴァンニほどの男性であれば、あの場を丸く収めるなんて簡単なことなのに、敢えて怒らせる、吐き出させる。それはやっぱり普通じゃない、かなり「逸脱」した人物だったと思います。
演劇とオペラの違い
——生田さんは普段は演劇の演出を手がけていらっしゃいますが、オペラの演出との違いはどこにあるとお考えですか。
生田 演出の組み立て方が全然違いますね。演劇では、最初の1週間はセリフのテンポ感を共有する作業があるのですが、オペラではそこはもうある程度決まっているので。
園田 その前に音楽稽古もありますしね。でも、そういう決まってしまっている状況は嫌だな、と思うことはありませんか?
生田 いやいや、それはないです(笑)マエストロもいらっしゃいますし、歌手の方もその作品を何度も演じていて理解度が深い場合が多いですし。オペラの演出は、マエストロや歌手の意向を汲み取りながら、パズルのように最適解を考える作業になります。音楽の制約を制約と考えず、その中での自由を探して楽しむのが醍醐味だと思います。
初めてオペラを観る人にも楽しんでほしい
——11月10日から13日に中高生のための芸術鑑賞教室「日生劇場オペラ教室2026」もありますが、オペラを初めて観る方にメッセージをいただけますか。
生田 私は高校時代は演劇部に所属していて、オペラを観る機会がなかったのですが、その後大学時代にワンコインで聴けるコンサートで初めてオペラに接して、そこで面白いなと思ってオペラ公演に通うようになりました。初めて劇場に来る前に、少しだけでも予習してきてもらうといいかなと思います。
園田 中高生の鑑賞教室にご参加の方は、日生劇場では毎回事前学習教材を作っているので、それを利用してくださるのもありがたいです。一般のお客様も、今はインターネットで映像を観られるので、アリアを1曲でも聴いておくと、劇場に来たときに「あ、これ知ってる!」と興味が湧くのではないでしょうか。

日時:2026年11月14日(土)・15日(日)14:00開演
会場:日生劇場
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ
演出:生田みゆき
出演:
園田隆一郎(指揮、フォルテピアノ)、東京交響楽団(管弦楽)、C.ヴィレッジシンガーズ(合唱)
【11月14日】
池内響(ドン・ジョヴァンニ)、妻屋秀和(騎士長)、砂田愛梨(ドンナ・アンナ)、渡辺康(ドン・オッターヴィオ)、山田知加(ドンナ・エルヴィーラ)、湯浅貴斗(レポレッロ)、井上大聞(マゼット)、石田滉(ゼルリーナ)
【11月15日】
大久保惇史(ドン・ジョヴァンニ)、伊藤貴之(騎士長)、小川栞奈(ドンナ・アンナ)、小堀勇介(ドン・オッターヴィオ)、藤井麻美(ドンナ・エルヴィーラ)、大川博(レポレッロ)、近藤圭(マゼット)、髙橋茉椰(ゼルリーナ)
料金:
S席12,000円、A席10,000円、B席8,000円、学生席3,000円
問合せ:日生劇場03-6811-1367(平日11:00~17:00)
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