
ウクライナの音楽家が平和を訴えるウクライナ・フリーダム・オーケストラがNY公演

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回はアメリカの8月の音楽シーンから、ニューヨークで行われた公演をレポートします。

ニューヨークのクラシック音楽エージェント、エンタテインメント会社勤務を経て、クラシック音楽を中心としたパフォーミング・アーツ全般について執筆、日本の戯曲の英訳も手掛け...

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
ウクライナ・フリーダム・オーケストラが8月25日と26日、リンカーン・センターのデイヴィッド・ゲフェン・ホールで演奏会を行った。同団は、ウクライナ国内のオーケストラ所属メンバーやウクライナ国外に逃れた音楽家らをメンバーとして、ロシアのウクライナ侵攻に対する反応として、2022年にウクライナ系カナダ人指揮者、ケリー=リン・ウィルソンによって結成された。
以来、ウクライナの文化とレジリエンスを世界に示し、犠牲者を追悼するとともに平和を訴えることを目的とするという同団は、夏のオフシーズンを中心に活動を続けている。いまだに停戦の明確な兆しは見出されないなか、この8月に行われた欧米ツアーには、「2026年インヴィンシブル(無敵)・ツアー」と、かなり直接的な名称が与えられている。
設立当初から同団には広報から芸術面までメトロポリタン歌劇場(MET)が深くかかわっており、METは昨シーズンの公演プログラム冊子にも、毎回ウクライナ支持のメッセージを掲載した。ポーランド国立歌劇場やウクライナ文化省も協力し、2023年以来、ウクライナ大統領夫人オレナ・ゼレンスカの後援を得ているという。
そのような背景を意識せずとも、民族的なつながりが感じられるメンバーの顔、演奏が終わったあとに抱き合ってお互いを讃えあう姿などに、このアンサンブルの成り立ちが特殊であり、特別であることが感じられる。
はたしてウィルソン率いる同団の演奏は、一糸乱れぬアンサンブルというわけではないものの、全体として柔軟なつながりで聴かせる魅力的なものだった。
ウィルソンはニューヨーク・フィルハーモニックからNHK交響楽団まで、すでにさまざまなオーケストラとシンフォニー指揮者としての経験を積んでいるが、少なくともニューヨークでは、これまでオペラ指揮者としての印象のほうが強かったように思う。
しかし25日に演奏されたベートーヴェン「交響曲第7番」では、同曲のような人気交響曲でも豊かな音色を聴かせるダイナミックな統率力が印象的だった。最終楽章は現代の演奏らしく猛烈に速いテンポだが、疾走感が持続して息切れするところがなく、爽快だ。
もっとも8月25日の最大の呼び物は、休憩前に演奏されたリーゼ・ダーヴィドセンがソリストのR.シュトラウス《4つの最後の歌》であった。今回のツアーはヨーロッパ5都市とニューヨークを回るものだったが、ヨーロッパ5都市ではダーヴィドセンは登場せず、曲も別のものとなっている。彼女の登場が実現したのは、彼女とMETのつながりが深いことに加え、9月のシーズン初日にヴェルディ《マクベス》でマクベス夫人を歌うため、たまたまニューヨークに滞在していたためと思われる。
ダーヴィドセンの歌は、言葉一つひとつのニュアンスを枝葉末節にこだわって抽出するより、真正面からたゆたうように聴かせる。その現代随一の声の力があってこその表現であり、年齢を重ねることによる解釈の深まりを予感させる余裕も感じさせてくれた。ウィルソンの指揮も、そんなダーヴィドセンの現在の美点を支える推進力のあるものだった。

8月26日にはヴェルディ「レクイエム」が演奏された。ここでは何よりも、METの合唱団メンバーによって構成されたMETコーラス・アーティスツの好演が印象的で、冒頭から最後まで緊張感を保ちながらも柔らかに深く響いた合唱は、この日最大の立役者であった。
METの中堅的存在であるアイリーン・ペレス(S)とソロマン・ハワード(Bs)に加え、ナタリー・ルイス(Ms)、ルネ・バルベラ(T)らソリストの歌唱も安定感のあるもので、とりわけペレスの声と歌唱は、現在のMETの水準を表すものとして興味深いものだった。
ウィルソンの指揮も、よく指摘されるこの曲のオペラ的なダイナミックさを抽出したものだった。そしてそのダイナミックさは、現代の戦争に対する恐怖と怒りにふさわしく感じられるもので、全体を鎮魂曲としてインスパイアされるものにしていた。
ちなみに両日とも冒頭にはウクライナ人作曲家の作品が演奏され、25日はマクシム・コロミレツ(1981年生まれ)の《The Mothers of Kherson》(ヘルソンの母たち)からの組曲が、26日にはボフダナ・フロリャク(1968年生まれ)の《グローリア》が演奏された。そしてアンコールとして最後には、弦楽曲として編曲されたウクライナ国歌が美しく演奏された。





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